狐姫の弔い婚〜皇帝には愛されませんが呪いは祓わせていただきます

枢 呂紅

文字の大きさ
39 / 93
3章 ひとつ目の狐

7.

しおりを挟む

 後日、鬼通院から一度だけ追加の報告があった。それによれば、新月の夜に都に出る術師は全部で五名。先日、春明と共に城に登った赤髪の男――嘉仁が指揮を取るという。

 兵部からは正式に、都に御触れを出した。来る新月の夜は、呪術師による妖怪狩りが行われる。一般の民は建物の奥深くに籠り、決して表を出歩いてはならぬ。

 そうしてあっという間に、新月を夜に控える日を迎えた。





 紅焔が居を構える紫霄宮は、皇帝の執務室も備えている。大臣らとの御前会議やなんらかの式典が催される日を除き、皇帝はほとんどの時間をこの執務室で過ごし、日々の政務を執り行なっている。

 ゆえに、皇帝を警護する近衛武官の大将・梁永倫にとっても、紫霄宮は慣れた場所だ。

(んーっ。今日もいい天気だなあ!)

 大きく伸びをしながら、永倫は紅焔の執務室へ向かう。元従者である永倫は紅焔の信頼厚く、紅焔のそばに付くことが多い。とはいえ皇帝の警護は基本的に持ち回り制なので、本日のように昼過ぎからお役目に当たることもあるのだ。

 季節はすっかり春めいて、ぽかぽかと陽気が降り注ぐ。風の中にはどこかで咲いた花の甘い香りが混じり、歩いているだけで心が弾んでくる。一年中、今日みたいな天気が続けばいいのに。そんなことを思いながら、永倫は元気に皇帝の執務室の戸を開いた。

失っ礼しっつれいしまーす! 梁永倫、交代にて参りました……って、えええええええええーーーー!? コウ様、めっちゃしなびてるうううううーーーー!?」

 戸を開いた途端、真っ先に目に飛び込んできた主人あるじの姿に、永倫は春の陽気も忘れて悲鳴をあげた。

普段は姿勢よく几帳面に執務席に座っている紅焔は、今日はジメジメと湿った空気を纏い、ぺたりと机に突っ伏している。真面目が服を着て歩いているような紅焔の、いつもならあり得ない姿に、ほかの近衛たちは声すら掛けられずにオロオロとしている。

永倫がおそるおそる近づいていくと、部下の近衛武官たちが救いを求める子羊たちのような目で永倫を見た。

「梁大将……」

「梁大将、我々はどうしたら……」

(具合が悪い……ってわけじゃ、ないみたいだ)

 ピクリとも動かない主人を観察して、永倫はそう結論付けた。急に目の前で倒れたとかなら近衛たちが慌てて医官を呼んでいるはずだし、徐々に体調が崩れていったのなら、体調管理にも余念がない紅焔ならさっさと公務を切り上げて寝室に戻っている。

 だとすればこれは、自分にしか対処できない事態だ。そう判断した永倫は、ぱんぱんと勢いよく手を叩いた。

「よし、みんな。あとはこの、梁大将に任せた、任せた! 陛下は私と積もる話があるから、みんなはここを外すように。あ、けど。執務室に誰も入らないように外は見張っていてね。というわけで、配置急いで!」

 そう呼び掛けると、部下の近衛武官たちが我先にと執務室から出ていく。皆、執務室に満ちる居たたまれない空気から逃げ出したくて、永倫が号令をかけるのを待っていたようだ。

 最後の一人が、扉をきちんと閉める。それを確認してから、改めて永倫は、どんよりと突っ伏したまま沈黙する紅焔に向き直った。

「みんないなくなったよ。それで。何があったのさ。上奏文すら読めないなんて、お前らしくもない」

 ぴくりと、紅焔の肩が動いた。一応、永倫の声が聞こえてはいるらしい。

 ややあって、甲羅に籠っていた亀が首を出すように、もぞもぞと紅焔が起き上がる。力なく項垂れる彼は、叱られた子供のように意気消沈していた。普段は近寄りがたいほどの秀麗な美貌も、今日はすっかりかたなしだ。

 これは、思ったより重症かもしれないぞ。そう永倫が戦慄した時、紅焔は視線を伏せたままぽつりとこぼした。

「……俺は、いかに自分が小さい人間が思い知ったんだ」

「何が? 皇帝として国を治めることなら、コウ様はよくやっているよ。焔翔様が見守ってくださってるのが分かったって、前にそんなことも言ってたじゃないか。何がどうして、キノコを頭からはやしそうなくらい落ち込んでいるのさ」

「いや。そういったことではなくて……」

 なにやら言いづらそうに、紅焔が目を逸らす。その気まずげな表情を見て、永倫はすぐに「もしかして?」とピンと来た。

 そういえば十日ほど前にも、紅焔が妙に覇気がないというか、魂が抜けたような顔をしていた日があった。その前夜には、妃が彼を訪ねてきていたと、侍従長が話していた。

「コウ様、やっぱりお妃さまと何かあったんじゃない?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...