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5章 無限書庫
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慎重に書物をめくり、紅焔はより古い記録に遡る。
そこに見覚えのある名を見つけて、紅焔は切れ長の目を瞠った。
「……華劉生? 阿美妃の里を発見した一行の中に、彼女を処刑した蘇芳帝の弟もいたのか」
記述によれば、蘇芳帝は学者数名に地図の作成を命じている。未開の地にも割ってはいるため、彼らには皇帝より武官も貸し与えられていた。
蘇芳帝の異母弟――第七皇子・劉生は、そうやって同行した武官のひとりだったらしい。
劉生が同行した一行は、仙脈の険しい道のりを行き、偶然にも阿美妃の里を発見した。つまり劉生は、蘇芳帝より先に阿美妃と会っていた。
(皇族としての地位は低くとも、阿美妃にとって劉生は夫の弟だ。しかも、初めて里に足を踏み入れた人間でもある。二人の間には、それなりに交流があったんじゃないだろうか)
一般的に、劉生が挙兵したのは、外道に落ちた兄から民を守るためと言われている。しかし他にも、急速に孤立を深める蘇芳帝から皇帝の座を奪おうとしたためとも、阿美妃に懸想したためという説もあった。
紅焔は一度顔をあげ、机の端に座ってプラプラと足を遊ばせる宗を見た。
「おい、宗。華劉生という男について書かれている書物がないか探してくれ」
「そいつ、阿美さまを狩った人間じゃなかった? 趣味悪っ!」
ぶつぶつ言いながらも、宗は手近な棚から書物を取り上げて、真剣な顔でめくり始める。それを確かめてから、紅焔は手元の書類に視線を戻した。
知らせを受けて自ら仙脈へ足を運んだ蘇芳帝は、阿美妃を連れて王都に戻る。二人の間にはすぐに娘が生まれた。それが麓姫、前世の藍玉だ。
そのあとも阿美妃は子を宿したが、生憎、生まれた子はすぐに死んでしまった。阿美妃自身も産後の肥立ちが悪く、一時期は生死も危ぶまれた。
蘇芳帝はひどく阿美妃を案じ、国中から名医を集めさせた。これは蘇芳帝から阿美妃への深い寵愛を示す有名な逸話だが、今となって少しだけ見方が変わってくる。
蘇芳帝が阿美妃を愛する気持ちまで偽りだと断じるつもりはない。しかし同時に、自分を賢王たらしめる力を失うことを恐れる気持ちも、そこには少なからずあっただろう。
なんにせよ、蘇芳帝が集めさせた医者のひとりが、阿美妃を治療により快方へと導いた。蘇芳帝は大いに喜び、医者に多くの褒美を取らせたうえで宮廷医官に登用した。
(医官の名は……鄧慧云か)
そこまで目を通した時、頭の上から宗の声が降ってきた。
「見つけたよ、劉生って人間」
「見せてくれ」
宗が差し出す書物を受け取る。それは華ノ国の皇族に関する記述だった。
それによれば、劉生は極めて地位の低い皇子だったらしい。第七皇子として名を連ねてはいるが、母親は侍女あがりの下級妃だ。地図の編纂という重要な国家事業への同行とはいえ、いち兵士として名を連ねているのも、そういう背景があるようだ。
けれども仙脈から戻ってから、彼の宮廷内の地位は確実に上がっている。
「阿美妃の里を発見した功績が認められたんだろう。蘇芳帝自ら、宮廷のすぐ近くに屋敷を与えている。軍人としてもこれを機に出世したみたいだな」
「最後は“しょーぐん”とかいうのになってるもんね。よく知らないけど、人間の中では偉いんでしょ? 阿美さまを殺したくせに、生意気なやつ!」
その一方で、劉生は数年後には北領に軍司令として送られている。北領といえば気候が厳しく、さらには少数民族との小競り合いも激しい領だ。
扱いの難しい要地を信頼のおける弟に任せたと読むこともできるが、功績を重ねた皇族を赴任させるには酷だ。蘇芳帝の怒りを買い、北領に飛ばされたと考えたほうが納得できる。
(劉生が北領軍司令に送られたのは、蘇芳帝が身近な大臣らを切り始めた頃だ。劉生もその憂き目にあったってところか)
しかし、本当にそれだけだろうか。
仮に阿美妃が劉生と親しくしていたなら。そして、蘇芳帝が自らの能力不足による不安により、人間不信に陥っていたのなら。末端とはいえ皇族の血を引く劉生は、蘇芳帝にとって最も身近な脅威だったはずだ。
劉生は阿美妃を自分から奪い、それによって皇帝の座をも奪うつもりじゃないだろうか。その恐れから蘇芳帝は、劉生を阿美妃から遠ざけるため、北領に送った……。
(って、これじゃただの妄想だな)
苦笑をして紅焔は首を振った。
下手な思い込みは、自らを真実から遠ざける。気を取り直して、紅焔は新たな書物に手を伸ばそうとした――
次の瞬間、ズン……と何かが地面を押し上げるような気配がし、書庫全体が縦に揺れた。
「地揺れだ!」
おそらく春明が去り際に話していた現象だ。封印された阿美妃の妖力が暴れ、鬼通院を揺らす。過去には、棚の倒壊により犠牲者も出した。
紅焔は一瞬緊張したが、揺れはすぐに納まった。棚の書物も落ちていない。この分なら、書庫のいずこかにいるであろう春明も無事だろう。
とはいえ、元はといえば春明は、宗が崩した書物を片付けるためにこの場を離れたのだ。今の揺れで、より酷いことになっていたらいけない。
溜息を吐いて、紅焔は立ち上がった。
「お前はここで姿を消して待っていろ。念のため、春明の様子を見てくる」
「えー。どうせ大丈夫だよ。放っておけばいいじゃん」
「お前、よほどひどい荒らし方をしたんだろ。かなり時間がたったのに、一向に春明が戻ってこないのがその証拠だ」
そう言い置いて、紅焔は禁書庫の扉を開けて隣室に出る。
――否。出ようとしたところで、違和感に足を止めた。
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