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第二話 萩焼と文車恋煩い
10.
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(うわあ……。キヨさん固まってる、固まってる……)
SNS映え美少女もなんのその。あんぐり口を開けたまま完全にフリーズするキヨさんに、さすがの私も申し訳なくなる。
だけど成功する補償もないのに、無駄に期待させることは避けたかった。それに正直に話していたら、キヨさんは来てくれなかったかもしれない。
ごめんね、キヨさん。お腹の中でそう詫びてから、私はぎこちなくカウンター席を指し示した。
「どうぞ。棚の器がいろいろ見られるので、カウンター席がおすすめですよ」
「あなたがそう言うなら、座ってみようかしら」
少女のように軽やかに微笑んで、有栖川教授はすっとカウンター席に向かう。
それで我に返ったのか、キヨさんは「ぴゃっ」と変な叫び声を漏らすと、さっと立ち上がって壁際へと逃げた。そのときに僅かに椅子が音を立てて私は肝を冷やしたが、教授は一瞬だけ不思議そうに椅子を見ただけで、すぐに気にせずに隣の椅子へと座る。
教授にならって私も席に着く傍ら、有栖川教授はにこにこと狐月さんを見上げて話しかけていた。
「こんにちは。あなたが、このお店の店長さん?」
「はい。店長を務める、狐月想太と申します」
「不思議だわ。長く寺川にいますのに、大学の裏にこんな素敵なお店があるなんて、少しも知りませんでした」
「初めてのお客様は、よく同じことを言って驚かれますよ」
するすると流れるように答える狐月さんに、有栖川教授も柔らかく微笑む。――やっぱり有栖川教授は、お店に来るのも、狐月さんと話をするのも、ぜんぶ初めてだと思っているようだ。
(とりあえず、有栖川先生を無事にお店に連れてこられてよかった……!)
まずは第一関門をクリアできたことに、私は胸を撫でおろす。
キヨさんと有栖川先生のことで、試したいことがある。そう狐月さんに相談したのはいいけど、実行するには、どうにか先生を縁結びカフェに連れてくる必要があった。
前回はキヨさんの妖術で店の近くまで先生を連れてきて、結界を緩めることで先生を招き入れたらしい。だけど今回は、私が先生をここまで連れてこなくてはならなかった。
散々悩んだあげく、私は少々卑怯な手を使うことにした。キュウ助に頼んで、先生のパスカードをこっそり拝借したのだ。
数時間後。カードの紛失に気付いて困っている有栖川先生に、私はさも偶然に拾った風を装って、カードを届けに行った。素直に喜ぶ先生に、「友人に先生のファンがいるから会って欲しい」とお願いし、店に来てもらった次第だ。
(その友人は、もうそこにいるんだけどなあ)
先のことを考えて不安に胃をキリキリさせつつ、とりあえず私はごまかすことにした。
「すみません、先生。友人から到着が遅れると連絡が入りまして。少しだけこのまま、待っていただいても大丈夫ですか?」
「こんな素敵なお店で待てるなら、まったく問題ありませんよ。店長さんのコーヒーも、私、とても楽しみですもの」
「それは、それは。気合を入れて淹れますね」
おどけてみせながら、狐月さんはお湯を注ぐ。ゆっくり丁寧に抽出を終えた狐月さんは、それをいつか一緒にコーヒーを飲んだガラス釉が綺麗な萩焼のカップに入れて出した。
「お待たせいたしました。当店の特製ブレンド、縁結びブレンドです」
「名前もロマンチックですのね」
柔和に微笑んで、有栖川教授はコーヒーカップを持ち上げる。まずは香りを楽しむように、次に目で楽しむように。存分に味わってから、そっと唇をカップにつける。こくりと一口飲んだ教授は、ほうっと吐息を漏らした。
「美味しい。思った通り、素敵な腕をお持ちですね」
「気に入っていただけ安心しました」
狐月さんがにこやかに答える一方で、壁際で見守るキヨさんの表情は暗い。
「無駄じゃ。ソータのコーヒーを飲もうと、リョーコがわらわを見ることは……」
目を伏せつつ、キヨさんは消え入りそうな声で呟く。
そうだ。ここまでは3年前と同じ。少し時間を置いて、狐月さんはコーヒーを媒介に有栖川教授が取り込んだ術式を発動させようとして失敗した。
有栖川教授に妖力がほとんどないのはわかっているし、私も3年前の再現をするつもりはない。けれども本命に移る前に、キヨさんが帰ってしまわなければいいけど……。
そんなことを心配していたら、不意に有栖川教授に話しかけられた。
「あなたのお友達さんですけれど。うちの大学の学生さんなのかしら。私の授業後を受けているひと?」
「え!? あ、えーっと……」
しまった。先生を連れてくることで頭がいっぱいで、『お友達』の設定をちゃんと考えていなかった。焦る私に変わって、狐月さんがやんわりと助け舟を出してくれる。
「先生の授業を受けているそう方だそうですよ。ねえ、水無瀬さん」
「あ、はい。そうです! 先週の歴史学入門でも、前の方に座っていて」
「まあ! そうなのね。嬉しいわ」
手を合わせて喜ぶ有栖川教授に、私はホッと息を吐いた。さすが狐月さん、ナイスアシスト! キヨさんは学生ではないけど授業は受けているので、嘘は言っていないのが上手い。
けれども安心したのも束の間、有栖川教授はきらきらとした瞳で無邪気に尋ねてきた。
SNS映え美少女もなんのその。あんぐり口を開けたまま完全にフリーズするキヨさんに、さすがの私も申し訳なくなる。
だけど成功する補償もないのに、無駄に期待させることは避けたかった。それに正直に話していたら、キヨさんは来てくれなかったかもしれない。
ごめんね、キヨさん。お腹の中でそう詫びてから、私はぎこちなくカウンター席を指し示した。
「どうぞ。棚の器がいろいろ見られるので、カウンター席がおすすめですよ」
「あなたがそう言うなら、座ってみようかしら」
少女のように軽やかに微笑んで、有栖川教授はすっとカウンター席に向かう。
それで我に返ったのか、キヨさんは「ぴゃっ」と変な叫び声を漏らすと、さっと立ち上がって壁際へと逃げた。そのときに僅かに椅子が音を立てて私は肝を冷やしたが、教授は一瞬だけ不思議そうに椅子を見ただけで、すぐに気にせずに隣の椅子へと座る。
教授にならって私も席に着く傍ら、有栖川教授はにこにこと狐月さんを見上げて話しかけていた。
「こんにちは。あなたが、このお店の店長さん?」
「はい。店長を務める、狐月想太と申します」
「不思議だわ。長く寺川にいますのに、大学の裏にこんな素敵なお店があるなんて、少しも知りませんでした」
「初めてのお客様は、よく同じことを言って驚かれますよ」
するすると流れるように答える狐月さんに、有栖川教授も柔らかく微笑む。――やっぱり有栖川教授は、お店に来るのも、狐月さんと話をするのも、ぜんぶ初めてだと思っているようだ。
(とりあえず、有栖川先生を無事にお店に連れてこられてよかった……!)
まずは第一関門をクリアできたことに、私は胸を撫でおろす。
キヨさんと有栖川先生のことで、試したいことがある。そう狐月さんに相談したのはいいけど、実行するには、どうにか先生を縁結びカフェに連れてくる必要があった。
前回はキヨさんの妖術で店の近くまで先生を連れてきて、結界を緩めることで先生を招き入れたらしい。だけど今回は、私が先生をここまで連れてこなくてはならなかった。
散々悩んだあげく、私は少々卑怯な手を使うことにした。キュウ助に頼んで、先生のパスカードをこっそり拝借したのだ。
数時間後。カードの紛失に気付いて困っている有栖川先生に、私はさも偶然に拾った風を装って、カードを届けに行った。素直に喜ぶ先生に、「友人に先生のファンがいるから会って欲しい」とお願いし、店に来てもらった次第だ。
(その友人は、もうそこにいるんだけどなあ)
先のことを考えて不安に胃をキリキリさせつつ、とりあえず私はごまかすことにした。
「すみません、先生。友人から到着が遅れると連絡が入りまして。少しだけこのまま、待っていただいても大丈夫ですか?」
「こんな素敵なお店で待てるなら、まったく問題ありませんよ。店長さんのコーヒーも、私、とても楽しみですもの」
「それは、それは。気合を入れて淹れますね」
おどけてみせながら、狐月さんはお湯を注ぐ。ゆっくり丁寧に抽出を終えた狐月さんは、それをいつか一緒にコーヒーを飲んだガラス釉が綺麗な萩焼のカップに入れて出した。
「お待たせいたしました。当店の特製ブレンド、縁結びブレンドです」
「名前もロマンチックですのね」
柔和に微笑んで、有栖川教授はコーヒーカップを持ち上げる。まずは香りを楽しむように、次に目で楽しむように。存分に味わってから、そっと唇をカップにつける。こくりと一口飲んだ教授は、ほうっと吐息を漏らした。
「美味しい。思った通り、素敵な腕をお持ちですね」
「気に入っていただけ安心しました」
狐月さんがにこやかに答える一方で、壁際で見守るキヨさんの表情は暗い。
「無駄じゃ。ソータのコーヒーを飲もうと、リョーコがわらわを見ることは……」
目を伏せつつ、キヨさんは消え入りそうな声で呟く。
そうだ。ここまでは3年前と同じ。少し時間を置いて、狐月さんはコーヒーを媒介に有栖川教授が取り込んだ術式を発動させようとして失敗した。
有栖川教授に妖力がほとんどないのはわかっているし、私も3年前の再現をするつもりはない。けれども本命に移る前に、キヨさんが帰ってしまわなければいいけど……。
そんなことを心配していたら、不意に有栖川教授に話しかけられた。
「あなたのお友達さんですけれど。うちの大学の学生さんなのかしら。私の授業後を受けているひと?」
「え!? あ、えーっと……」
しまった。先生を連れてくることで頭がいっぱいで、『お友達』の設定をちゃんと考えていなかった。焦る私に変わって、狐月さんがやんわりと助け舟を出してくれる。
「先生の授業を受けているそう方だそうですよ。ねえ、水無瀬さん」
「あ、はい。そうです! 先週の歴史学入門でも、前の方に座っていて」
「まあ! そうなのね。嬉しいわ」
手を合わせて喜ぶ有栖川教授に、私はホッと息を吐いた。さすが狐月さん、ナイスアシスト! キヨさんは学生ではないけど授業は受けているので、嘘は言っていないのが上手い。
けれども安心したのも束の間、有栖川教授はきらきらとした瞳で無邪気に尋ねてきた。
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