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第三話 ゴールデンバディと金継ぎ縁
1.
しおりを挟む陰陽師とは、古代日本の官職のひとつである。
有名なのは、言わずと知れた安倍晴明。朝廷に仕えた彼らは、呪術や占い、祭祀を司るかたわら、鬼や怨霊といった人ならざるモノたちから都を守護する存在だったと言われている。
そんなロマンあふれる設定から、陰陽師は映画にドラマ、小説に漫画と引っ張りだこに登場する。かくいう私も、陰陽師が悪霊と戦う歴史ファンタジー映画に一時期どハマりしたことがある。
清らかな白の装束を身にまとい、奇しくも艶美に呪術を唱えあげて悪霊や鬼を退ける陰陽師の姿は、思春期の私の性癖をぶすぶすと容赦なく突き刺していったものだ。
(まさか、その陰陽師の末裔が、アルバイト先の上司になるなんてなあ)
感慨深く思いながら、私は大分夏が近づいてきた6月の中旬の街並みを歩いていた。縁結びカフェの牛乳が足りなくなってしまったので、駅近くにあるパミットに急遽買い出しにでた帰りなのだ。
天気予報では数日前に梅雨入り宣言が出ていたけれども、幸いにして本日は素晴らしい快晴だ。一方、そのせいでじめじめした湿気も相まり、体にはじんわりと汗がにじむ。
ラクロス部らしいジャージ姿の一団が自転車で通り過ぎていくのを横目に、私は牛乳の入ったエコバッグをぶら下げ、一本道をじりじりと歩く。その傍ら、私は相も変わらず陰陽師と狐月さんに思いを馳せ続けていた。
(ていうか、陰陽師の話によく出てくる妖術だの妖怪だののエピソードって、創作の中だけの話じゃなかったんだね)
本当に今更すぎる感想を、私はうっすらと白雲が浮かぶ空を眺めながら抱いた。
もう2回も間近で見たから断言するけれども、狐月さんが妖術を使えるという話はガチである。マジモンである。なんなら呪術を使うと、狐月さんの全身が青白い炎に包まれる瞬間まで見てしまった。
(あの炎、おもっきしキツネのシルエットしてるもんね……)
前にコン吉先輩は、「狐月家はその昔、この辺りの主だった妖狐と縁談を結んだ」と話していた。
つまり私は、妖狐と陰陽師の血を引く店長のもと、あやかしが集う不思議なカフェでアルバイトする、どこにでもいる普通の大学生ということになる。
「…………」
自分で言っておいて突っ込みたくなったけれども、あえてもう一度繰り返しておこう。
私はあくまで、普通の大学一年生である。
…………。
いや、なんでこうなった?
一般的な会社員の両親のもとに生まれ育った、小説の世界なら確実にモブキャラ確定の私が、週の半分は妖怪だらけのカフェで働くことになるなんて、一人暮らしをする前は文字通り夢にも思わなかった。
狐月さんあたりにこんな話をすれば、あの、ほわわんと柔らかな笑みで、「きっと、これも何かのご縁だし」とさらりと流すのだろうけど。
「ご縁、色々すごすぎでは??」
思わずボソリと呟いたとき、隣からぴしりともふもふのしっぽで叩かれた。
「おい、人間! あるじから『お使い』の大役を賜ったくせにぼーっとするな! せっかく買った卵を割ったら大変だろう!」
「大変だろうと言われましても」
そういえば連れがいたのだと。我に返った私は隣を見る。すると、「きゅうきゅう」とはしゃぐ倉ぼっこのキュウ助を頭に乗せ、ちまちまと2本足で歩くきつねのコン吉先輩がいる。
――もう一度言おう。この大都会・東京(の西側ではあるけれど)の大通りで、きつねが「当たり前です」みたいな顔をして二本足歩行をしている。
「そういえばコン吉パイセンってなんですか? 妖怪? それとも、ただのしゃべるきつね?」
「んな……っ! お前、そろそろ一緒に働いて二ヶ月経とうとする先輩に、今更それ聞くか!?」
「いやあ。考えてみたら、コン吉パイセンのこと聞いたことなかったなと思って。正直コン吉パイセンより、お客さんのほうがインパクトあるし」
だってそうだろう。
縁結びカフェにくるお客さんは、常連どころでいえば猫又のニャン吾郎さんに、カッパのトオノさん。一反木綿風の妖怪に、最近頻繁に顔を出すようになった圧倒的映え美少女文車・キヨさん。
ほかにも、キュウ助の友達の倉ぼっこご一行さまに、店内では意外に無口な木霊さん。雨宿りだけにくるすねこすりに、最近は傘おばけや一つ目小僧なんかもやってきた。
とにかく見た目も性格も個性的なお客さんばかりである。
「それに比べて、コン吉パイセンは地味っていうか、普通っていうか。あ、きつねなのはいいんですよ、かわいいし。けど狐月さんのほうがよっぽどマイペースで自由だし、コン吉パイセンは世話焼きだし常識人だしいいんですけど、なんかいまいちインパクトには欠けますよね……」
「お前な……。前からちょいちょい思ってたけど、妖怪相手に神経図太すぎるだろ。もう少し怯えたりしろよ、人間なんだから」
「だって、今んところ怯える要素ないんですもん。お店にくる妖怪のみんな、面白くていいひとばかりですし。あ、コン吉パイセンも好きですよ、口うるさいけど」
きょとんと答えると、コン吉先輩は「あー……」とこめかみを押さえた。
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