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第四話 百鬼夜行とあやかし縁結び
14.
しおりを挟む「ええわ、ええわ。ええ感じに手が絶たれたわ」
「ヌエさん?」
「これはもう最後の手段の出番やな!」
そう叫んで、すくりとヌエさんが立ち上がる。何事かとまわりが振り返る中、ヌエさんは闘技場全体に響き渡る声でこう言った。
「魍魎、魍魎。魑魅魍魎! 北は北海道、南は沖縄より集いし我が同胞の皆さま。今宵出会えた奇跡に、まずは深く深く、御礼申し上げます」
「今度はどうした?」
「出たな、ぬらりひょん!」
芝居がかってお辞儀するヌエさんに、面白がるような声が飛ぶ。するとヌエさんは「しかれども!」と強く声を張った。
「私は同様に、強く強く胸を震わせております。この小さき殿方の愛の、なんと健気で愛しきことか! 嗚呼! 私はこの小さき隣人のため、何をしてやれるやろか」
「なんだか嫌な予感がしてきたぞ」
周りが「そうだ!」「いいこと言う!」と盛り上がる中、コン吉先輩が三角耳をピンとたてて顔を顰める。
ヌエさんはぱん!と勢いよく手を叩き、妖怪の総大将というかつての呼び名に相応しく両手を広げた。
「ゆえに! 我ら妖怪、力合わせ! ゆえに! 熱き想いをうねりとし! 乾坤一擲、妖怪道中。百鬼夜行を立ち上げようぞ!」
「おいいいぃぃぃぃ!?!?」
コン吉先輩の絶叫をかき消すほどの大歓声が、妖怪たちから起こる。同時に、狐月さんとヌムヌムの周りの地面が、二人を乗せたままむくむくと膨れ上がる。そうして、ヌムヌムそっくりの、ねぶたと呼ぶべき巨大な灯籠が空中に浮かび上がった。
「さ、行きますよ」
一瞬囁いてから、私とキヨさんの手を掴み、ヌエさんもひょいとヌムヌムねぶたの上に飛び移る。狐月さんたちにウィンクをしてから、ヌエさんは盛り上がる妖怪たちに向け、腰に刺してたあでやかな扇子をぱっと開いた。
「さあて、さて! 今宵限りの大道中! 元気の有り余る方もそうでない方も、ご唱和あれ! そおれ!」
「出発進行!!!!」
軽快な合図とともに、妖怪たちはヌムヌムねぶたを引き連れ、あやかし縁日のを練り歩きはじめた。
「マイマイいねが、マイマイいねが!」
「マイマイどこさ、マイマイどこさ!」
手拍子、足拍子、口笛気ままにかき鳴らし、妖怪たちは百鬼夜行を繰り広げる。その上を、私たちを乗せたヌムヌムねぶたがぷかぷか浮かんで進んでいくという構図だ。
「すんごいことになってきましたね」
おっかなびっくり、私は妖怪珍道中を見下ろす。やんややんやと賑やかなせいか、道すがら、次々に妖怪が百鬼夜行の列に加わっている。中には、楽器を鳴らす妖怪や、提灯やらヒラヒラ布のついた道具を担ぐ妖怪までいた。
私が感心していると、隣でヌエさんが満足そうに頷いた。
「ええ眺めですやろ。やっぱり祭りはこうでないと」
「あとで響紀に怒られるよ。賀茂や土御門にも」
「全然かまわしません。むしろ、叱られたり罰を受けたりするのを怖がって、ぬらりひょんが勤まりますかい」
苦笑する狐月さんに、ヌエさんはにんまりと妖しく笑う。ちなみに、騒ぎを起こした妖怪への罰に、陰陽師の護符による「封じ込めの刑」なるものが存在するらしい。それでもバカ騒ぎをしたいなんて、ちょっと理解に苦しむ。
さて。ヌエさんによるマイマイ百鬼夜行は、いまや大きなうねりとなってあやかし縁日を飲み込んでいく。
事情を知っている者も、知らない者も。とりあえず「マイマイ、マイマイ」と浮かれて踊り騒ぐ。どんちゃんどんちゃんと音楽が鳴り響く中、差し出された狐月さんの手の上で、ヌムヌムは大きく息を吸った。
「まいまあああぁぁーーーい!! ヌムヌムはここにいるぞおぉぉぉーーー!!」
ヌムヌムの渾身の叫びは、木霊たちによってあやかし縁日の隅々にまで届けられた――。
「おーい」
細く小さく、声が響いた。一瞬聞き間違えかと思ったけど、ヌムヌムがピンと背を伸ばして声がした方を見たので、私は一軒の宿の窓から誰かが呼んでいることに気づいた。
「おーい、おーい」
「マイマイ!?」
声をひっくり返して、ヌムヌムが狐月さんの手から飛び出す。同様に宿屋の肘掛け窓から、小さな妖怪がふわふわと飛んでくる。
ついに見つかったヌムヌムの探しびと、シーサーの付喪神のマイマイさんに、ヌムヌムはひし!と空中で抱きついた。
「マイマイー! 心配したぞー!」
「ヌムヌム! あんた、ここでなにしてるん?」
「君を探しに来たんだよ!」
「あらあ!」
びっくりして、マイマイさんは私たちを見る。
そりゃ、驚くのも無理はない。何やら騒がしくなったと思って外を見たら、空には巨大な夫のねぶたが浮かび。おまけに周りの妖怪は、自分の名前を呼びながら踊り歩いているのだから。
「見つかった?」「嫁さんだって!」と、相撲大会にいた妖怪たちが嬉しそうに覗きにくる中、マイマイさんは恐縮して頭を下げた。
「これは、これは。皆さま、ご迷惑をおかけしまして」
「ううん。無事、奥さんが見つかってよかったよ」
「お主はどこにいたんじゃ? 色んな妖怪に話を聞いたが、全然目撃情報がなかったぞ」
にこやかに狐月さんが首を振る後ろから、ひょいとキヨさんが顔を出す。すると、マイマイさんはちょっぴり恥ずかしそうに首を竦めた。
「実は私、こっちに来てすぐキジムナーのご一行と仲良くなって、あそこのお宿で一緒に花火を観ながら酒盛りをしてたんです」
「なあんだ!」
「それは見つからんわけや」
呆れて肩を落とす私の横で、ヌエさんがへらっと笑う。「ずっと探してたのに!」とショックを受けるヌムヌムに、マイマイさんはテヘッと舌を出した。
「だって私。こんな素敵なところに来たのに何も楽しまなかったら、あんたに叱られると思ったの」
――こうして、似た者夫婦なシーサーの捜索劇は、無事に幕を閉じたのだった。
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