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第四話 百鬼夜行とあやかし縁結び
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☆ ★ ☆
一度は離ればなれになってしまった付喪神夫婦の縁は再び硬く結ばれ、マイマイ百鬼夜行はそのまま大宴会になった。
妖怪たちはなにかとつけて宴を開きたがるものだし、お祭りの夜なら尚更だ。沿道の宿屋も楽しくなって店先で酒を振る舞い始め、ほろ酔い気分の妖怪たちがそこかしこに出来上がった。
そうやってあやかし縁日は、くるくる踊り、笑い転げる妖怪たちにより続いていく。その喧騒を遠くに聞きながら、けれども僕は、縁日の明かりとは反対に向かって歩いている。
「大将、すんまへんなあ」
ちっとも済まなく思ってなさそうな調子で、隣のヌエがへらりと笑う。
「まさかスズさんが、甘酒一杯で寝てしまうとは」
「だまれ、くされぬらりひょん。お主のそれは確信犯じゃろうが」
「きゅう!」
半眼になるキヨさんに同意して、キュウ助もぺしぺしとヌエを叩く。それを甘んじ受けながら、ヌエは「さあ。どうですやろ」と唇を吊り上げる。
それから、僕の背中ですやすや眠る水無瀬さんに、思いのほか優しい目を向けた。
「しかし、人間というのも難儀やなあ。ほんにか弱いくせに、妙に恐れ知らずなんやから」
「とくに、このスズという人間はな。肝が座っていて、生意気で。そこがこやつのいいとこじゃな」
わたあめを食べつつぷらぷら歩きながら、キヨさんも苦笑をして水無瀬さんを眺める。
そんなことは全く知らず、僕におぶわれ眠る水無瀬さんは、さぞ気持ちよさそうな寝顔をしていることだろう。
ちなみに水無瀬さんが寝てしまったのは、この世界の食べ物をそのまま口にしたから。
こちら側の世界――常世の妖気は濃厚だ。常世で口にする食べ物も同様。だから僕も、水無瀬さんが縁日の食事に口を付けるときはひと手間加えていたのだけど。
「今日は大目に見るけど、次はないよ。水無瀬さんにたちの悪いいたずらをしたら許さないから」
僕が睨むと、ヌエはひょいと肩を竦めた。
「心得とります。スズはんは大将のええひとやし」
「茶化さないで。真面目な話」
「ええ、ええ。わかっとります」
わかったんだか、わかってないんだか。――いや。ヌエの場合、僕が本気で怒るラインを見極めた上で、そのギリギリの間際でタップダンスを踊っている。ヌエはそう言う妖怪だ。
まったく……と嘆息する僕の横で、キヨさんが顔を綻ばせて水無瀬さんを覗き込んだ。
「スズのやつ。子供みたいな顔をして寝てるぞ」
「きゅきゅっ」
「ほんまや。ふふ、かわええなあ」
「いいな。僕もみたいよ」
「ソータはいつもスズを独り占めしてるからお預けじゃ」
そんな軽口を叩いていたら、ふと、ヌエの声の調子が変わった。
「なあ、大将。このままスズはん、拐っちまうのはどうやろか」
僕は思わずヌエを見る。冗談めかした口調ではあったけれど、それが決して冗談ではないことを、彼の声から察したから。
「人間は忘れる。人間はいなくなる。わてらにしたら一瞬みたいな時間しか持ってないくせに、その中で目まぐるしく変化する。そうやって、簡単にわてらのことを頭から追い出してしまう」
隣を歩くキヨさんも。ふよふよと飛ぶキュウ助も。今この時ばかりは何も言わない。ふたりとも、完全に同意するわけではなくとも、少なからずヌエの言葉に重なる想いがあるとわかる。
「別れるのは寂しすぎる。忘れられるのも悲しすぎる。そうなる前に、この世界に閉じ込めてしまえばええ。――わてらのためだけやない。大将も、スズはんと離れとうないやろ?」
僕は空を見上げた。
いつのまにかすっかり陽は落ちて、空には星々が瞬いている。
天の河を眺めながら、僕は微かに耳に届く寝息を、腕に伝わる重みを、服越しに感じる体温のことを考える。そうして、僕たちと水無瀬さんの、これからに思いを馳せた。
「そうだね。僕も、水無瀬さんといると楽しい。これからも、そばにいれたら嬉しいと思うよ」
「だったら」
「だけど、ズルは良くないよ」
くぅくぅと。幸せそうな寝息に笑ってしまいそうになりながら、僕は首を振る。かすかに肌に当たる水無瀬さんの髪が、くすぐったく感じた。
「せっかく結んだ縁も、永遠に続くわけじゃない。ぶつかって壊れることもあれば、自然と離れてしまうこともある。だけど、それが嫌だから努力するんだ。何度も何度も、確かめながら結び直すんだ。――絆って、そうやって育てていくものでしょ?」
「大将……」
ヌエはじっと僕を見ていた。やがて、肩を竦めてふっと笑った。
「ええで。お手並み拝見といきましょか」
「その言い方、なんかプレッシャーなんだけど」
「当たり前じゃ! お主の腕に、われらあやかし、全員の命運がかかっとるんじゃからな」
「きゅう!」
その時、僕の背中で水無瀬さんがむにゃむにゃと呟いた。僕らは口をつぐんで、一様に耳を澄ます。そうやって続きを待っていると、水無瀬さんはもう一度むにゃむにゃと口を動かした。
「うわぁい……おいしそ……」
「ぷっ」
「く、はは! ソータ! スズのやつ、夢の中でも何か食べてるぞ!」
ヌエが吹き出し、キヨさんが水無瀬さんを指差して笑った。僕もひとしきりくすくす笑ってから、ふたりとキュウ助に促した。
「とりあえず帰ろうか。僕らのお店に」
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一度は離ればなれになってしまった付喪神夫婦の縁は再び硬く結ばれ、マイマイ百鬼夜行はそのまま大宴会になった。
妖怪たちはなにかとつけて宴を開きたがるものだし、お祭りの夜なら尚更だ。沿道の宿屋も楽しくなって店先で酒を振る舞い始め、ほろ酔い気分の妖怪たちがそこかしこに出来上がった。
そうやってあやかし縁日は、くるくる踊り、笑い転げる妖怪たちにより続いていく。その喧騒を遠くに聞きながら、けれども僕は、縁日の明かりとは反対に向かって歩いている。
「大将、すんまへんなあ」
ちっとも済まなく思ってなさそうな調子で、隣のヌエがへらりと笑う。
「まさかスズさんが、甘酒一杯で寝てしまうとは」
「だまれ、くされぬらりひょん。お主のそれは確信犯じゃろうが」
「きゅう!」
半眼になるキヨさんに同意して、キュウ助もぺしぺしとヌエを叩く。それを甘んじ受けながら、ヌエは「さあ。どうですやろ」と唇を吊り上げる。
それから、僕の背中ですやすや眠る水無瀬さんに、思いのほか優しい目を向けた。
「しかし、人間というのも難儀やなあ。ほんにか弱いくせに、妙に恐れ知らずなんやから」
「とくに、このスズという人間はな。肝が座っていて、生意気で。そこがこやつのいいとこじゃな」
わたあめを食べつつぷらぷら歩きながら、キヨさんも苦笑をして水無瀬さんを眺める。
そんなことは全く知らず、僕におぶわれ眠る水無瀬さんは、さぞ気持ちよさそうな寝顔をしていることだろう。
ちなみに水無瀬さんが寝てしまったのは、この世界の食べ物をそのまま口にしたから。
こちら側の世界――常世の妖気は濃厚だ。常世で口にする食べ物も同様。だから僕も、水無瀬さんが縁日の食事に口を付けるときはひと手間加えていたのだけど。
「今日は大目に見るけど、次はないよ。水無瀬さんにたちの悪いいたずらをしたら許さないから」
僕が睨むと、ヌエはひょいと肩を竦めた。
「心得とります。スズはんは大将のええひとやし」
「茶化さないで。真面目な話」
「ええ、ええ。わかっとります」
わかったんだか、わかってないんだか。――いや。ヌエの場合、僕が本気で怒るラインを見極めた上で、そのギリギリの間際でタップダンスを踊っている。ヌエはそう言う妖怪だ。
まったく……と嘆息する僕の横で、キヨさんが顔を綻ばせて水無瀬さんを覗き込んだ。
「スズのやつ。子供みたいな顔をして寝てるぞ」
「きゅきゅっ」
「ほんまや。ふふ、かわええなあ」
「いいな。僕もみたいよ」
「ソータはいつもスズを独り占めしてるからお預けじゃ」
そんな軽口を叩いていたら、ふと、ヌエの声の調子が変わった。
「なあ、大将。このままスズはん、拐っちまうのはどうやろか」
僕は思わずヌエを見る。冗談めかした口調ではあったけれど、それが決して冗談ではないことを、彼の声から察したから。
「人間は忘れる。人間はいなくなる。わてらにしたら一瞬みたいな時間しか持ってないくせに、その中で目まぐるしく変化する。そうやって、簡単にわてらのことを頭から追い出してしまう」
隣を歩くキヨさんも。ふよふよと飛ぶキュウ助も。今この時ばかりは何も言わない。ふたりとも、完全に同意するわけではなくとも、少なからずヌエの言葉に重なる想いがあるとわかる。
「別れるのは寂しすぎる。忘れられるのも悲しすぎる。そうなる前に、この世界に閉じ込めてしまえばええ。――わてらのためだけやない。大将も、スズはんと離れとうないやろ?」
僕は空を見上げた。
いつのまにかすっかり陽は落ちて、空には星々が瞬いている。
天の河を眺めながら、僕は微かに耳に届く寝息を、腕に伝わる重みを、服越しに感じる体温のことを考える。そうして、僕たちと水無瀬さんの、これからに思いを馳せた。
「そうだね。僕も、水無瀬さんといると楽しい。これからも、そばにいれたら嬉しいと思うよ」
「だったら」
「だけど、ズルは良くないよ」
くぅくぅと。幸せそうな寝息に笑ってしまいそうになりながら、僕は首を振る。かすかに肌に当たる水無瀬さんの髪が、くすぐったく感じた。
「せっかく結んだ縁も、永遠に続くわけじゃない。ぶつかって壊れることもあれば、自然と離れてしまうこともある。だけど、それが嫌だから努力するんだ。何度も何度も、確かめながら結び直すんだ。――絆って、そうやって育てていくものでしょ?」
「大将……」
ヌエはじっと僕を見ていた。やがて、肩を竦めてふっと笑った。
「ええで。お手並み拝見といきましょか」
「その言い方、なんかプレッシャーなんだけど」
「当たり前じゃ! お主の腕に、われらあやかし、全員の命運がかかっとるんじゃからな」
「きゅう!」
その時、僕の背中で水無瀬さんがむにゃむにゃと呟いた。僕らは口をつぐんで、一様に耳を澄ます。そうやって続きを待っていると、水無瀬さんはもう一度むにゃむにゃと口を動かした。
「うわぁい……おいしそ……」
「ぷっ」
「く、はは! ソータ! スズのやつ、夢の中でも何か食べてるぞ!」
ヌエが吹き出し、キヨさんが水無瀬さんを指差して笑った。僕もひとしきりくすくす笑ってから、ふたりとキュウ助に促した。
「とりあえず帰ろうか。僕らのお店に」
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