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あるのっぽの話~兄弟④~
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僕たちがウィルの家に着くと、家の前でウィルが誰かと話しているところだった。彼らの表情からして、どうやら状況を説明されているところのようだ。ウィルが、見たこともないくらい青ざめている。話しかけている大人の1人が、気をしっかり持てとでもいうように肩を抱いている。
「今、診療所で手当てしてもらっているから!」
「一緒に行こう。家のことは大丈夫か?」
「あ、は、はい…。」
「まずは落ち着くんだ。先生たちが診てくれている。大丈夫だ。」
「…。」
ウィルは家の周りにあった農具を簡単に片づけて、大人たちに囲まれて村の中心へと向かっていく。診療所へ向かうつもりなんだ。歩き出す時、ウィルはこちらに気づいたようだったが、僕とレイは、声をかけることもできなかった。僕らは来年15歳になるとはいえ、まだまだ現実を見ようとしていなかった子供で、こんな時にどうすればいいのかまったく思いつかなかったのだ。何とかしなければと、心配する気持ちのまま飛び出しては来たものの、いざ本人を目前にするとここまで走ってきたことが嘘のように体が言うことをきかない。
僕らを見るウィルは、薄暗い夕暮れ時に道に迷ってしまった子供を彷彿とさせる目をしていた。
僕らは、ウィルたちが見えなくなるまで黙って見ていることしかできなかった。しばらくして、どちらともなく走って来た道を戻り始めた。来た時とは違って、非常にゆっくりとした足取りだった。口には出さなかったけど、僕たちはこの時すでに薄々感じていたのだと思う。
ウィルの両親が、助かる見込みがほとんどないのだということを。
「レイ!どこに行っていたんだ。」
「…父さん。」
「こんな大変な時に…!と、アレックスも一緒だったか。」
「こ、こんにちは…。」
「あぁ。いや、こんな悠長にしている場合ではない。レイ、アレックス。事情は分かっているか。」
「…ウィルの、おじさんとおばさんの事だろ。」
「…。」
「そうだ。詳しいことはこれから診療所で聞くんだが…。アレックス、君なら詳しい状況は分かるか?」
「ぼ、僕も、父さんに出ていくように言われてしまって…。僕もウィルが心配だったから、ウィルの家に向かってしまって、運ばれた後のことは…。」
「そうか…。どうやら、あまり…、いやよそう。憶測で話すべきではないな。
2人は家に帰りなさい。暗くなる前にな。」
村の中心にまで戻ると、レイのお父さんに話しかけられた。普段であれば、レイに雷の1つや2つ落ちているところだけど、それどころではないらしい。診療所に向かうところだったようで、僕らとの会話もそこそこに早足で去って行ってしまった。帰るように言われたものの、なかなか足取りは重い。レイはウィルのことが心配で家に帰ってよいものかと考えていたのかもしれないが、僕は少し違っていた。
今僕が家に帰れば、すぐ近くに建っている診療所は大騒ぎだろう。それを見て、改めて自分が役立たずであることを実感してしまうことが嫌だった。友達の一大事になんてことを考えているのだと、自分がひどく残酷な奴に思えて吐き気がする。
「…アレックス。オレ…オレも、行っていいか。」
「…うん。」
僕たちは何がしたいのか、できることがあるのか、分かっていなかったと思う。それでも、何もしないでいることもできなかった。
僕の家についてみると、診療所は驚くほど静かになっていた。少なくとも人だかりができている様子はない。ウィルの姿も、家から伺う限りでは確認できない。その静けさが、とても恐ろしかった。
僕とレイは、ウィルが出てくるのを待った。家に帰ろうとしているところに声をかけようと。なんて声をかけたらいいか分からなかったけれど、とにかくウィルと一緒にいた方がいいと思ったのだ。
しかしウィルが診療所から出てくることはなかった。そのまま夕暮れになり、日が沈み、辺りが真っ暗になった頃にレイのお父さんが迎えに尋ねてきた。いつもならレイにげんこつの1つでも落ちるところなんだろうけど、おじさんはレイの頭を撫でるだけだった。悲しそうな顔だった。
「…ウィルは、今夜は診療所で過ごすそうだ。アレックス、先生たちも付き添うそうだ。」
その言葉と表情で、僕たちは友人のことを思った。今悲しみと絶望の淵に立ち、孤独に抱かれている友人のことを。
おじさんは僕も家に来るかと誘ってくれたが、普段から診療所に父さんたちが泊まり込むことはあったので馴れていると断った。レイは暗い表情のまま、おじさんと一緒に帰っていった。
僕たちは結局、何もすることができなかった。一緒にいる事さえも。
「今、診療所で手当てしてもらっているから!」
「一緒に行こう。家のことは大丈夫か?」
「あ、は、はい…。」
「まずは落ち着くんだ。先生たちが診てくれている。大丈夫だ。」
「…。」
ウィルは家の周りにあった農具を簡単に片づけて、大人たちに囲まれて村の中心へと向かっていく。診療所へ向かうつもりなんだ。歩き出す時、ウィルはこちらに気づいたようだったが、僕とレイは、声をかけることもできなかった。僕らは来年15歳になるとはいえ、まだまだ現実を見ようとしていなかった子供で、こんな時にどうすればいいのかまったく思いつかなかったのだ。何とかしなければと、心配する気持ちのまま飛び出しては来たものの、いざ本人を目前にするとここまで走ってきたことが嘘のように体が言うことをきかない。
僕らを見るウィルは、薄暗い夕暮れ時に道に迷ってしまった子供を彷彿とさせる目をしていた。
僕らは、ウィルたちが見えなくなるまで黙って見ていることしかできなかった。しばらくして、どちらともなく走って来た道を戻り始めた。来た時とは違って、非常にゆっくりとした足取りだった。口には出さなかったけど、僕たちはこの時すでに薄々感じていたのだと思う。
ウィルの両親が、助かる見込みがほとんどないのだということを。
「レイ!どこに行っていたんだ。」
「…父さん。」
「こんな大変な時に…!と、アレックスも一緒だったか。」
「こ、こんにちは…。」
「あぁ。いや、こんな悠長にしている場合ではない。レイ、アレックス。事情は分かっているか。」
「…ウィルの、おじさんとおばさんの事だろ。」
「…。」
「そうだ。詳しいことはこれから診療所で聞くんだが…。アレックス、君なら詳しい状況は分かるか?」
「ぼ、僕も、父さんに出ていくように言われてしまって…。僕もウィルが心配だったから、ウィルの家に向かってしまって、運ばれた後のことは…。」
「そうか…。どうやら、あまり…、いやよそう。憶測で話すべきではないな。
2人は家に帰りなさい。暗くなる前にな。」
村の中心にまで戻ると、レイのお父さんに話しかけられた。普段であれば、レイに雷の1つや2つ落ちているところだけど、それどころではないらしい。診療所に向かうところだったようで、僕らとの会話もそこそこに早足で去って行ってしまった。帰るように言われたものの、なかなか足取りは重い。レイはウィルのことが心配で家に帰ってよいものかと考えていたのかもしれないが、僕は少し違っていた。
今僕が家に帰れば、すぐ近くに建っている診療所は大騒ぎだろう。それを見て、改めて自分が役立たずであることを実感してしまうことが嫌だった。友達の一大事になんてことを考えているのだと、自分がひどく残酷な奴に思えて吐き気がする。
「…アレックス。オレ…オレも、行っていいか。」
「…うん。」
僕たちは何がしたいのか、できることがあるのか、分かっていなかったと思う。それでも、何もしないでいることもできなかった。
僕の家についてみると、診療所は驚くほど静かになっていた。少なくとも人だかりができている様子はない。ウィルの姿も、家から伺う限りでは確認できない。その静けさが、とても恐ろしかった。
僕とレイは、ウィルが出てくるのを待った。家に帰ろうとしているところに声をかけようと。なんて声をかけたらいいか分からなかったけれど、とにかくウィルと一緒にいた方がいいと思ったのだ。
しかしウィルが診療所から出てくることはなかった。そのまま夕暮れになり、日が沈み、辺りが真っ暗になった頃にレイのお父さんが迎えに尋ねてきた。いつもならレイにげんこつの1つでも落ちるところなんだろうけど、おじさんはレイの頭を撫でるだけだった。悲しそうな顔だった。
「…ウィルは、今夜は診療所で過ごすそうだ。アレックス、先生たちも付き添うそうだ。」
その言葉と表情で、僕たちは友人のことを思った。今悲しみと絶望の淵に立ち、孤独に抱かれている友人のことを。
おじさんは僕も家に来るかと誘ってくれたが、普段から診療所に父さんたちが泊まり込むことはあったので馴れていると断った。レイは暗い表情のまま、おじさんと一緒に帰っていった。
僕たちは結局、何もすることができなかった。一緒にいる事さえも。
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