脳内殺人

ふくまめ

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消滅しろ、ハラスメント野郎

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その後も、チクチクと向けられる小言や間延びしたのろけ話、でかい声で垂れ流されるハラスメント発言を適当に流しつつ定時へとこぎつけた。私は彼と買い物に行く予定があるという高橋の残していった仕事を済ませるため、帰るわけにはいかないのだが。明日も平日だというのに、仲のいいことで。
とはいえ、愛しの彼が絡みさえしなければ高橋は基本的に効率よく動けるタイプなので、残された仕事はそう多くはない。もともと頻繁に仕事を他人に放っていくような人間でもなかったし。さぞ新婚生活が幸せなんだろうと、結婚祝いのつもりで見送っている。
結局、予想通り大した残業時間にもならずに帰路に就くことができた。用事もないので適当にぶらついて晩御飯を確保。一人暮らしの人間には、赤いシールの貼られだしたお総菜コーナーは宝の山だ。今日もお宝ザックザク。

「たっだいまー…なんてね。」

暗いアパートの一室に入り、帰宅を告げる。返事がないことは分かりきっている。一人暮らしというものは独り言が増えるものなのだ。話し相手はテレビ。もちろん返事はない。

「っと、スマホスマホ…。」

現代の社会生活には必須となったスマホ。液晶画面を触るなんてとんでもない!と携帯を折りたたむ生活以外考えられなかったあの頃、今では何でもかんでもスイスイ…フリック入力に憧れた時もありました。
若い子たちはSNSのチェックが欠かせないのかもしれないが、私完全に携帯ゲーム機と同じ扱いになってしまっている。仕事中は触ることができないので、アプリゲームのスタミナが完全に溜まっているはずだ。
鼻歌混じりにスマホを操作していると、数少ないメッセージアプリのアイコンに数字が。誰かからメッセージが来ているようだ。タップするとそこに表示されたのは上京している従弟。この子は見た目は強面、に見えるが世話焼きな一面もあるいい子なのだ。その証拠に二匹の愛猫と生活を共にし、寂しい一人暮らしの従姉にもこうして可愛い愛猫の写真を時たま送ってくれるのだ。

「…んふふ、かーわいい。仲良く二匹でお昼寝…ん?」

写真が数枚送られただけの画面をスライドしながらニヤニヤと眺める。命を扱うという責任を考えると、私にペットを飼う覚悟がないのでできないが、動物は好きだ。責任を持って愛情を注いでいる従弟は本当に尊敬しているし、送ってくれる写真たちには癒されている。すさんだ社会人の心に染みる小さな幸せなのだ。
そんな中、小さな違和感に気がつく。この写真の背景…何か、家具の配置?いや…。

「…バッグ。」

カメラに向かってお腹を見せている猫の背後。すでに見慣れた部屋の風景のはずだが、その中に異質な物がまぎれていたのだ。
女性物の、小さなバッグ。
今までそういった話をしてきたことがなかったが、あの従弟もついに…。なぜか同士を失ってしまったかのような気持ちになる。彼女かどうかも分からないし、独身を貫こうと誓い合っていたわけでもない。
それでもなぜか、置いて行かれてしまったような感覚になる。私はなんて面倒な奴なんだ。
ここは突っ込まない方がいいだろうと判断し、『ありがとう。お腹出してるの、可愛い』と普段通りを装ってメッセージを返しておく。アプリを閉じて天を仰ぐ。いや視界いっぱい天井なんだけども。

「…よしっ。」

気合を入れて、当初の目的のゲームアプリを立ち上げる。想像通り満タンになっていたスタミナを確認し、オート操作で周回している間に、本日獲得したお宝を温めにかかる。ほんと、電子レンジってのは最高の発明品だわ。

お宝もお腹に収め、ソファに座りながらテレビを眺める。特に面白いとは感じないが、無音でいるのもそれはそれで寂しいものだ。パソコンで動画配信サイトをうろつくのも習慣となっているが、自分の好みに偏った動画しか見ないことが目に見えているので、世の中の情報に置いて行かれてしまう。情報収集のためにもたまにはテレビをつけなくては。

『そんな見た目でお前純日本人かよ!?』
『しゃべれるの関西弁だけですからね!部活じゃ助っ人外国人みたいな目で見られてましたよ、下手なのに!』
『『『ぎゃはははは!!』』』
「…。」

たくさんの芸人さんがひな壇に並んでいる。このバラエティ番組では、芸人生活で遭遇したあるあるエピソードを紹介しているようだ。今話している芸人さんはいわゆるハーフらしく、目鼻立ちがはっきりとしている濃いめの顔。たしかに平たい顔をしている典型的な日本人と比べると、良くも悪くも目立つだろう。日本人的な本名であることも拍車をかけているかもしれない。
『菓子?…その見た目で?どっちかっていうとお前、岩倉、みたいな感じするけどな!あ、それともあれか?新人ギャグ?』
嫌なことを思い出してしまった。自己紹介をした際に、例のつまらない鉄板ギャグ上司である安田に絡まれた。これがすべての発端だった。とはいえ、初対面で自己紹介をしないというわけにはいかないので避けようはないのだが。ともあれこれがきっかけとなって、現在に至るまでつまらないちょっかいを受け続けることになってしまっている。

「…はぁ、まったく。」

くだらないことを気にするやつら、みんな消滅しちまえ。
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