異世界距離恋愛 (修正版)

ふくまめ

文字の大きさ
4 / 25

犬じゃないの?

しおりを挟む
カルボナーラをレンジから取り出して、隣接しているリビングへと運ぶ。香りとともに立ち上る湯気が食欲をさらにそそる。もしこれが漫画の世界だったら、私は確実に口からダラダラと涎を垂らしていただろう。

「…何、あんたも?」
「そりゃそうだろ。」

リビングのテーブルにあの二足歩行の犬も席についていた。手元には、伸びきってどんぶりの縁ギリギリまでかさが増えてしまった醤油ラーメン。もちろん湯気が立っているはずもなく、すでに冷め切っていることが分かる。

「あ、フォーク忘れた。」

カルボナーラをテーブルに置いて、キッチンへととんぼ返り。まったく、早く食べたいときに限ってこうだ。流しに備え付けられている引き出しの一番上を引く。しかしそこに入っていたのは、私が想像していたカトラリーではなく、お玉や菜箸などの調理器具たちだった。

「あれ?おかしいな…。」
「…コンロの横に立ててある。」
「…あ、ほんとだ。」

こんなに目立つところに立ててあったのに気づかなかった。…私の部屋のキッチンは、お玉や菜箸がコンロ脇の壁に吊るしてあって、箸やフォークなんかのカトラリーは一番上の引き出しにしまっているはず。
この部屋、やっぱりおかしい…。

「…。」
「見つかったか?」
「…うん。」

素直にフォークの場所を教えてくれたことに驚きを感じるが、二足歩行の犬は何でもないようにラーメンに向かって手を合わせている。ちゃんといただきますをするのか、律儀な犬だ。しかもその手の間には箸が挟まっている。そのモフモフな手で箸を扱って食事をするのか。こんな見た目だが、中身はかなりできた人間なのではないかと思わされる。見た目は完全に二足歩行する犬なのだが。
…っていやいやそのままで食べるの?着ぐるみ脱がないの?私がいるから?素顔を見せたら通報されると思ってる?いやまぁ、それはそう。素顔見たら即通報、当然。だけどもさぁ…。

「…ねぇ。」
「あ?」
「…それ、冷めてんでしょ。伸びきってるし。私のカルボナーラ、少し分けようか?」
「だからそれ元々俺のだって…。いや、別にいい。俺猫舌だから、最初から冷まそうと思ってたんだ。」
「猫舌って、あんた犬でしょ。」
「犬じゃねぇ、狼だ。」
「一緒でしょ。」
「違う。…それに、俺は正確には狼の獣人だ。普通の狼や犬とは違う。」

じゅうじん…。獣人?今獣人って言った?ファンタジー作品以外で聞くことのない単語だ。間違っても日常会話ではまず出ることのない単語だろう。…自分がそうだって?

「…ふざけてるの?」
「んなわけあるか。というか、この姿見てふざけるも何もあるかよ、見たまんまだろ。…何だよ、どうした。」

伸びきった麺はすすり辛いのか、どんぶりに口をつけてかき込むように食べている二足歩行の犬、いや彼の言葉のままであれば狼の獣人、はさも当然といったように返した。確かに何の不都合もなさそうな様子で食事をする姿を見ていると、単なる着ぐるみ、というのはいささか苦しい説明であるようには思う。でもだからって、獣人なんて架空の存在が、当たり前のようにいるとでもいうのだろうか。そんなまさか…。
頭の先から血の気が失せていく音が聞こえた気がした。指先が冷えていく。一瞬でラーメンを平らげた獣人は、私の様子が変なことに気がついたようで、怪訝な様子でこちらを見ている。でも私はそんなことを気にかけている余裕はない。ラーメンのかすかな汁を舐めとろうと、大きな口の周りをべろりと舐める舌。その隙間から覗くいかにも肉食獣を彷彿とさせる鋭い牙から目が離せない。

「おい…。本当にどうした?…お前まさか、今まで獣人見たことないのか?」
「な、ないわよ…。聞いたこともない…。」
「はぁ?聞いたことないって、どんな箱入りだよ…。いいか?人類は昔から異種交雑を試みてきたんだ。遺跡の壁画に記録されるくらいの大昔からだ。…もちろん、うまくいく例ばかりじゃない。気が遠くなるくらいの数の失敗と技術の進歩を経て、今現在多くの種類の獣人が生活しているだろうが。今となっちゃ、よっぽどのことがなけりゃ自然な交配も可能なぐらい生態系として馴染んでいる…分かるか?」

こいつは何を言っているのだろう。まったくもって理解できない。異種交雑?人類の試み?何が、どうなって…。

「…おいおいマジかよ…。とんだコソ泥が来たもんだ。…とにかく飯食っちまえよ。腹減ってんだろ?」
「…うん。」

私は小さく返事を絞り出すことしかできなかった。あんなにおいしそうに見えていたカルボナーラも、今となっては生暖かい紐状の何かにしか思えない。あんなに主張していたお腹も、まったくもって鳴りを潜めてしまっている。でもとにかく、何かお腹に収めなければ。その思いだけで、静かにパスタを口に押し込んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...