9 / 32
一宿一飯の恩④
しおりを挟む
仕事帰り、似たり寄ったりなアパート群の中から自分が借りている部屋を見上げる。カーテンが閉めてあるが、かすかに部屋の中の光がこぼれている。
自分以外の人間がそこにいる。
今朝までのことが何かの間違いなんじゃないかという淡い考えは完全に消え去った。まぁ、本当に俺の勘違いなんだったとしたら、早々に休職して心身ともにリフレッシュしに旅にでも行った方がいいのかもしれないな。インドア派だから旅なんかしねぇけど。
ガチャ
「…。」
「あ、お帰りなさい。」
「…あぁ。…何してんだ?」
「これ?どう見たって、晩御飯作っているようにしか見えないでしょ。」
「…そういうことじゃなく。」
「献立ってこと?買い物に行くのも心配だったから、あるものでカレー作ってみた。部屋から出ないようにって言いつけもあったし。後はサラダとスープ。」
「…もういい。」
「…嫌いだった?」
部屋に入ると暖かい匂いで満たされていた。いつ買ったのか覚えていないが、カレールゥがあったようだ。煮込んでいるであろう鍋の前には、昨日知り合ったばかりの新島さんがブラウスを腕まくりして立っていた。その隣には少し小さめの鍋。この中には新島さんが言うスープが入っているのだろう。俺はインスタントラーメンを作る時くらいにしか使ったことなかったけど。そばにある小皿には野菜が盛り付けられている。これがサラダか、無難な野菜しか買っていないと思っていたがやけに鮮やかに見えるのはなぜだろうか。
黙って見つめているのをどう受け取ったのか、新島さんは恐る恐るといった様子で俺に声をかけてくる。
「いや別に。カレー嫌いな奴っているか?」
「そりゃ、好みはあるでしょ…。勝手に材料も場所も、使っちゃってるし。」
「好きにしていいって言っただろ。…これ、俺の分もあるのか?」
「も、もちろん!…あ!」
「何だよ。」
「犬って、ネギ系ダメだったんじゃ…。」
「犬じゃなくて狼だって言ってるだろ!」
あれほど訂正していたっていうのに、失礼な…。ふざけて言っているんだろうけど。…本当に話を聞いてないとか勘違いしたままとかないよな。
「俺たちは人間と大して変わらないから。確かに犬や猫は食べちゃいけない食材あるけど、獣人はそういうことないから。」
「そうなの…。ねぇ、猫にイカを食べさせたら腰を抜かすって本当?」
「知るか。」
本当に大丈夫なんだろうな。洗面所で手を洗って戻ってくると、新島さんはスープをよそってくれていた。客人用の食器なんてものを用意しているはずもないので、我が家にはすべて一人分しかなく、それらしい食器を出してくれているようだ。よく考えたら帰りに買ってきたらよかったか。…いや、でもな。
「…スープは盛ったけど、カレーの方はセルフで。お好みの量をどうぞ。」
「あぁ…。」
そう言うと、先にリビングのテーブルへと汁椀とスープマグを持って行った。炊飯器を覗くと、白米が湯気を立てている。しっかりほぐされている。カレー皿を取り出してご飯をよそおうとして、ついでに少し深みのある平皿をそばに置いておく。俺のカレーは山盛りご飯。朝食わない分、夜がっつり食べちまうし何なら夜食にも手を伸ばしてしまいがちなのは自覚している。
こんな体に悪い生活を一体いつまでできるのか。
「…あ、ちょっと!何してんの。」
「…何だよ。」
「…それ、何。」
キッチンに戻ってきた新島さんに制止される。俺はカレールゥをご飯かけた体勢のまま振り返る。まさか気づかれたか…?
「人参よけてる!いい大人が!」
「別に、いいだろ。人には、好みってもんが…。」
「好き嫌いじゃない、こんなの!食べちゃいけない食材ないんでしょ!」
「苦手なんだよ!…作ってもらっておいて悪いが、何か独特の匂いがダメっていうか…。」
「…まぁいいわ、見逃してあげる。…今回は。」
今回は…?何やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、どうやら人参を食べないことは認められたようだ。
その後数回にわたり「おこちゃまなのねー」との発言も聞こえた。これは絶対に言っている。
自分以外の人間がそこにいる。
今朝までのことが何かの間違いなんじゃないかという淡い考えは完全に消え去った。まぁ、本当に俺の勘違いなんだったとしたら、早々に休職して心身ともにリフレッシュしに旅にでも行った方がいいのかもしれないな。インドア派だから旅なんかしねぇけど。
ガチャ
「…。」
「あ、お帰りなさい。」
「…あぁ。…何してんだ?」
「これ?どう見たって、晩御飯作っているようにしか見えないでしょ。」
「…そういうことじゃなく。」
「献立ってこと?買い物に行くのも心配だったから、あるものでカレー作ってみた。部屋から出ないようにって言いつけもあったし。後はサラダとスープ。」
「…もういい。」
「…嫌いだった?」
部屋に入ると暖かい匂いで満たされていた。いつ買ったのか覚えていないが、カレールゥがあったようだ。煮込んでいるであろう鍋の前には、昨日知り合ったばかりの新島さんがブラウスを腕まくりして立っていた。その隣には少し小さめの鍋。この中には新島さんが言うスープが入っているのだろう。俺はインスタントラーメンを作る時くらいにしか使ったことなかったけど。そばにある小皿には野菜が盛り付けられている。これがサラダか、無難な野菜しか買っていないと思っていたがやけに鮮やかに見えるのはなぜだろうか。
黙って見つめているのをどう受け取ったのか、新島さんは恐る恐るといった様子で俺に声をかけてくる。
「いや別に。カレー嫌いな奴っているか?」
「そりゃ、好みはあるでしょ…。勝手に材料も場所も、使っちゃってるし。」
「好きにしていいって言っただろ。…これ、俺の分もあるのか?」
「も、もちろん!…あ!」
「何だよ。」
「犬って、ネギ系ダメだったんじゃ…。」
「犬じゃなくて狼だって言ってるだろ!」
あれほど訂正していたっていうのに、失礼な…。ふざけて言っているんだろうけど。…本当に話を聞いてないとか勘違いしたままとかないよな。
「俺たちは人間と大して変わらないから。確かに犬や猫は食べちゃいけない食材あるけど、獣人はそういうことないから。」
「そうなの…。ねぇ、猫にイカを食べさせたら腰を抜かすって本当?」
「知るか。」
本当に大丈夫なんだろうな。洗面所で手を洗って戻ってくると、新島さんはスープをよそってくれていた。客人用の食器なんてものを用意しているはずもないので、我が家にはすべて一人分しかなく、それらしい食器を出してくれているようだ。よく考えたら帰りに買ってきたらよかったか。…いや、でもな。
「…スープは盛ったけど、カレーの方はセルフで。お好みの量をどうぞ。」
「あぁ…。」
そう言うと、先にリビングのテーブルへと汁椀とスープマグを持って行った。炊飯器を覗くと、白米が湯気を立てている。しっかりほぐされている。カレー皿を取り出してご飯をよそおうとして、ついでに少し深みのある平皿をそばに置いておく。俺のカレーは山盛りご飯。朝食わない分、夜がっつり食べちまうし何なら夜食にも手を伸ばしてしまいがちなのは自覚している。
こんな体に悪い生活を一体いつまでできるのか。
「…あ、ちょっと!何してんの。」
「…何だよ。」
「…それ、何。」
キッチンに戻ってきた新島さんに制止される。俺はカレールゥをご飯かけた体勢のまま振り返る。まさか気づかれたか…?
「人参よけてる!いい大人が!」
「別に、いいだろ。人には、好みってもんが…。」
「好き嫌いじゃない、こんなの!食べちゃいけない食材ないんでしょ!」
「苦手なんだよ!…作ってもらっておいて悪いが、何か独特の匂いがダメっていうか…。」
「…まぁいいわ、見逃してあげる。…今回は。」
今回は…?何やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、どうやら人参を食べないことは認められたようだ。
その後数回にわたり「おこちゃまなのねー」との発言も聞こえた。これは絶対に言っている。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる