会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第一幕 一ヵ月だけのクラスメイト◆

旅役者の男の子①

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 まだ夏の延長線上にあるような、暑さの残る二学期始業式の朝。陸は終わってしまった夏休みに抵抗するように、未練がましくベッドにしがみついていた。階下から何度目かの母の呼び声がする。

「陸、アンタいい加減起きなさい! 新学期早々遅刻しちゃうでしょ。受験生の自覚あるの?」

 声のトーンからして大爆発寸前だと察した陸が、渋々ベッドから這い出て「もう起きたよ!」と叫ぶ。だるそうにハンガーに吊るされた制服のシャツに手を伸ばし、のろのろと着替え始めた頃、玄関チャイムが鳴った。

「ヤベぇ、哲治もう来たのかよ」

 まだもう少し時間に余裕があると思い込んでいた陸は、スクールバッグを掴むと慌てて階段を駆け下りた。こんな時、夏の制服はネクタイを結ばなくて済むから助かる。

「なんだよ陸、まだ準備できてねーの?」

 寝ぐせもそのままの陸を見て、玄関のたたきで待つ哲治が思わず噴き出した。

「ちょっとだけ待って。歯だけ磨かせて」
「いいよ、慌てんなよ」

 洗面所へ駆け込む陸に届くように、哲治が身を乗り出して声を掛ける。陸の母親から「いつもありがとうねぇ」と申し訳なさそうに言われ、哲治は「自分が迎えに来たいだけだから」と扇ぐように手を振った。

「お待たせ!」

 陸は手櫛で髪を整えながら黒いスニーカーに足を突っ込み、ケンケンするように踵をしまう。

「バスの時間、間に合うかな」
「まだ大丈夫」

 陸の問いかけに哲治が笑いながら頷いた。
 この辺りは少子化の影響で、過去に小学校も中学校も統廃合が繰り返された。そのせいで学校の数が減り、通学区域の公立校であっても歩いて通うには少し遠く、生徒たちが電車やバスを利用することは珍しくなかった。

「中三の夏休みなんて、あっという間だったな」
「ホントにね。俺、夏期講習の記憶しかねぇよ」

 バスに乗り込み吊り革に掴まると、陸は大きな欠伸をした。背の高い哲治が上から陸の寝癖を見つけてクスクス笑う。哲治がその寝癖を梳いて横に流してやると、元々猫っ毛のせいもあり、上手く馴染んで目立たなくなった。

「お前の髪は柔らかくて良いなぁ。羨ましい」

 そう言って哲治は、自分の硬質そうな前髪を一摘まみする。

「そう? 俺は哲治の黒い髪、カッコ良くて憧れるけど」
「そっか。陸がそう言うならまあいいか」

 嬉しそうに頬を掻く哲治を、陸は少し不思議そうに見た。

「俺だけじゃなくて皆も憧れてるよ。よく言われるだろ? 哲治は背も高いしバスケも上手いしカッコイイって。実際モテるし」
「それはどーでもいいんだけどさぁ」

 吊り革ではなく、一番高い位置にあるポールに掴まっている哲治を陸が見上げる。モテることを「どーでもいい」と言えるところが凄いと素直に感心した。

 学校に着くまでに一人、二人と登校する同級生が増え、いつの間にか賑やかな集団が出来上がっていた。みんなテンションが高いのは、久しぶりに会えたからかもしれない。夏休み明けでもこんがりと日焼けしている者はおらず、改めて受験生なのだなぁと陸は実感した。

「今日、転校生が来るらしいよ」
「マジで? 中三の二学期からとか中途半端じゃね? 私立中辞めたヤツかな」
「違う違う。旅役者の子だってさ。うちの婆ちゃんが引っ越し中の劇団員と立ち話しして、そん時に聞いたんだって」
「へー、なるほど。じゃあまた直ぐにどっか行っちゃうのか」

 浅草には昔ながらの大衆演劇場があった。そこで公演する劇団は、一ヵ月ごとに入れ替わる。その一ヵ月の間、義務教育中の一座の子供は学区の公立校に通うのだ。そして公演期間が終われば、また次の劇場へ移動していく。大所帯の劇団が公演する時などは、一度に十人もの転校生が来ることもあった。
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