会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
5 / 86
◆第一幕 一ヵ月だけのクラスメイト◆

公家と武士②

しおりを挟む
「陸、いいかげんソイツから離れろ」

 バスが大きく揺れ、それと同時に哲治が陸の手を強く引いた。陸はつんのめるように哲治の胸に顔を埋め、「痛ってぇ」とうめきながら、思い切りぶつけた鼻をさする。

「あーあ。お姫様を取り返されてしもた」

 残念。と言って小さく笑った清虎の首筋に、汗が一滴流れた。陸を抱えていたからか、体温が上がったようで頬が少し紅潮している。ワイシャツの襟を掴んでパタパタ風を送ると、清虎の綺麗な鎖骨が露わになった。
 何だかその光景は、先程の遠藤の色仕掛けより何倍も艶っぽく感じられ、陸は思わず目を逸らす。誤魔化すように窓の外を眺めると、降りるバス停の近くだと気が付いた。

「清虎、このバス停で降りるよ」
「……ん? あぁ」

 陸は清虎の袖をツンと引いて知らせたが、なぜか清虎は一拍遅れて返事をした。少し気になったものの敢えて聞くほどでもないと思い、陸はそのままバスを降りる。アスファルトからむっとするような熱気が靴底に伝わった。

「清虎は劇場に直行するの? 俺の家の方向だから、連れて行ってやるよ。ついでに、歩きながら観光案内してあげる」
「そら助かるわ」
「待って、陸。俺も付いてく」

 清虎の隣に並ぶ陸の肩を哲治が掴む。暑さのせいか、その手は何だかずっしりと重く感じた。

「哲治の家はすぐそこじゃん。わざわざ遠回りしなくてもいいよ。俺一人で平気だって」

 観光客で賑わっている通りの角の、趣ある居酒屋を指さし、そちらに向かって陸は歩き出した。

「あれが哲治の家だよ。焼き鳥が美味しくて有名な居酒屋なんだ。でね、俺が『いつもの!』って注文すると、哲治の親父さんがジンジャエールと唐揚げのセット出してくれるんだよ」
「いやいや、焼き鳥食わんのかい」

 あははと吹き出した清虎に、陸は口を尖らせる。

「焼き鳥が有名だけど、唐揚げも超うまいんだってば!」

 店の前に陸の大声と清虎の笑い声が響くと、飴色の引き戸がそろそろと開いて、年配の女性が顔を覗かせた。

「あらあら。元気な声がすると思ったら、陸君だったのね。哲治もおかえり。そっちの子は見かけない顔だねぇ」
「初めまして。佐久間清虎って言います。今日転校してきました」

 清虎の挨拶を聞いて合点がいったように、女性は「ああ」と手を叩いた。

「もしかして、役者さんの子かい。舞台映えしそうないい顔してるねぇ。店がなけりゃ、毎日お芝居観に行きたいくらいだよ」
「婆ちゃん、もういいから。俺、ちょっとコイツ送ってくる」

 哲治は祖母を店の中へ押し戻してそのまま行こうとしたが、ダメダメと腕を掴んで引き戻された。

「今から酒屋さんが配達に来るの。品物を中に入れるから手伝って頂戴」
「そんなの酒屋に頼めばいいだろ」
「一本や二本じゃないんだよ。いつもの事だからわかるでしょう。酒屋も他に配達があるんだから、時間とらせちゃいけないよ」

 シャキシャキした口ぶりに、上手く言い返せない哲治は不貞腐れたような顔をする。

「何で今日に限って」
「他のもんは仕入れに行ってるし、今は哲治しかいないんだから仕方ないでしょ。陸君、清虎君、ごめんねぇ。また遊んでやってね」

 すまなそうに頭を下げられたので、陸も清虎もつられてお辞儀した。

「哲治、手伝い頑張れよ!」
「うん。また明日迎えに行く」
「いいよ、明日はちゃんと起きるから。バス停で待ってて」

 じゃあねと大きく手を振る陸を、哲治が名残惜しそうな眼差しで見送る。


 地図を片手に辺りを見回す観光客と違い、陸の足取りは迷いがなかった。手あたり次第通行人に声を掛けている人力車の客引きすらも、陸を呼び止めることはしない。人混みをスイスイ歩く陸は、明らかに「地元の人間」という空気を醸し出していた。

「自分の庭って感じやなぁ」

 ぽつりとこぼした清虎の、独り言のような呟きに陸が振り返る。

「うん、まぁ庭かもね。ほら、あれが浅草寺。近道だから、観音様の前通っていこう」

 境内には大きな香炉があり、そこから線香の煙が立ち上っていた。「煙の匂いが付いちゃうから」と急に陸が走り出したので、清虎も一緒に走り出す。

「ねえ、清虎って地元はあるの? ずっと旅をしてて、疲れたりしない? 折角できた友達と離れるときは、やっぱり寂しい?」

 香炉を抜けて走るのをやめた陸が無邪気に問うと、清虎は怖いほどにっこり微笑んだ。

「そうやな。陸は生まれて死ぬまでずーっとこの街におって飽きんの? 閉じ込められて息苦しくならん?」

 全く答えになっていない上、質問の意図がわからず、陸は目をしばたたかせて清虎の顔をじっと見た。相変わらずニコニコしていたが、纏う空気がどことなく刺々しい。  
 陸は自分のしでかしたことに、ようやく気付いて立ち止まる。

「ごめん。俺、きっと凄く嫌なこと聞いちゃったんだね」

 そう言ったきり唇をきつく噛んで黙り込んでしまった陸に、清虎はバツが悪そうに頭を掻いた。

「いや、ごめん。今のは俺の方が意地悪だった。陸は天然ぽいから、嫌味言ったってどうせ気にせず笑い飛ばすかなと思って。そんなに悲しそうな顔するとは思わなかったんだ。ごめんね」

 眉を寄せる清虎に、陸は「俺の方こそ」と首を振りながらも、どこか違和感を覚えた。何だろうと今のやり取りを思い返し、直ぐに気が付く。

「清虎、今の関西弁じゃなくて標準語?」

 明らかにしまったという風に、清虎が顔をしかめる。ため息交じりに低く唸ると、観念したように陸に向き直った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

恋の闇路の向こう側

七賀ごふん
BL
学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染がいる。 家庭の事情で離れ離れになった幼馴染、貴島月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。 ──────── クールで過保護な攻め×完璧でいたいけど本当は甘えたい受け

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...