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◆第二幕 月に叢雲、花に風◆
最適解④
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表情のない清虎が陸の横を通り過ぎていく。掛ける言葉が見つからなかった。きっと謝罪の言葉は受け入れて貰えない。「待って」など言える権利はないのだと思い知る。ましてや追いかけることなど許されない。
陸は机の上に残された手紙を拾い上げ、皴を伸ばしながら封を開けた。白い無地の便せんに書かれている文字を指でなぞる。
『今までで一番楽しかった。ありがとう』
何事もなく平穏に今日を終え、後日この手紙を見つけていたなら、どんなに幸せだっただろう。
手紙を持つ手が震える。泣かないように奥歯を噛みしめた。
自分には泣く資格もない。
便箋を封筒へ戻しながら、裏面にも文字を見つけて手を止めた。その一文を目にした瞬間、膝から崩れ落ちそうになる。
『また会いたい』
結んだ口の端から嗚咽が漏れた。どんな気持ちでこの手紙を握り潰したのか想像すると、気が狂いそうになる。「その時点での本当の気持ちだった」と清虎は言っていた。その時点と言うことは、今はもう会いたいと思えなくなって、手紙を回収しに来たのだろう。
それならば、なぜ。
「なんで机にキスしたの……」
机の天板に涙が落ちる。陸は清虎が口づけした同じ場所に唇を落とした。
後悔という一言ではとても言い表せない感情に食い殺されそうになる。
もっと大人だったら。
もっと賢かったら。
間違えずに最適解を見つけられたのだろうか。
清虎を疑う前に、ハチマキを確認すればよかった。遠藤と抱き合っている姿を見ても、声を掛けなければよかった。そもそも、最初からハチマキなんて交換しなければよかった。
清虎と友達になんてならなければ。
清虎と、出会わなければ。
「そんなの嫌だ」
陸は教室を飛び出し、階段を駆け下りる。清虎の名を叫んだが、返事は返ってこなかった。薄暗い昇降口から外へ出て姿を探しても、もう清虎の気配はどこにもない。
「陸!」
目を赤くした哲治に呼ばれ、陸はようやく立ち止まった。
「清虎なら、迎えの車に乗ってもう行ったよ」
その言葉を聞いて、陸は肩で息をしながら校門の先を目で追う。清虎と繋がっていた糸が、ぷつりと音を立てて千切れてしまった気がした。
幕切れは呆気ない。積み上げたものが一瞬で崩れ去る。もう届かないのだと思うと、悲しいよりも恐ろしかった。
虚ろな目で清虎が去って行った方向を見続ける陸に、哲治が意を決した表情で口を開く。
「陸。俺のこと一生許さないでいいよ。死ぬまで恨んでいて」
陸はゆっくり哲治に視線を移す。自分の中から感情がぽろぽろ抜け落ちていくような感覚に陥った。哲治を責める言葉が一つも思い付かない。あれほど腹が立っていたのに、口を突いて出たのは謝罪の言葉だった。
「哲治、ごめんね。俺バカだから、みんな傷つけて全部壊しちゃった。哲治のせいじゃないよ。俺が悪いんだ」
哲治は信じられないものでも見るような目をして、陸の両肩を掴む。
「なんでだよ。陸の気持ちが清虎に向いたまま戻らないなら、せめて怒りや憎しみの感情を俺にぶつけろよ。なんで謝るんだよ。どんな感情でもいいから、強く俺を想って欲しいのに」
ああ、本当だ。清虎の言った通りだ。
陸は焦点の合わない目で哲治を眺めた。哲治をここまで追い詰めて壊してしまったのは、無神経な自分のせい。
「ごめんね、哲治。ごめんなさい。全部俺がいけなかったんだ。これからはちゃんと言うこと聞くよ。志望校も哲治の言う通りにするから」
「やめろよ。謝るなよ陸。どうしちゃったんだよ」
両肩を掴んで揺すられても、陸はごめんと繰り返すだけだった。
風に乗ってほのかに金木犀の香りが漂う。
甘ったるい匂いに吐き気がした。
陸は机の上に残された手紙を拾い上げ、皴を伸ばしながら封を開けた。白い無地の便せんに書かれている文字を指でなぞる。
『今までで一番楽しかった。ありがとう』
何事もなく平穏に今日を終え、後日この手紙を見つけていたなら、どんなに幸せだっただろう。
手紙を持つ手が震える。泣かないように奥歯を噛みしめた。
自分には泣く資格もない。
便箋を封筒へ戻しながら、裏面にも文字を見つけて手を止めた。その一文を目にした瞬間、膝から崩れ落ちそうになる。
『また会いたい』
結んだ口の端から嗚咽が漏れた。どんな気持ちでこの手紙を握り潰したのか想像すると、気が狂いそうになる。「その時点での本当の気持ちだった」と清虎は言っていた。その時点と言うことは、今はもう会いたいと思えなくなって、手紙を回収しに来たのだろう。
それならば、なぜ。
「なんで机にキスしたの……」
机の天板に涙が落ちる。陸は清虎が口づけした同じ場所に唇を落とした。
後悔という一言ではとても言い表せない感情に食い殺されそうになる。
もっと大人だったら。
もっと賢かったら。
間違えずに最適解を見つけられたのだろうか。
清虎を疑う前に、ハチマキを確認すればよかった。遠藤と抱き合っている姿を見ても、声を掛けなければよかった。そもそも、最初からハチマキなんて交換しなければよかった。
清虎と友達になんてならなければ。
清虎と、出会わなければ。
「そんなの嫌だ」
陸は教室を飛び出し、階段を駆け下りる。清虎の名を叫んだが、返事は返ってこなかった。薄暗い昇降口から外へ出て姿を探しても、もう清虎の気配はどこにもない。
「陸!」
目を赤くした哲治に呼ばれ、陸はようやく立ち止まった。
「清虎なら、迎えの車に乗ってもう行ったよ」
その言葉を聞いて、陸は肩で息をしながら校門の先を目で追う。清虎と繋がっていた糸が、ぷつりと音を立てて千切れてしまった気がした。
幕切れは呆気ない。積み上げたものが一瞬で崩れ去る。もう届かないのだと思うと、悲しいよりも恐ろしかった。
虚ろな目で清虎が去って行った方向を見続ける陸に、哲治が意を決した表情で口を開く。
「陸。俺のこと一生許さないでいいよ。死ぬまで恨んでいて」
陸はゆっくり哲治に視線を移す。自分の中から感情がぽろぽろ抜け落ちていくような感覚に陥った。哲治を責める言葉が一つも思い付かない。あれほど腹が立っていたのに、口を突いて出たのは謝罪の言葉だった。
「哲治、ごめんね。俺バカだから、みんな傷つけて全部壊しちゃった。哲治のせいじゃないよ。俺が悪いんだ」
哲治は信じられないものでも見るような目をして、陸の両肩を掴む。
「なんでだよ。陸の気持ちが清虎に向いたまま戻らないなら、せめて怒りや憎しみの感情を俺にぶつけろよ。なんで謝るんだよ。どんな感情でもいいから、強く俺を想って欲しいのに」
ああ、本当だ。清虎の言った通りだ。
陸は焦点の合わない目で哲治を眺めた。哲治をここまで追い詰めて壊してしまったのは、無神経な自分のせい。
「ごめんね、哲治。ごめんなさい。全部俺がいけなかったんだ。これからはちゃんと言うこと聞くよ。志望校も哲治の言う通りにするから」
「やめろよ。謝るなよ陸。どうしちゃったんだよ」
両肩を掴んで揺すられても、陸はごめんと繰り返すだけだった。
風に乗ってほのかに金木犀の香りが漂う。
甘ったるい匂いに吐き気がした。
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