会いたいが情、見たいが病

雪華

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◆第三幕 同窓会◆

大人になった今でも①

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 時が経てば傷は癒えると言うが、一体どれほど待てばいいのだろう。大人になった今でさえ、痛みは少しも和らぐことはない。
 今でも鮮明に思い出せる。彼の表情も、声も言葉も、全部。

 目の前に置かれたビールを眺めながら、陸は長い溜め息を吐いた。冷えたジョッキに水滴が伝い、カウンターに小さな水溜まりができている。水が染み込んだ木目の天板はそこだけ色が濃く変わっていて、何だか落とし穴のように見えてきた。
 引きずり込まれそうな気がした陸は、濡れたグラスと天板をおしぼりで拭い、憂鬱な気分ごとビールを喉に流し込む。手っ取り早く酔っぱらって脳を麻痺させ、余計なことは考えずに今日もさっさと寝よう。

「何か作ろうか。今なら手も空いてるし、メニューにない料理でもいいよ」
「うーん。じゃあ、お茶漬け貰おうかなぁ」
「そんなんでいいの? お前、昼もちゃんと飯食ってる?」
「食べてるよ」

 ゼリー飲料だけど。とは口に出さなかった。
 陸は何となしに店内を見渡す。平日の遅い時間と言う事もあってか、客の姿はまばらだ。

「今日は店番、哲治一人だけなんだね。そういえばおじさんの具合どう? またギックリ腰って言ってたよね」

 陸のために調理をしていた哲治が「ああ」と苦笑いする。

「腰はもう大丈夫なんだけど、そろそろ夜遅くまで調理場に立つのはしんどいらしくてさ。俺も慣れて来たし、最近平日は一人でやることも増えたかな」
「そっか。凄いな、哲治は。もう一人前なんだ」
「そんなことないよ。仕入れや仕込みはまだ親父がやってくれてるし、混み合う時間帯は流石に一人じゃ無理だしさ」
「それでも凄いよ。俺なんかまだ新入社員気分が抜けないもん。もう後輩が入って来て半年過ぎたっていうのにね」
「俺にしてみたら、外の世界に出て働く陸の方が凄いと思うよ」

 頬杖をついてうんざりしたように愚痴をこぼす陸の前に、哲治が茶漬けの入った少し大きめの椀を置いた。鯛の刺身が何枚か乗っていて、出汁のいい香りが食欲をそそる。

「うわ、うまそう。食欲なかったんだけど、なんか急に腹減ってきた。ねぇ、これもちゃんと正規の料金取ってよ?」

 匙を片手に陸が訴える。哲治は周囲の客に聞こえないよう、小声で「いらないよ」と告げた。

「どうせ残り物なんだから」
「駄目だよ。いっつもそう言ってビールの代金しか取らないじゃん」
「いいんだってば。それより、しっかり食えよ」

 笑いながら洗い物を始めた哲治に、陸は困ったように口をへの字に曲げる。
 哲治はいつでも過保護だった。友人としての距離を保ちながら、陸をまるで壊れ物のように扱う。
 運動会のあの日以来、ずっと。

 あれから哲治は陸に何かを強要することはしなくなった。それは陸が常に哲治のテリトリー内にいたので縛り付ける必要がなくなったからかもしれないし、あの日、誰よりも壊れてしまった陸への配慮からかもしれない。

 無神経な自分のせいでまた誰かを傷つけてしまうことを恐れた陸は、人と積極的に関わることを止めてしまった。高校でも大学でも当たり障りのない人付き合いでやり過ごし、親しい友人と呼べるのは、もはや哲治一人だけだ。

「そう言えば、土曜にある中学の同窓会、陸も行くだろ?」
「ああ、そういえば案内状来てたっけ。俺、返信した覚えないや」
「勝手に参加になってたよ。『当然来るよね』って、遠藤から念押しされた」
「あはは。遠藤さん、相変わらずだなぁ」

 余り感情のこもっていない笑い方だなと思いながら、陸はジョッキを持ち上げビールを呷る。金木犀の香りのせいか、酔いが回ったせいか、陸は「来るかな」と思わず口を滑らせた。
 誰がとは言わなかったが、それが誰を指しているのかは明白で、哲治は驚いたように手元から顔を上げる。

 あの日以来、二人の間に清虎の話題が出ることはなかった。思い出として割り切るにはまだ、傷痕は生々しく膿んでいる。気まずい沈黙の後に、哲治が口を開いた。

「さあ、どうだろうね。今どこにいるかもわからないし。そもそも声かけてないんじゃないかな」
「……そうだよね」

 会いたくないと強く思う反面、一目でいいから会いたいとも思ってしまう。実際に面と向かっても、どんな顔をすればいいのかわからないくせに。
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