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◆第三幕 同窓会◆
自己嫌悪の塊①
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そう祈る一方で、なんて心許ない関係なのだろうとも思う。
清虎の息遣いをこんなに近くで感じるのに、彼の意図が全く読めない。
今、確かなものは何一つないのだ。
零を見ていて感じた胸騒ぎも、仕草の一つ一つも、全てが清虎に繋がっていた。ただ、それだけだ。零の正体が清虎だと確信していても、ではなぜ零の姿で現れたのかまでは解らない。
急に清虎の存在があやふやに思え、その姿を確かめたい衝動にかられた。陸は目を覆うネクタイを外そうと手をかけたが、「駄目」と言う声が降ってきて動きを止める。
「まだ、駄目。もう少し待って」
弾む息のまま、清虎がベッドから降りる気配がした。乱れた服や髪を直しているのかもしれない。布の擦れる音が聞こえる。
従順に言いつけを守る陸は、ベッドに横たえたままじっと待つ。その間も苦悩は続いた。
いっそ「清虎」と呼び掛けてしまおうか。
「もう目隠しを外していいよ」
相変わらず女性のような裏声だ。正体を明かす気はないのだろうか。
目元に巻かれていたネクタイを外し、声のした方を見る。窓辺に立つ清虎はこちらに背を向け、夜景を眺めていた。
陸は無言のまま体を起こし、はだけたシャツのボタンを留め、ズボンのベルトを締め直す。
清虎が口に何か咥え、カチッという音とともに火が点いた。吐き出された白い煙が、暗い部屋にマーブル模様を描いて端から消えていく。
「煙草、吸うんですね」
迷った挙句、敬語を使った。清虎が零と名乗っているうちは、気づかない振りをしておこう。
「たまーに、ね」
気怠そうに答えた清虎は、こちらを見ようともしない。
「足、大丈夫ですか。明日病院に行くなら付き添いますよ。新しい靴も贈らせてください」
「ああ。あれ、嘘だから気にしないで」
「嘘?」
陸が驚いて問い返すと、清虎はふふっと笑った。
「そ。本当は足を痛めてなんかないの。ヒールが折れたのを見て、閃いちゃっただけ。なんとなく、貰い物のワインを一人で飲む気になれなくてねぇ。あなたをこの部屋に呼ぶために、咄嗟に嘘吐いちゃった」
清虎は悪びれる様子もなくさらりと言い、細い指に挟んだ煙草を再び口元に運んだ。何もない天井を見上げ、深く吸い込みゆっくり吐き出す。
「怒った?」
「いえ。怪我をしていないなら、良かったです」
ベッドに腰掛けた陸は、清虎の後ろ姿に面影を探した。長い黒髪に覆われていても解るほど、背筋の伸びた綺麗な立ち姿が懐かしい。昔は標準語を話していても関西のイントネーションが所々混ざっていたが、今では全く気にならない程上手くなっている。
テーブルに残されたワインと清虎がくゆらす煙草を見て、大人になったんだなと月日の流れを実感した。
「ワインの御礼もしたいし、近いうちに食事でも行きませんか。零さん、いつなら空いてます?」
「さっき言ったでしょ。ワインは貰い物なの。だから、お礼なんていらない」
清虎は苛立ったように煙草を灰皿に押し付け、乱暴にもみ消した。
「でも、また会いたいんです」
陸は本心からそう言ったのだが、清虎は少しだけこちらに体を向け、冷笑を浮かべる。
「もしかして、次に会った時はヤレるかもって期待してる? 残念でした。二度目はないの。これっきりで、おしまい」
「どうして」
「どうしてって言われてもね。私がもう、あなたに会いたくないって思ってるだけ。まだ他に理由が必要?」
開いていた扉をぴしゃりと閉められてしまったような、有無を言わせない冷たさがあった。それでも陸は清虎との繋がりを断ちたくなくて、必死に食い下がる。
「体の関係なんて求めてないよ。信用できないなら会わなくても構わない。でも、せめて連絡先を教えてくれないかな。お願い、これっきりだなんて言わないで」
「私の何をそんなに気に入ったの。髪型? それとも服装? 似たような人は山ほどいるでしょ。早く代わりを見つけてね」
「あなたの代わりなんて、どこにもいないよ」
間髪入れずに反論したが、清虎はウンザリしたように溜め息を吐いた。陸に背を向けたまま、部屋のドアを指さす。
「私のこと何も知らないくせに。……もう、帰って」
陸は立ち上がったものの、その場から動けずにいた。この部屋を出たら二度と会えないかもしれないと思うと、一歩も前へ進めない。
「もう少しだけ、話しませんか」
「話すことなんかある?」
「俺はあります」
「私はない」
そう言った清虎は、両手で顔を覆った。
「あなたに言っても何のことか解らないだろうけど、私は今、自己嫌悪の塊なの」
清虎の息遣いをこんなに近くで感じるのに、彼の意図が全く読めない。
今、確かなものは何一つないのだ。
零を見ていて感じた胸騒ぎも、仕草の一つ一つも、全てが清虎に繋がっていた。ただ、それだけだ。零の正体が清虎だと確信していても、ではなぜ零の姿で現れたのかまでは解らない。
急に清虎の存在があやふやに思え、その姿を確かめたい衝動にかられた。陸は目を覆うネクタイを外そうと手をかけたが、「駄目」と言う声が降ってきて動きを止める。
「まだ、駄目。もう少し待って」
弾む息のまま、清虎がベッドから降りる気配がした。乱れた服や髪を直しているのかもしれない。布の擦れる音が聞こえる。
従順に言いつけを守る陸は、ベッドに横たえたままじっと待つ。その間も苦悩は続いた。
いっそ「清虎」と呼び掛けてしまおうか。
「もう目隠しを外していいよ」
相変わらず女性のような裏声だ。正体を明かす気はないのだろうか。
目元に巻かれていたネクタイを外し、声のした方を見る。窓辺に立つ清虎はこちらに背を向け、夜景を眺めていた。
陸は無言のまま体を起こし、はだけたシャツのボタンを留め、ズボンのベルトを締め直す。
清虎が口に何か咥え、カチッという音とともに火が点いた。吐き出された白い煙が、暗い部屋にマーブル模様を描いて端から消えていく。
「煙草、吸うんですね」
迷った挙句、敬語を使った。清虎が零と名乗っているうちは、気づかない振りをしておこう。
「たまーに、ね」
気怠そうに答えた清虎は、こちらを見ようともしない。
「足、大丈夫ですか。明日病院に行くなら付き添いますよ。新しい靴も贈らせてください」
「ああ。あれ、嘘だから気にしないで」
「嘘?」
陸が驚いて問い返すと、清虎はふふっと笑った。
「そ。本当は足を痛めてなんかないの。ヒールが折れたのを見て、閃いちゃっただけ。なんとなく、貰い物のワインを一人で飲む気になれなくてねぇ。あなたをこの部屋に呼ぶために、咄嗟に嘘吐いちゃった」
清虎は悪びれる様子もなくさらりと言い、細い指に挟んだ煙草を再び口元に運んだ。何もない天井を見上げ、深く吸い込みゆっくり吐き出す。
「怒った?」
「いえ。怪我をしていないなら、良かったです」
ベッドに腰掛けた陸は、清虎の後ろ姿に面影を探した。長い黒髪に覆われていても解るほど、背筋の伸びた綺麗な立ち姿が懐かしい。昔は標準語を話していても関西のイントネーションが所々混ざっていたが、今では全く気にならない程上手くなっている。
テーブルに残されたワインと清虎がくゆらす煙草を見て、大人になったんだなと月日の流れを実感した。
「ワインの御礼もしたいし、近いうちに食事でも行きませんか。零さん、いつなら空いてます?」
「さっき言ったでしょ。ワインは貰い物なの。だから、お礼なんていらない」
清虎は苛立ったように煙草を灰皿に押し付け、乱暴にもみ消した。
「でも、また会いたいんです」
陸は本心からそう言ったのだが、清虎は少しだけこちらに体を向け、冷笑を浮かべる。
「もしかして、次に会った時はヤレるかもって期待してる? 残念でした。二度目はないの。これっきりで、おしまい」
「どうして」
「どうしてって言われてもね。私がもう、あなたに会いたくないって思ってるだけ。まだ他に理由が必要?」
開いていた扉をぴしゃりと閉められてしまったような、有無を言わせない冷たさがあった。それでも陸は清虎との繋がりを断ちたくなくて、必死に食い下がる。
「体の関係なんて求めてないよ。信用できないなら会わなくても構わない。でも、せめて連絡先を教えてくれないかな。お願い、これっきりだなんて言わないで」
「私の何をそんなに気に入ったの。髪型? それとも服装? 似たような人は山ほどいるでしょ。早く代わりを見つけてね」
「あなたの代わりなんて、どこにもいないよ」
間髪入れずに反論したが、清虎はウンザリしたように溜め息を吐いた。陸に背を向けたまま、部屋のドアを指さす。
「私のこと何も知らないくせに。……もう、帰って」
陸は立ち上がったものの、その場から動けずにいた。この部屋を出たら二度と会えないかもしれないと思うと、一歩も前へ進めない。
「もう少しだけ、話しませんか」
「話すことなんかある?」
「俺はあります」
「私はない」
そう言った清虎は、両手で顔を覆った。
「あなたに言っても何のことか解らないだろうけど、私は今、自己嫌悪の塊なの」
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