会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
45 / 86
◆第三幕 同窓会◆

合縁奇縁①

しおりを挟む
 翌日から陸は、毎日劇場に足を運ぶようになっていた。
 ただ、足を運ぶと言っても芝居を見る訳ではなく、ソワソワと歩きながら横目で建物を眺めるだけだ。劇場は急な階段を上った二階にあるので、外から見たって中の様子は少しも伺い知ることは出来ない。それでもわざわざ遠回りをしてでも、出勤前と帰宅時に劇場前を通るのが日課となっていた。

「もうすぐ一週間か……」

 会社のデスクに置いてある卓上カレンダーを見て、陸はため息を吐く。同窓会があったのは先週の土曜日だ。あれ以来、清虎には一度も会えていない。もう会わないつもりでいるのだから、それは当たり前のことなのだけれど。

「なになに? 一週間がどうしたって」

 頬杖をついて背を丸めていた陸の頭上から、快活な男性の声が降って来きた。陸は慌てて体を起こし、声の主を見上げる。

深澤ふかさわさん。どうしたんですか」
「うん。この前お願いした、商品提案用の資料出来てるかなと思って。ほら、ファミレス向けの新メニューのやつ」
「ああ、はい。出来てます」
「さっすが佐伯くん! やっぱ仕事早いなぁ」

 人懐っこい笑みを浮かべ、深澤は豪快に陸の肩を叩いた。
 陽気なオーラを全身から発し、ノリが良く、軽い口調。ややもすると軽薄な印象を与えてしまいそうだが、深澤はスポーツマンらしい爽やかさの方が勝っているので好感が持てた。
 三十代半ばだが、見た目はもっと若く見える。短髪が良く似合い、精悍で男らしかった。
 営業向きの人だなあと感心しながら、陸はまとめた資料を深澤に手渡す。

「ところで、金曜の午後なんだけどさ、クライアントさんのところへ一緒に行ってもらえないかな。大事な商談だから、営業企画部の人がいてくれると心強いんだよね。俺以外に佐々木も一緒に行く予定なんだけど、どうかな」

 お願い、と両手を合わされて、陸は「もちろん」と頷いた。

「企画部も全面的にバックアップしますよ」
「ありがとう、助かるよ。詳しいことは後でメールするから」

 手を振りながら、深澤が自分のデスクに戻っていく。

 陸が勤めているのは、中小飲料メーカーだった。
 飲料メーカーと言っても扱う商品はペットボトルや紙パックではなく、業務用の冷凍したジュースやデザートに使うフルーツソースなどだ。
 取引先は主に飲食店やホテルのレストランで、新メニューの企画や提案をすることもある。

 どうせ就職するのなら、実家の役に立ちそうなところが良いと考えて決めた会社だった。栄養士の資格が取れる大学を卒業したおかげで、新卒にもかかわらず企画部で採用された。あまり人と関わりたくなかったので営業部でないことに胸を撫で下ろしたのだが、実際は営業と組んで動くことも多い。
 最近では本格的に企画に携わるようになり、それなりにやり甲斐も感じるようになっていた。

 すぐに深澤から社内メールが届き、仕事が早いのはあなたもでしょう、と思いながらメールを開く。
 陸が既に得ている情報以外に、取引相手の嗜好や避けた方が良い話題などまでが親切に書かれていて、「豪快そうに見えて案外きめ細やかなんだよなぁ」と陸は思わずうなる。


 翌日、深澤と佐々木とクライアントに赴き、提案した企画で新商品の共同開発が決まった。大手の飲食チェーン店のデザートで、中々の成果だ。
 深澤は「佐伯くんがいれば心強い」と言っていたが、陸の出番はそれほど多くはなかった。それでも深澤は、クライアントの本社ビルから外に出ると上機嫌で陸の背中を叩く。

「いやぁ、やっぱ佐伯くんがいてくれると、話がスムーズで助かるよ」
「俺、特に何もしてないですよ」
「そんなことないよ。佐伯くんの話し方とか仕草は品があるから、クライアントさんも佐伯くんの説明は良く聞いてくれるんだよね」

 そうだろうかと疑問に思いながら首を傾げる。
 深澤が腕時計に視線を落としたので、つられて陸も自分の時計をチラリと見た。もうすぐ十七時になろうとしている。

「さて、今日は直帰の許可を貰って来たんだ。もし二人ともこの後に予定がないなら、ちょっと俺の行きたいところに付き合ってくれない?」
「予定はないのでお供しますよ。どこへ行きますか」

 陸が問い返すと、深澤は悪戯っ子のように、ニッと笑った。

「浅草の茶益園」

「えっ」と驚いた陸の隣で、佐々木が「行きたいです!」と勢いよく手を挙げた。

「ちょうど昨日、雑誌の特集で見て、行ってみたいと思ってたんですよね。新作の抹茶パフェ、凄く美味しそうでした」

 わくわくしたように声を弾ませる。
 佐々木は陸と同期のハツラツとした女性だ。バイタリティーに溢れているので、彼女も営業に向いているなと陸は常々思っていた。

「よし、じゃあ決まりだな。ここから三十分もかからないで着くだろ」

 言いながら、深澤がタクシーを止める。乗り込んだ瞬間「道案内は佐伯くんよろしくね」と告げたので、それを聞いた佐々木は首を傾げた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

恋の闇路の向こう側

七賀ごふん
BL
学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染がいる。 家庭の事情で離れ離れになった幼馴染、貴島月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。 ──────── クールで過保護な攻め×完璧でいたいけど本当は甘えたい受け

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...