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◆第三幕 同窓会◆
メーデー
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「勝てないって……」
「中途半端な別れ方だったから、あの日からずっと陸の中に清虎がいるだろ? 今度こそ想いが残らないように、ちゃんとお別れしてもらおうと思ってさ」
また勝手なことを言っている。呆れながらビールを喉に流し込んだが、ふと考え直した。確かに区切りをつけるのは、次に進むために必要なことかもしれない。
――清虎と会うのはきっと今日が最後だ。そして恐らく、哲治とも。
「陸、何考えてるの?」
「別に。ちゃんとお別れするのは、良い案だなって思っただけ」
「本当に?」
陸は「うん」と頷きながら、持ち上げていたジョッキを静かにカウンターの上に置く。
背後で引き戸の開く音がした。
哲治の顔が一瞬強張ったので、清虎が来たのだとすぐに分かった。
「いらっしゃい」
「ひっさしぶりやなぁ。哲治は全然変わらんね。跡継いだん? 白衣めっちゃ似合うとる」
店内に明るい声が響く。陸は振り返ることが出来ず、組んだ自分の指をじっと見ていた。
「お。哲治の友達か? いらっしゃい」
「中学の時、一回だけ連れて来たことあったろ。役者の子」
哲治の言葉で思い出したらしく、父親は嬉しそうに「あの時の」と頷いた。
「お久しぶりです」
機嫌の良さそうな声で挨拶をした清虎は、陸の隣に腰を下ろす。目の端に良い具合に色の抜けたデニムが映り、零ではなく本来の清虎の姿なんだと意識したら、余計に緊張した。
「なんや、陸。美味そうなモン食っとるやんけ」
そう言われても何も返せず、陸はただ黙り込んでうつむく。尋常じゃないほど心臓が脈を打った。
零の姿はどこか作り物めいていて、フィルター越しのような感覚があったのだが、隣に座る清虎は血が通っていて生々しい。
「清虎も陸と同じの食う?」
「あー、米は要らんかな。マグロの漬けだけ欲しい。あと中生。哲治は一緒に飲めへんの?」
「じゃあ、グラスに半分。乾杯だけ付き合うよ」
清虎の前に良く冷えた生ビールのジョッキを置き、哲治は瓶ビール用の小さなコップを手に取った。
「ほら、陸もグラス持って。乾杯しよう」
哲治に言われ、渋々顔を上げる。「乾杯」と清虎の合図でグラスをぶつけた。
茶番だと思いつつ、再会を喜んでいる自分が確かにいた。
恐る恐る、視線を隣の清虎に向ける。
そこには昔の面影を残した、端麗な青年がいた。
髪色は白に近い金色で、長めの前髪をかきあげた仕草にドキリとしてしまう。相変わらず肌の色が白く、紅を引いていなくても唇にはほんのり赤みが差していた。
その整った容姿に見惚れていると、前に立つ哲治が清虎に声を掛ける。
「陸が昨日、劇場に行ったんだって?」
清虎がビールを飲みつつ陸に目をやった。何となくその目が「来たと言っても大丈夫か?」と問いかけているような気がしたので、陸の方から「行ったよ」と答える。
「あない中途半端な時間によお来たな。ゆっくり観れへんかったやろ」
「連れの二人が雰囲気だけでも味わいたいって言うから。二人とも清虎のこと凄く褒めてたよ。女の子の方なんて、浅草に引っ越して毎日通いたいとまで言ってた」
あははと清虎が声を立てて笑う。
「そら役者冥利に尽きるなぁ。ありがとう言うといて」
社交辞令のような、軽く流された感じがした。
客の何組かが帰り、哲治の父親も先に仕事を上ると、元々穏やかだった店内は更に静けさを増していく。
「清虎は同窓会、来たの?」
新たなオーダーも入らないので、後片付けを始めながら哲治が問いかける。清虎は涼しい顔でビールを呷りながら、「最初だけ少し」と答えた。
「幹事の子に、俺の劇団応援してくれとるコがおってな。浅草で公演がある時は早めに知らせてくれって、ずっと言われとったんよ。わざわざ同窓会の日を公演に合わせてもろたら、行かない訳にいかんやんか。せやから、舞台の前にちょっとだけ。幹事のコらとしか会うてへんよ」
哲治が「へぇ」と相槌を打つ。最後の客が会計を済ませると、哲治は早々に暖簾をしまった。
「もう店閉めてええの?」
「どうせもう、ラストオーダー過ぎたから」
店の看板の電気を消し、哲治は白衣を脱いだ。
「俺も飲むけど、食いたいもんあったら言って。適当に作るから」
テーブル席に移動して、また改めて乾杯をする。
「あない最悪な別れ方して、一緒に飲む日が来るとは思わんかったわ。なんで今日、俺のこと呼んだん? 正直俺はもう二度と会いとうなかったで」
清虎が口の端を上げながら、冗談とも本気ともつかない言葉を呟いた。
「じゃあ、なんで」
言いかけて陸は途中で止める。
――じゃあ何であの日、俺を部屋に呼んだの。
「中途半端な別れ方だったから、あの日からずっと陸の中に清虎がいるだろ? 今度こそ想いが残らないように、ちゃんとお別れしてもらおうと思ってさ」
また勝手なことを言っている。呆れながらビールを喉に流し込んだが、ふと考え直した。確かに区切りをつけるのは、次に進むために必要なことかもしれない。
――清虎と会うのはきっと今日が最後だ。そして恐らく、哲治とも。
「陸、何考えてるの?」
「別に。ちゃんとお別れするのは、良い案だなって思っただけ」
「本当に?」
陸は「うん」と頷きながら、持ち上げていたジョッキを静かにカウンターの上に置く。
背後で引き戸の開く音がした。
哲治の顔が一瞬強張ったので、清虎が来たのだとすぐに分かった。
「いらっしゃい」
「ひっさしぶりやなぁ。哲治は全然変わらんね。跡継いだん? 白衣めっちゃ似合うとる」
店内に明るい声が響く。陸は振り返ることが出来ず、組んだ自分の指をじっと見ていた。
「お。哲治の友達か? いらっしゃい」
「中学の時、一回だけ連れて来たことあったろ。役者の子」
哲治の言葉で思い出したらしく、父親は嬉しそうに「あの時の」と頷いた。
「お久しぶりです」
機嫌の良さそうな声で挨拶をした清虎は、陸の隣に腰を下ろす。目の端に良い具合に色の抜けたデニムが映り、零ではなく本来の清虎の姿なんだと意識したら、余計に緊張した。
「なんや、陸。美味そうなモン食っとるやんけ」
そう言われても何も返せず、陸はただ黙り込んでうつむく。尋常じゃないほど心臓が脈を打った。
零の姿はどこか作り物めいていて、フィルター越しのような感覚があったのだが、隣に座る清虎は血が通っていて生々しい。
「清虎も陸と同じの食う?」
「あー、米は要らんかな。マグロの漬けだけ欲しい。あと中生。哲治は一緒に飲めへんの?」
「じゃあ、グラスに半分。乾杯だけ付き合うよ」
清虎の前に良く冷えた生ビールのジョッキを置き、哲治は瓶ビール用の小さなコップを手に取った。
「ほら、陸もグラス持って。乾杯しよう」
哲治に言われ、渋々顔を上げる。「乾杯」と清虎の合図でグラスをぶつけた。
茶番だと思いつつ、再会を喜んでいる自分が確かにいた。
恐る恐る、視線を隣の清虎に向ける。
そこには昔の面影を残した、端麗な青年がいた。
髪色は白に近い金色で、長めの前髪をかきあげた仕草にドキリとしてしまう。相変わらず肌の色が白く、紅を引いていなくても唇にはほんのり赤みが差していた。
その整った容姿に見惚れていると、前に立つ哲治が清虎に声を掛ける。
「陸が昨日、劇場に行ったんだって?」
清虎がビールを飲みつつ陸に目をやった。何となくその目が「来たと言っても大丈夫か?」と問いかけているような気がしたので、陸の方から「行ったよ」と答える。
「あない中途半端な時間によお来たな。ゆっくり観れへんかったやろ」
「連れの二人が雰囲気だけでも味わいたいって言うから。二人とも清虎のこと凄く褒めてたよ。女の子の方なんて、浅草に引っ越して毎日通いたいとまで言ってた」
あははと清虎が声を立てて笑う。
「そら役者冥利に尽きるなぁ。ありがとう言うといて」
社交辞令のような、軽く流された感じがした。
客の何組かが帰り、哲治の父親も先に仕事を上ると、元々穏やかだった店内は更に静けさを増していく。
「清虎は同窓会、来たの?」
新たなオーダーも入らないので、後片付けを始めながら哲治が問いかける。清虎は涼しい顔でビールを呷りながら、「最初だけ少し」と答えた。
「幹事の子に、俺の劇団応援してくれとるコがおってな。浅草で公演がある時は早めに知らせてくれって、ずっと言われとったんよ。わざわざ同窓会の日を公演に合わせてもろたら、行かない訳にいかんやんか。せやから、舞台の前にちょっとだけ。幹事のコらとしか会うてへんよ」
哲治が「へぇ」と相槌を打つ。最後の客が会計を済ませると、哲治は早々に暖簾をしまった。
「もう店閉めてええの?」
「どうせもう、ラストオーダー過ぎたから」
店の看板の電気を消し、哲治は白衣を脱いだ。
「俺も飲むけど、食いたいもんあったら言って。適当に作るから」
テーブル席に移動して、また改めて乾杯をする。
「あない最悪な別れ方して、一緒に飲む日が来るとは思わんかったわ。なんで今日、俺のこと呼んだん? 正直俺はもう二度と会いとうなかったで」
清虎が口の端を上げながら、冗談とも本気ともつかない言葉を呟いた。
「じゃあ、なんで」
言いかけて陸は途中で止める。
――じゃあ何であの日、俺を部屋に呼んだの。
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