会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
71 / 86
◆最終幕 依依恋恋◆

嫉妬くらいさせてよ②

しおりを挟む
「どうしたの、その顔の傷」

 今日、出社してからこの質問は何度目だろうと、陸はデータを打ち込む手を止めて、こっそり溜め息を吐いた。その度に「自転車に乗ってたら転んじゃって」と笑ってごまかしていたのだが、デスクの横に立ち陸を見下ろす深澤には通じなさそうだ。

「転んだだけです」
「どんな転び方したの。顔から行ったワケ? そんな派手な転び方なのに、傷は口元だけなんて、どう考えても不自然でしょ」

 案の定、言い訳を一蹴されてしまった。
 頬に貼ったガーゼの隙間から痣を見て、深澤は露骨に不機嫌そうな顔をする。

「誰に殴られたの。まさか、哲治くん?」
「殴られてません、転んだんです」

 そう言い切って再びパソコンに向き直った陸は、深澤の存在を無視して作業を再開させた。出来ればこれ以上追及されたくない。
 ところが深澤は、全くめげずに陸の顔を覗き込んだ。

「佐伯くん、昼休憩これからだろ? ちょっと一緒に外で食おう」
「俺、昼めし持ってきてるんで大丈夫です」
「昼めしって、どうせ栄養補助食品だろ。そんなんばっか食ってたら、ぶっ倒れるぞ。今作ってるその資料、うちの班のやつだよな。急ぎじゃないから、ちゃんと休憩取れよ。ほら、行くよ」

 いつもより強めの口調で腕を掴まれ、陸は仕方なく従った。仏頂面の陸の背中を叩いて、深澤は笑う。

「そんな顔しないでよ。何食べたい? 何でも良いよ。ご馳走する」
「今日は俺が払います。いつも奢られてばかりじゃ申し訳ないし」
「そこは素直に先輩に奢られておきなって」
 
 外に出た深澤は、社用車の鍵をポケットから取り出した。

「え。わざわざ車に乗って行くんですか」
「せっかくだから、市場調査も兼ねて。それに、ちょっとゆっくり話したいと思ってさ。この辺りの店だと会社の人間に会っちゃうだろ」

 深澤が先に運転席に乗り込んだので、陸も渋々助手席に座る。会社の人間に会わずにゆっくりしたい話など、哲治の件かルームシェアの件以外に思い付かない。
 そわそわしながら車窓を眺めていたが、車を十分ほど走らせたところで深澤はコインパーキングに車を停めた。

「どこに行くんですか」
「この直ぐ近く。鰻って好き?」
「好きですけど……市場調査も兼ねるって言ってませんでした? うなぎ屋にうちの商品の販路あります?」

 陸は困惑気味に返答したが、深澤は余裕の笑みを浮かべる。

「鰻のメニューが充実した居酒屋なんだよね。デザートも置いてるから販路はあるよ。ホラ、あの角の店。古民家を改造してるんだ。雰囲気あるでしょ」

 深澤の示す先に、確かに年季の入った趣ある建物が見えた。提灯で飾り立てられた外観は、夜にはきっと映えるだろう。
 昼時のピークを少し過ぎていたおかげで、待つこともなく直ぐに案内された。老舗のような店構えだったが、内装は意外にも和モダンで、現代デザインと日本の伝統的なデザインが程よく融合されている。メニューを開くより先に、つい凝った内装に目が行ってしまった。

「洒落てますね」
「いい雰囲気だよな、落ち着いてるし。夜はカップルにも人気らしいよ」
「ああ、確かに。デート向きかも」

 手頃な価格帯のメニューにもかかわらず、洗練された大人の空間に、高級感もある。人気と言うのも頷けた。
 注文を済ませてから暫くは、当たり障りのない話をするだけだった。身構えていた陸は、少々拍子抜けする。
 運ばれてきたうな重を頬張り、思わず陸は「うまっ」と声に出した。よく考えたら、昨日の夜は酒を飲んだだけなので、まともな食事は十二時間ぶりだ。

「佐伯くんさぁ、いつもあんまり血の気の無い顔してるけど、ちゃんと飯食ってんの? 実家暮らしだったら食生活は充実してそうなのに」
「平日はほとんど家で食わないので」
「へぇ。昨日は日曜だけど、家で食わなかったの?」
「あー。食うタイミングが無かったと言うか」
「今朝は?」
「今朝も……」

 何だか誘導尋問されているような気がして、陸は口をつぐんだ。深澤は大袈裟に肩をすくめる。

「そんなに警戒しないでよ。貧血で倒れたりしないか心配なだけ。ところで、その傷は誰にやられたの? 零?」
「違います」
「じゃあ、やっぱり哲治くんか」

 グッと言葉に詰まる。本当に聞きたかったのはこちらの方だったのかと気づいたが、もう遅い。答えられないことが答えになってしまった。
 陸は無言のまま鰻を口へ放り込んだ。咀嚼しながら深澤をチラリと見る。深澤の表情からは笑顔が消えていた。

「いつ殴られたの」

 陸は誤魔化すことを諦め、「土曜日です」と短く答える。何だか叱られているような気分になってきた。

「傷は顔だけ? 他に酷いことはされなかった?」
「きよ……零が助けてくれたんで、大丈夫でした。それに、哲治も今は凄く反省してるんです。だから、もう解決済みと言うか。すみません、深澤さんにまで心配かけてしまって」

 陸は箸を置いて頭を下げる。向かいの席で、深澤がため息を吐く気配がした。

「なるほど、零か……」

 独り言のような呟きを聞き、陸は顔を上げる。深澤は頬杖をついて、考え込むように唸った。

「金曜の時点では、佐伯くんと零にはかなり距離があるように感じたんだけどな。そう。零が助けてくれたんだ」

 参ったなぁと頭を掻いた深澤は、どこか苛立っているように見えた。陸は深澤の顔色を伺いながら、黙って次の言葉を待つ。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

恋の闇路の向こう側

七賀ごふん
BL
学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染がいる。 家庭の事情で離れ離れになった幼馴染、貴島月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。 ──────── クールで過保護な攻め×完璧でいたいけど本当は甘えたい受け

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...