会いたいが情、見たいが病

雪華

文字の大きさ
72 / 86
◆最終幕 依依恋恋◆

嫉妬くらいさせてよ③

しおりを挟む
「ねぇ佐伯くん。心配かけてすみませんなんて、水臭いこと言うなよ。こう見えても俺、結構、頭に来てんだよね。佐伯くんに怪我をさせた哲治くんにも、その時助けてあげられなかった、不甲斐ない自分自身にも」
「いや、そんな。だって、深澤さんはその場にいなかったんだし、不甲斐ないだなんて言わないでください」
「うん。だから、金曜の夜に無理にでも避難させておけばよかった、って思ってさ。解決済みって言うけど、やっぱり一緒に住もうよ。本格的な引っ越しはまだ先でも構わないから、取り敢えず身の回りの物だけ持って、今日にでもウチに来ればいい」

 ルームシェアという単語ではなく「一緒に住もう」と言われると、同じ意味合いなのに少しドキリとしてしまう。

「……凄く有難いお申し出なのですが、やっぱりルームシェアは遠慮しようかと。気遣って頂いたのに、すみません」

 心配してくれている深澤に申し訳ない気持ちで、陸は再び頭を下げた。

「それは、もう哲治くんの件は解決したから? だとしても、物理的に一旦距離を置いた方がいいだろう。それとも、また別の問題があるのかな。例えば、零とか」

 一瞬言葉に詰まったが、ここまで世話になった深澤に隠し事をするのも気が引けて、陸は素直に「はい」とうなずいた。深澤の片眉がぴくりと上がる。

「それは、零が俺と一緒に住むことを反対してるから、ってこと?」
「それもありますけど、零が反対しなくても、お断りしようと思ってました。そこまで深澤さんに迷惑はかけられないし」
「俺は全然迷惑じゃないんだけどなぁ。むしろ、断られた方がよっぽど悲しいよ」

 深澤がテーブルに身を乗り出して、陸と目線を合わせる。微笑みながら、言葉を続けた。

「助けて貰ったのがきっかけで、零と距離が縮んだのかな。……あれ、首にキスマーク付いてるよ。もしかして、零につけられた?」
「えっ」

 陸は咄嗟に首を押さえて隠す。深澤はくすりと笑い「嘘だよ」と言い放った。カマをかけられたことに気付いて、陸は赤面しながら唇を噛む。

「そっか、そう言う関係なワケか。それじゃ、俺とは一緒に住めないよな。それにしても、佐伯くんと零だなんて、随分可愛らしい組み合わせだねぇ。まるでおままごとみたい」

 からかって反応を楽しむような深澤の態度に、陸は苛立ちながら鰻重の最後の一口を掻き込んだ。それから伝票を掴むと、無言で立ち上がりレジへ真っ直ぐ向かう。
 背後で深澤のため息が聞こえた。

「佐伯くん、ここは俺がご馳走するって言ったでしょ?」
「いえ、俺が出します」

 財布を取り出そうとした手を、深澤に掴まれて制される。涼しい顔をしているのでそれほど力を入れているようには見えないのだが、陸がどんなに押し返そうとしてもピクリとも動かなかった。

「先輩の言うことは聞きなって」

 結局、陸は支払わせて貰えず、不本意そうに「ご馳走様です」と小声で言った。

「ごめんね、からかうような真似して。でもさ、佐伯くんに感情があるのが何か嬉しくて、つい」
「感情があるって、どういうことですか」

 憤慨しながら尋ねると、深澤は陸の肩を叩きながら口角を上げる。

「そういう所だよ。今までずっと表情も乏しいし従順だし、人形みたいだと思ってたんだよね。でも最近は、ちゃんと反応を返してくれるから凄く良い」

 言葉とは裏腹に、なぜか深澤の笑顔は寂しそうだった。陸の肩に手を置いたまま、ポツリとこぼす。

「それにさ、嫉妬くらいさせてよ」
「嫉妬……?」

 誰が、誰に。
 陸はポカンとしたまま深澤の顔を見上げた。深澤は眉を下げて、ははっと笑う。

「まぁ、急に言ってもピンと来ないか。今のは気にしないで。それより、あの店の企画を佐伯くんに任せたいんだけど、どうかな」
「えっ、今の店ですか。俺に?」
「そう。佐伯くんだったら、どんなメニュー考える?」

 嫉妬の意味を深く考えようとした矢先、急に企画を任せると聞いて、陸は思考を切り替えた。

「そうですね。ランチタイムではそれほどデザートが出ている感じではなかったので、夜の居酒屋形態の方に照準を絞りたいです。デートで利用する人も多そうだから、見た目は大人っぽく、高級感を意識して。フルーツソースを使用したカクテルの提案も良いかも」

 深澤は陸の提案を聞きながら、「良いね」と満足そうにうなずく。

「やっぱり佐伯くんは向いてるよ、この仕事。その方向で進めてくれるかな。今後もガンガン任せるからね。期待してるよ」
「はい、頑張ります。……でも、何で急に?」
「急にってこともないでしょ。前から佐伯くんには頼ってたし。入社して二年目なんだから、そろそろ責任のある仕事も増えていくのは自然だと思うよ」

 それもそうかと納得しながら、車を停めたパーキングにたどり着く。陸は頭の中でデザートのプランを練りながら、助手席に座った。
 運転席のドアに手を掛けた深澤は、窓越しに車内の陸を見つめる。

「今は仕事へのやり甲斐でもいいから、とにかく引き留めておかないとね。キミが零を追って、ここから離れて行かないように」

 小さな独り言は、もちろん陸の耳には届かない。
 深澤は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。車はゆっくり走り出す。

「今度、夜に来よう。どんな酒や料理なのか、実際に味見したいだろ」
「そうですね。提供されている料理とのバランスも考えたいですし」
「じゃあ空いてる日、教えてね。そうそう、気になってる店、他にもあるんだけどさぁ、また昼飯で付き合ってもらってもいい?」
「それは構いませんけど、ちゃんと俺にも払わせてくださいよ」

 陸が念を押すように言うと、深澤は「律義だねぇ」と肩をすくめた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

恋の闇路の向こう側

七賀ごふん
BL
学校一の優等生として過ごす川音深白には、大切な幼馴染がいる。 家庭の事情で離れ離れになった幼馴染、貴島月仁が転校してくることを知った深白は、今こそ昔守られていた恩を返そうと意気込むが…。 ──────── クールで過保護な攻め×完璧でいたいけど本当は甘えたい受け

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...