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◆最終幕 依依恋恋◆
月夜の晩に②
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「うん、今すぐ呼んで! あのね、リナね、今この人に……」
「本当に呼んでいいのね? 私は警察が来たら、コレを見せるけど」
暗がりの中から街灯の下に現れたのは、遠藤だった。遠藤の手にはスマホが握られていて、それをリナに向けている。
「あなたがコソコソ付きまとっているのに気付いて、私達もあなたをつけていたのよ。二重尾行ってヤツ。だから、しっかり動画に撮ったわよ? あなたが自分でブラウスを破ったのも、陸くんを脅したのも」
リナの顔から血の気が引いて行く。後ずさりながら落ち着きなく「でも」や「だって」を繰り返した。
「遠藤さんが何でここに? リナが俺たちを付けてるって、いつ気づいたの」
呆けたように固まっていた陸は、我に返って問いかける。遠藤は自分の背後を気にしながら、言い難そうに話し始めた。
「えっと……怒らないであげてね。哲治はここ最近、ずっと陸くんを追跡してたの」
思いもよらない言葉に、「えっ」と清虎と陸の声が重なった。
「偶然見かけた仕事帰りの陸くんの顔色が、あまりにも悪くて心配になったんだって。それで、ちゃんと寝てるか気になって、陸くんの家を遠くから見てたらしいの。そこで、夜な夜な劇場に通ってるのを知って……。で、そこの清楚系ビッチの存在に気付いたってわけ。毒を以て毒を制するよね。ねぇ哲治、もう出ておいでよ」
振り返って呼びかけると、電柱の影から申し訳なさそうな顔をした哲治が姿を見せた。身を縮めて俯いたまま、気まずそうに視線を彷徨わせる。そんな哲治を一瞥してから、遠藤は話を続けた。
「ヘンな女が付きまとってるって、哲治から聞いたの。劇団の公演も、もう明日で千秋楽でしょ? その子が最終日前に何かやらかすんじゃないかって、今日は私も一緒に来たんだ。予想は大当たりだったみたいね」
録画中のスマホを手にしたまま、遠藤はリナに歩み寄る。
「あなた本当に最低よ。早く二人に謝って」
「何でよ! リナ悪くないもん。だって零が私以外の人と仲良くするからっ」
涙でメイクが崩れるのも気にせず、ぐしゃぐしゃの表情で遠藤に食って掛かる。話にならないと、遠藤は首をすくめた。
清虎は苦々しく顔を歪めたが、気持ちを切り替えるように大きく息を吸い、冷静にリナの目を見る。
「きちんと最後まで夢見せてあげられんで、ごめん。けどな、陸はホンマに大切な人やねん。もう二度と、俺の大切な人傷つけんといて。次は容赦せぇへんで」
清虎の言葉がきちんと届いたのかどうかは解らないが、リナはしゃくり上げながらうなずいた。
「もう絶対しない。だから、リナのこと嫌いにならないで」
「キミは元から好きとか嫌いの対象ちゃうよ。お客さんやったし」
客だったと言う部分を強調するように清虎は告げる。笑顔ではあったが、声にはどこか冷たい響きが含まれていた。
ごめんなさいと消え入りそうな声で言うと、リナは震えながらその場に座り込んだ。それを横目で見た遠藤が清虎に尋ねる。
「今回は見逃すの?」
「少し気ぃ抜き過ぎとったなぁ思て。道端であないなことするなんて、アカンよな。ただ、陸を陥れようとしたんはホンマ許せへんから、どないしよ」
清虎が陸を気遣うような視線を送った。陸は唇を噛みながら首を振る。
「俺も対応を間違えた。せっかく清虎が穏便に済ませようとしてたのに、火に油を注いだよね」
「そんなん気にせんでええよ」
「ううん。俺、もっと上手く対応できるようになりたい。お祖父さんみたいに」
陸もしゃがんで、地べたに座り込んだままのリナに目線を合わせる。
「二度と零に付きまとわないって約束してくれたら、警察には突き出さない。どうする?」
「約束、する。します!」
必死に懇願するリナに、陸はうなずいて見せた。
「本当に、今回だけだからね。もしまた跡をつけるようなことをしたら、その時は迷わず通報するから、そのつもりで」
真剣な眼差しの陸に、リナも神妙な面持ちで「はい」と答える。化粧や服装のせいで大人びて見えたが、至近距離だと少しあどけなく感じた。
ため息を一つ吐いて、陸は自分が羽織っていたリネンのシャツを脱ぎ、はだけたブラウスを隠すようにリナに着せる。
「タクシー捕まえるよ。もう遅いし、帰った方がいい」
「じゃあ、私が連れてく。国際通りすぐそこだし、あの道なら流しのタクシー多いから」
遠藤がリナを立ち上がらせ、手を引きながら大通りに向かって歩き出した。
少しの間、陸はしゃがんだまま二人の背中を見守る。大通りに出てすぐにタクシーが捕まったのが遠目にも確認出来た。安堵しながら立ち上がった瞬間、陸の目の前がぐにゃりと歪む。
「陸!」
平衡感覚を失い倒れ掛かった陸に、清虎と哲治が同時に腕を伸ばした。
「本当に呼んでいいのね? 私は警察が来たら、コレを見せるけど」
暗がりの中から街灯の下に現れたのは、遠藤だった。遠藤の手にはスマホが握られていて、それをリナに向けている。
「あなたがコソコソ付きまとっているのに気付いて、私達もあなたをつけていたのよ。二重尾行ってヤツ。だから、しっかり動画に撮ったわよ? あなたが自分でブラウスを破ったのも、陸くんを脅したのも」
リナの顔から血の気が引いて行く。後ずさりながら落ち着きなく「でも」や「だって」を繰り返した。
「遠藤さんが何でここに? リナが俺たちを付けてるって、いつ気づいたの」
呆けたように固まっていた陸は、我に返って問いかける。遠藤は自分の背後を気にしながら、言い難そうに話し始めた。
「えっと……怒らないであげてね。哲治はここ最近、ずっと陸くんを追跡してたの」
思いもよらない言葉に、「えっ」と清虎と陸の声が重なった。
「偶然見かけた仕事帰りの陸くんの顔色が、あまりにも悪くて心配になったんだって。それで、ちゃんと寝てるか気になって、陸くんの家を遠くから見てたらしいの。そこで、夜な夜な劇場に通ってるのを知って……。で、そこの清楚系ビッチの存在に気付いたってわけ。毒を以て毒を制するよね。ねぇ哲治、もう出ておいでよ」
振り返って呼びかけると、電柱の影から申し訳なさそうな顔をした哲治が姿を見せた。身を縮めて俯いたまま、気まずそうに視線を彷徨わせる。そんな哲治を一瞥してから、遠藤は話を続けた。
「ヘンな女が付きまとってるって、哲治から聞いたの。劇団の公演も、もう明日で千秋楽でしょ? その子が最終日前に何かやらかすんじゃないかって、今日は私も一緒に来たんだ。予想は大当たりだったみたいね」
録画中のスマホを手にしたまま、遠藤はリナに歩み寄る。
「あなた本当に最低よ。早く二人に謝って」
「何でよ! リナ悪くないもん。だって零が私以外の人と仲良くするからっ」
涙でメイクが崩れるのも気にせず、ぐしゃぐしゃの表情で遠藤に食って掛かる。話にならないと、遠藤は首をすくめた。
清虎は苦々しく顔を歪めたが、気持ちを切り替えるように大きく息を吸い、冷静にリナの目を見る。
「きちんと最後まで夢見せてあげられんで、ごめん。けどな、陸はホンマに大切な人やねん。もう二度と、俺の大切な人傷つけんといて。次は容赦せぇへんで」
清虎の言葉がきちんと届いたのかどうかは解らないが、リナはしゃくり上げながらうなずいた。
「もう絶対しない。だから、リナのこと嫌いにならないで」
「キミは元から好きとか嫌いの対象ちゃうよ。お客さんやったし」
客だったと言う部分を強調するように清虎は告げる。笑顔ではあったが、声にはどこか冷たい響きが含まれていた。
ごめんなさいと消え入りそうな声で言うと、リナは震えながらその場に座り込んだ。それを横目で見た遠藤が清虎に尋ねる。
「今回は見逃すの?」
「少し気ぃ抜き過ぎとったなぁ思て。道端であないなことするなんて、アカンよな。ただ、陸を陥れようとしたんはホンマ許せへんから、どないしよ」
清虎が陸を気遣うような視線を送った。陸は唇を噛みながら首を振る。
「俺も対応を間違えた。せっかく清虎が穏便に済ませようとしてたのに、火に油を注いだよね」
「そんなん気にせんでええよ」
「ううん。俺、もっと上手く対応できるようになりたい。お祖父さんみたいに」
陸もしゃがんで、地べたに座り込んだままのリナに目線を合わせる。
「二度と零に付きまとわないって約束してくれたら、警察には突き出さない。どうする?」
「約束、する。します!」
必死に懇願するリナに、陸はうなずいて見せた。
「本当に、今回だけだからね。もしまた跡をつけるようなことをしたら、その時は迷わず通報するから、そのつもりで」
真剣な眼差しの陸に、リナも神妙な面持ちで「はい」と答える。化粧や服装のせいで大人びて見えたが、至近距離だと少しあどけなく感じた。
ため息を一つ吐いて、陸は自分が羽織っていたリネンのシャツを脱ぎ、はだけたブラウスを隠すようにリナに着せる。
「タクシー捕まえるよ。もう遅いし、帰った方がいい」
「じゃあ、私が連れてく。国際通りすぐそこだし、あの道なら流しのタクシー多いから」
遠藤がリナを立ち上がらせ、手を引きながら大通りに向かって歩き出した。
少しの間、陸はしゃがんだまま二人の背中を見守る。大通りに出てすぐにタクシーが捕まったのが遠目にも確認出来た。安堵しながら立ち上がった瞬間、陸の目の前がぐにゃりと歪む。
「陸!」
平衡感覚を失い倒れ掛かった陸に、清虎と哲治が同時に腕を伸ばした。
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