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◆最終幕 依依恋恋◆
月夜の晩に④
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翌日の劇場は、昼夜ともに大入りとなった。劇団が千秋楽に選んだ演目は『娘道成寺』。歌舞伎舞踏の最高峰を、大衆演劇風にアレンジしたものだった。一人の役者が約一時間、様々な女心を表現しながら踊り切るので、「女方舞踊の大曲」とも言われている。
大きな釣鐘の供養が行われる道成寺に、一人の白拍子が訪れる所から物語が始まった。本来女人禁制だが、供養の舞を舞うという白拍子が余りにも美しく、見惚れた僧たちは境内に入ることを許してしまう。
清虎が扮する白拍子の舞を、陸は舞台袖から固唾を呑んで見守っていた。
「本当に袖からで良かったのかい。こんな慌ただしい所じゃなく、向こうでゆっくり観た方がいいだろうに」
幕の影でちんまり体を丸めて見入る陸に、清虎のお祖父さんが不憫そうに声を掛ける。
「すみません。お邪魔だったら直ぐにどきます」
「いやいや、邪魔じゃないよ。むしろ、ここから観たいと言ってくれて嬉しかったくらいさ」
今日はどうしても客席ではなく、清虎のいる世界から舞台を観てみたかった。そんな我儘な申し出は一蹴されるだろうと思ったが、団員たちは意外にも快く受け入れてくれた。
お陰で踊り続ける清虎の息遣いを、間近で感じることが出来ている。
娘道成寺の見所は、何と言っても「引き抜き」と呼ばれる衣装の早替わりだろう。
白拍子の衣装で踊っていたと思ったら、あっという間に今度は町娘の姿に変化し、客席から歓声が上がる。
恋の切なさを表現する踊りが終わると、次は想い人に会う前の乙女心を表す踊りになった。女心の変化に合わせ、また違う振り袖姿に一瞬で変化する。
着替えの手伝いをする後見の係と息がピッタリ合っていて、このために毎日遅くまで稽古していたのだなと、胸が熱くなった。
この演目は上演したいからと言って、誰でも容易く出来るものではないのだと、改めて知る。
一時間以上も観客を飽きさせず、惹きつける踊りの技術と相当な体力を持ち合わせた、花形の女形が居てこそ成り立つ舞台なのだろう。
やがて物語はクライマックスを迎える。
蛇の本性を表す鱗模様の衣裳になった清虎が、鐘の上からキッと見下ろして幕となった。
万雷の拍手が鳴り止まない中、清虎が舞台袖に引き返してくる。
袖で待つ陸の姿を見て、清虎は天女のような笑みを浮かべた。踊り切って力を使い果たしたのか、陸の胸に倒れ込む。
「ここに陸がおってくれて、めっちゃ安心感あった。なぁ、俺の踊りどうやった」
「凄く良かった。世界一綺麗だったよ」
ぐったりと陸に寄り掛かる清虎が、安堵したように息を吐く。陸は清虎を抱えるようにして楽屋の奥まで運んだ。
「舞踊ショーの出番が来るまで、ちぃと休むわ」
清虎は座布団の上に崩れるように座り込み、帯を解いて着物を脱ぎ捨てた。
芝居が終わった場内は休憩時間に入ったが、未だ興奮の余韻に包まれている。客席の熱がここまで伝わってくるような気がした。
大役を果たし疲れ切った清虎を労いながら、陸が「手伝えることはある?」と声を掛ける。
「おおきに。じゃあ、そこのお茶取って」
指をさしたペットボトルを清虎に手渡すと、あっという間に一本を飲み干した。こんなことくらいしか手伝えない自分がもどかしい。
「あ、そうや。陸、これ持っといて。今日は送り出し終わったらすぐ帰るから、陸は先に行って部屋で待っとってよ」
清虎が自分の鞄を漁ってマンションの鍵を取り出すと、それを陸の手のひらに乗せた。
「あとな、ちぃとだけ、くっついてええ?」
そう言いながら陸の首に両腕を回して、清虎が甘えるように抱き着く。赤い長襦袢から覗く足にドキリとした。
「今日を過ぎたらしばらく気軽に会われへんから、今のうちにようさん陸を充電しとかな」
薄いパーテーション一枚隔てた向こう側では、次のショーの準備のためか、慌ただしく足音が行き交っている。
隠れるように二人きり隔離された世界で、少しのあいだ背徳感に酔いしれた。
その後、舞踊ショーを見終えた陸は、言われた通りに先にマンションへ戻った。
引っ越しのために荷物を片付けて欲しいと頼まれたが、元々生活感のなかった部屋は既にガランとしている。
脱ぎ捨てられた衣類をまとめて洗濯機へ放り込み、私物と思しきものをスーツケースにしまう。部屋に残ったのは電気ケトルと食器と布団くらいだったが、どれも備品なので片付ける必要はなさそうだ。
洗い上がった洗濯物を干し終えた頃、インターホンが鳴った。ドアスコープを覗くと清虎の姿があり、思わず笑みがこぼれる。
「清虎、おか……」
玄関が開くなり、勢いよく飛び込んできた清虎に、陸は「おかえり」と言い終えるよりも先に唇を塞がれた。
大きな釣鐘の供養が行われる道成寺に、一人の白拍子が訪れる所から物語が始まった。本来女人禁制だが、供養の舞を舞うという白拍子が余りにも美しく、見惚れた僧たちは境内に入ることを許してしまう。
清虎が扮する白拍子の舞を、陸は舞台袖から固唾を呑んで見守っていた。
「本当に袖からで良かったのかい。こんな慌ただしい所じゃなく、向こうでゆっくり観た方がいいだろうに」
幕の影でちんまり体を丸めて見入る陸に、清虎のお祖父さんが不憫そうに声を掛ける。
「すみません。お邪魔だったら直ぐにどきます」
「いやいや、邪魔じゃないよ。むしろ、ここから観たいと言ってくれて嬉しかったくらいさ」
今日はどうしても客席ではなく、清虎のいる世界から舞台を観てみたかった。そんな我儘な申し出は一蹴されるだろうと思ったが、団員たちは意外にも快く受け入れてくれた。
お陰で踊り続ける清虎の息遣いを、間近で感じることが出来ている。
娘道成寺の見所は、何と言っても「引き抜き」と呼ばれる衣装の早替わりだろう。
白拍子の衣装で踊っていたと思ったら、あっという間に今度は町娘の姿に変化し、客席から歓声が上がる。
恋の切なさを表現する踊りが終わると、次は想い人に会う前の乙女心を表す踊りになった。女心の変化に合わせ、また違う振り袖姿に一瞬で変化する。
着替えの手伝いをする後見の係と息がピッタリ合っていて、このために毎日遅くまで稽古していたのだなと、胸が熱くなった。
この演目は上演したいからと言って、誰でも容易く出来るものではないのだと、改めて知る。
一時間以上も観客を飽きさせず、惹きつける踊りの技術と相当な体力を持ち合わせた、花形の女形が居てこそ成り立つ舞台なのだろう。
やがて物語はクライマックスを迎える。
蛇の本性を表す鱗模様の衣裳になった清虎が、鐘の上からキッと見下ろして幕となった。
万雷の拍手が鳴り止まない中、清虎が舞台袖に引き返してくる。
袖で待つ陸の姿を見て、清虎は天女のような笑みを浮かべた。踊り切って力を使い果たしたのか、陸の胸に倒れ込む。
「ここに陸がおってくれて、めっちゃ安心感あった。なぁ、俺の踊りどうやった」
「凄く良かった。世界一綺麗だったよ」
ぐったりと陸に寄り掛かる清虎が、安堵したように息を吐く。陸は清虎を抱えるようにして楽屋の奥まで運んだ。
「舞踊ショーの出番が来るまで、ちぃと休むわ」
清虎は座布団の上に崩れるように座り込み、帯を解いて着物を脱ぎ捨てた。
芝居が終わった場内は休憩時間に入ったが、未だ興奮の余韻に包まれている。客席の熱がここまで伝わってくるような気がした。
大役を果たし疲れ切った清虎を労いながら、陸が「手伝えることはある?」と声を掛ける。
「おおきに。じゃあ、そこのお茶取って」
指をさしたペットボトルを清虎に手渡すと、あっという間に一本を飲み干した。こんなことくらいしか手伝えない自分がもどかしい。
「あ、そうや。陸、これ持っといて。今日は送り出し終わったらすぐ帰るから、陸は先に行って部屋で待っとってよ」
清虎が自分の鞄を漁ってマンションの鍵を取り出すと、それを陸の手のひらに乗せた。
「あとな、ちぃとだけ、くっついてええ?」
そう言いながら陸の首に両腕を回して、清虎が甘えるように抱き着く。赤い長襦袢から覗く足にドキリとした。
「今日を過ぎたらしばらく気軽に会われへんから、今のうちにようさん陸を充電しとかな」
薄いパーテーション一枚隔てた向こう側では、次のショーの準備のためか、慌ただしく足音が行き交っている。
隠れるように二人きり隔離された世界で、少しのあいだ背徳感に酔いしれた。
その後、舞踊ショーを見終えた陸は、言われた通りに先にマンションへ戻った。
引っ越しのために荷物を片付けて欲しいと頼まれたが、元々生活感のなかった部屋は既にガランとしている。
脱ぎ捨てられた衣類をまとめて洗濯機へ放り込み、私物と思しきものをスーツケースにしまう。部屋に残ったのは電気ケトルと食器と布団くらいだったが、どれも備品なので片付ける必要はなさそうだ。
洗い上がった洗濯物を干し終えた頃、インターホンが鳴った。ドアスコープを覗くと清虎の姿があり、思わず笑みがこぼれる。
「清虎、おか……」
玄関が開くなり、勢いよく飛び込んできた清虎に、陸は「おかえり」と言い終えるよりも先に唇を塞がれた。
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