魔王の子育て日記

教祖

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波乱の幕開け

待ち人 その4

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 流石の暑さからか、冷茶は飛ぶように催促が入った。
 最初のうちこそ手伝いの二人が注いで回っていたが、男の一声で最後には薬缶やかんごと供され、兵士の間で回される形に落ち着いた。
 男も10杯は飲み干していた。顔には出さずとも、暑さに答えていたようだった。
 心なしかその表情も緩んでいるように見えた。
 男は思いのほか若く見えた。村正の見立てでは二十半ば。
 凛々しい表情に、兜の奥に光っていた鋭い眼光。
 しかし、それはただ威圧的な訳ではなく、強い意志を感じるおさにふさわしい面構え。
 また、意外にも髭は綺麗に剃られ、清潔感があった。
 というよりも、一瞬女子おなごに見まごうような、中性的な顔だ。
 白珠の如き肌と端正な顔に長いまつ毛、おまけにおかっぱ頭ときている。
 それが細身の身体も相まって、いよいよ男かどうか疑問に思うところではあったが、茶をあおるたびにせわしなく動く喉仏が何よりの証だった。
 その様子に肩を撫で降ろした村正だったが、本題に入る機会を見失ってしまっていた。
 他の二人の村長も、こちらへの目配せが多くなってきた。
 無礼を承知で、話を切り出そうかいなか。踏ん切りがつかない村正の耳に膳に湯呑が置かれる音が届いた。
 「すまない。すっかり馳走になってしまった。話を聞かせてもらえるだろうか」
 僅かに兵士たちの歓談も交わり始めた頃だったが、男の空気が変わった。
 初見で感じた威圧感ともまた違う張り詰めた空気に、兵士たちは口を噤み男に向き直る。
 「お気に召したのでしたら幸いでございます。では、恐れ入りますが――――」
 男から切り出され、村正はようやく事の本題――――赤子が連れ去られた事件について詳細を男へ話した。
 
 「そうか……」
 話を聞き終えると溜息交じりに男は呟いた。
 「我々の最後の希望として、この地へご足労頂きました。武神が1柱、朱雀すざく様」
 村正は男――――朱雀へ恭しく頭を下げた。
 「この程度、礼には及ばんさ。むしろこのような事態で動かねば、いよいよただ飯食らいと罵られてしまう」
 「そのようなことを申す者など、この国にはおりません」
 「まあ、顔を上げてくれ。して、この話から察するに先程から給仕をしてくれていたお主が」
 朱雀は村正から目線を外し、背後に控える女性――――美雪へ向ける。
 「はい。お恥ずかしい限りでございます。母の美雪と申します」
 「恥ずることなどありはしない。魔族が世界を越えてやってくるなど、誰が予想できようか。むしろ、どうか無力な我々を許して欲しい。地方中枢と同等の警戒態勢を敷いていれば、未然に防げた事象やもしれぬ」
 「いえ、この地で生活を営んでいる時点で、安全面で中枢都市に劣ることは承知しておりました。それでも子を守る覚悟を持ってこの村に身を置いていたのです。皆同じ条件の中で私だけが子を守れなかった、それが事実だと理解しております」――――出過ぎたことを申しました。と美雪は付け加えた。
 お主は強いな――――ひどく小さい声だったが、不思議と美雪にははっきりと聞こえてきた。
 「村正より話は聞いているだろうが、赤子の安否については正直なところ望み薄だ。此度の進軍は今後同じことが起こらぬよう原因の根絶と、相手への牽制が主だ。もちろん赤子の保護が第一ではある。ただ覚悟は決めておいてくれ」
 「直々のお言葉痛み入ります。どうか、これ以上の犠牲を生まぬよう、お力をお貸しくださいませ」
 「是非もない。全力を尽くそう」 
 朱雀は大きく頷いた。
 「朱雀様、実はもう一つお話がございまして」
 「ほかにも、何か起こったのか」
 「いえ、そうではございません。赤子の件で犯人の手掛かりになるやもしれぬお話でございます」
 「ほう、聞かせてくれ」
 「では、僭越ながら私からお話いたします」
 今まで聞かなかった低く響く声音。
 聞こえてきたのは、朱雀の背後からだった。
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