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第一部:5-1章:避暑地における休息的アレコレ(前編)
44話:狩り対決
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あれから何も進展がないまま時間が過ぎ、気付けばコルナールとネルカの対決の日となっていた。さすがにタイマン対決となればネルカの圧勝であることは確実なので、馬車移動半日ほどの場所にある森で、狩り勝負をすることになったのだ。
「ルールは単純、この森から食料を見つけて、料理して主に提供するです。」
「ちょっと待ちなさい。何、料理って? 狩りとしか聞いてないわよ私。」
「当たり前じゃないですか。主を喜ばせてこその従者なんです。料理ぐらいできて当然なんです!」
「うっ…(別に殿下の従者ではないけど、言うとめんどくさいことになりそうだわ。それにまぁ、料理はマリに任せようかしら)。」
やる気がゼロなネルカと張眉怒目のコルナール、そんな様子の二人を見ながらデインやアイナたちは談笑していた。彼は「僕に関することだから外から見守るよ」と言って来たのだが、心持ちはすでに好きな人との茶飲みに向かれていた。
少し離れた位置ではマリアンネたちがすでに茶飲みを開始しているが、趣味の一致があったのか彼女はロズレアと仲が良くなっており、余ったマルシャとベティンが二人して深いため息を吐いていた。
そして――
「なぁ嬢ちゃん。俺らも参加するのはなぜだ?」
数名の騎士が狩りの格好に着替えさせられており、近場の村から猟犬や馬を借りているという始末。どうやら狩りに強制参加という形になったようだった。コルナールとしては騎士全員参加を希望していたらしいが、さすがに王子の護衛がいなくなるのはマズいということ。
「あなたたちも狩りに参加するからです!」
「だからさぁ、なぜかって聞いてんだけど…。」
「アイナ様に怖い思いをさせて…許していないです! あなたたちの騎士としてのプライドを、ズタズタのメッタメタにしなくちゃ、私の気が晴れないです!」
万全対策された茶番だったとはいえ、橋の綱が切れるというのは確かにやりすぎだったかもしれないため、彼らは言い返すこともできずにスゴスゴと準備に取り掛かる。
「なぁ、ネルカちゃん。ちょっといいかい?」
そんな中ネルカに声を掛けたのは第二部隊期待の星――ロルディン。
柔軟な発想と早い気持ちの切り替え、そこからもたらされる臨機応変さを気に入られ、副隊長の右腕として活動している男だ。見た目と言動から十代後半と間違われるほど若々しいが、実際の年齢は三十代前半である。
「あら、あなた…ロルディン様だったわよね。確か夜会の時に人の足を掴んで、壁に叩きつけたロルディン様ね。それに腹を殴られたかしら。」
「おいおい、作戦のためだろアレは。腹を殴ったのは副隊長だし、ほぼ演技だったじゃねぇか。」
「ふふっ、冗談よ、冗談。それで話は何かしら?」
コルナールに聞こえないように小さな声で話し合う二人であったが、よく見たら数名の騎士が壁になるような位置に立っている。どうやら話があるというのは彼一人ではないようだ。
「ぶっちゃけ言うぜ…正直さぁ…コレめんどくさい。」
「同意よ。殿下の協力をするのはいいけど、これは勝っても負けても得しないわ。それに面白くなりそうな雰囲気がないし、正直な話つまらないのよ。」
「だったら、協力して食料を集めないか?」
「それ、いいわね。」
彼ら彼女らの中に、正々堂々という言葉は存在しなかった。
― ― ― ― ― ―
ネルカは森生まれ狩人育ちの人間であるが、料理に関する能力は『マズくなければいい。栄養価が高ければいい。多少の毒は問題ないから料理に入れちゃえ。』というレベルである。魔物や毒物、初めて見る食材を調理する能力は非常に高いのだが、一般的に食べられている食材で一般的に食べられている料理を作る経験が乏しい。下手というわけではない、あくまで経験が乏しいだけ。
つまり――植物関連の食材採りは毒持ちでも無視してしまう可能性がある。
「私の役割分担は肉を取ってくること…ね。」
ここの森には基本的に魔物が来ることはなく、通常の動物でさえもそこまで危険なものも少ない。だからこそあの湖畔に来る貴族たちの人気狩り場となっていたりする。しかし、あくまで貴族の嗜み用の狩り場であり、ネルカにとっては流石に余裕すぎるものがあった。
「何かあったら、コッソリここで暮らそうかしら。人生イージーモードね。」
鹿の脳天に刺さった矢を抜きながらそう呟くネルカは、この獲物を置きに戻ったらもう一匹を狙いに行くかどうかを考えていた。これぐらいなら黒衣を使わずとも、怪我に響くということはない。
そんな時――
ドゥンッ…。
『オオォォゥゥオオ…!』
大きな地響きがしたかと思うと、獣の咆哮がネルカの耳に入った。
距離はそこまで遠くないと判断した彼女は、身体強化を以て木々を経由した跳躍で森の上へと抜ける。方角は西――砂埃が朦々と立ち上がるその場所へと、着地の瞬間へと駆け寄る。
『グゥモォォォォ…!』
「いたわ…何よ、ただの熊じゃないの。それに…あれは…。」
そこにいたのは2.5mほどはありそうな大きな熊と、地面に倒れた状態でソレを見上げるコルナールの姿だった。ネルカは身体強化に込める魔力量を増やし、弓を捨てると右手に黒魔法の大鎌を生成させて――懐へと潜り込むためのダッシュを開始させる。
『グルルルル…バァオッ!』
しかしながら、熊から一瞬だけ魔力があふれたかと思うと、脇から登場した彼女に対して裏拳のような一打が繰り広げられる。彼女は「なっ!」と驚愕の声を漏らしつつも、膝と爪先でスライディングを行い、上半身を仰け反らせて攻撃をかわす。目の前を熊の腕が通過するのを見ながら、左手でしっかりとコルナールを回収した彼女は、大鎌を地面に引っ掛けて勢い落としと方向転換を同時に行う。
「イテテ…ちょっと無理しちゃったわね。」
彼女は痛みが再発しだした腹部を意識しつつも、熊から目を離さずに黒衣を展開させる。目の前の獣を隈なく見るが、やはり魔物である様子は見受けられなかった。
魔物というのは魔力の恩恵によりどんな体つきでも活動ができるため、合理性を強引にねじ込んだ進化をすることが多いのが特徴だ。全部が全部というわけではないが、目の前のクマは明らかに常識の範疇の体形をしている。それに魔物特有の第六感に働かせてくるピリピリしたものもない。
しかし、この獣は魔力を身体強化に使用してきた。
(もしかして、こいつ…【魔魂喰らい】かしら?)
魔魂――それは魔物が持つ大量の魔力を保存するための器官。
基本的にこの器官は魔物が死亡して一時間ほどで分解消失してしまうため、魔石のように動力源として使用することはできない。なのだが、分解される前の魔魂を食べて、なおかつ魔力の適合があった場合、極稀に一般動物が魔物に近い存在と化すことがある。
ネルカは魔の森の狩人、そんな個体も何度か狩ってきている。
「コルナールさん、ここで待っててね。」
彼女は脇に抱えていたコルナールを降ろすと、戦闘態勢へと切り替えて熊とにらみ合いの状態へと持っていく。そして、どちらが先に動くのかという膠着状態が始まった。
――どちらが先に動くか。
『「ッ!?」』
沈黙を破ったのは――
熊の背後から奇襲を仕掛けた、ロルディンと名前の知らない騎士の二人だった。
「ルールは単純、この森から食料を見つけて、料理して主に提供するです。」
「ちょっと待ちなさい。何、料理って? 狩りとしか聞いてないわよ私。」
「当たり前じゃないですか。主を喜ばせてこその従者なんです。料理ぐらいできて当然なんです!」
「うっ…(別に殿下の従者ではないけど、言うとめんどくさいことになりそうだわ。それにまぁ、料理はマリに任せようかしら)。」
やる気がゼロなネルカと張眉怒目のコルナール、そんな様子の二人を見ながらデインやアイナたちは談笑していた。彼は「僕に関することだから外から見守るよ」と言って来たのだが、心持ちはすでに好きな人との茶飲みに向かれていた。
少し離れた位置ではマリアンネたちがすでに茶飲みを開始しているが、趣味の一致があったのか彼女はロズレアと仲が良くなっており、余ったマルシャとベティンが二人して深いため息を吐いていた。
そして――
「なぁ嬢ちゃん。俺らも参加するのはなぜだ?」
数名の騎士が狩りの格好に着替えさせられており、近場の村から猟犬や馬を借りているという始末。どうやら狩りに強制参加という形になったようだった。コルナールとしては騎士全員参加を希望していたらしいが、さすがに王子の護衛がいなくなるのはマズいということ。
「あなたたちも狩りに参加するからです!」
「だからさぁ、なぜかって聞いてんだけど…。」
「アイナ様に怖い思いをさせて…許していないです! あなたたちの騎士としてのプライドを、ズタズタのメッタメタにしなくちゃ、私の気が晴れないです!」
万全対策された茶番だったとはいえ、橋の綱が切れるというのは確かにやりすぎだったかもしれないため、彼らは言い返すこともできずにスゴスゴと準備に取り掛かる。
「なぁ、ネルカちゃん。ちょっといいかい?」
そんな中ネルカに声を掛けたのは第二部隊期待の星――ロルディン。
柔軟な発想と早い気持ちの切り替え、そこからもたらされる臨機応変さを気に入られ、副隊長の右腕として活動している男だ。見た目と言動から十代後半と間違われるほど若々しいが、実際の年齢は三十代前半である。
「あら、あなた…ロルディン様だったわよね。確か夜会の時に人の足を掴んで、壁に叩きつけたロルディン様ね。それに腹を殴られたかしら。」
「おいおい、作戦のためだろアレは。腹を殴ったのは副隊長だし、ほぼ演技だったじゃねぇか。」
「ふふっ、冗談よ、冗談。それで話は何かしら?」
コルナールに聞こえないように小さな声で話し合う二人であったが、よく見たら数名の騎士が壁になるような位置に立っている。どうやら話があるというのは彼一人ではないようだ。
「ぶっちゃけ言うぜ…正直さぁ…コレめんどくさい。」
「同意よ。殿下の協力をするのはいいけど、これは勝っても負けても得しないわ。それに面白くなりそうな雰囲気がないし、正直な話つまらないのよ。」
「だったら、協力して食料を集めないか?」
「それ、いいわね。」
彼ら彼女らの中に、正々堂々という言葉は存在しなかった。
― ― ― ― ― ―
ネルカは森生まれ狩人育ちの人間であるが、料理に関する能力は『マズくなければいい。栄養価が高ければいい。多少の毒は問題ないから料理に入れちゃえ。』というレベルである。魔物や毒物、初めて見る食材を調理する能力は非常に高いのだが、一般的に食べられている食材で一般的に食べられている料理を作る経験が乏しい。下手というわけではない、あくまで経験が乏しいだけ。
つまり――植物関連の食材採りは毒持ちでも無視してしまう可能性がある。
「私の役割分担は肉を取ってくること…ね。」
ここの森には基本的に魔物が来ることはなく、通常の動物でさえもそこまで危険なものも少ない。だからこそあの湖畔に来る貴族たちの人気狩り場となっていたりする。しかし、あくまで貴族の嗜み用の狩り場であり、ネルカにとっては流石に余裕すぎるものがあった。
「何かあったら、コッソリここで暮らそうかしら。人生イージーモードね。」
鹿の脳天に刺さった矢を抜きながらそう呟くネルカは、この獲物を置きに戻ったらもう一匹を狙いに行くかどうかを考えていた。これぐらいなら黒衣を使わずとも、怪我に響くということはない。
そんな時――
ドゥンッ…。
『オオォォゥゥオオ…!』
大きな地響きがしたかと思うと、獣の咆哮がネルカの耳に入った。
距離はそこまで遠くないと判断した彼女は、身体強化を以て木々を経由した跳躍で森の上へと抜ける。方角は西――砂埃が朦々と立ち上がるその場所へと、着地の瞬間へと駆け寄る。
『グゥモォォォォ…!』
「いたわ…何よ、ただの熊じゃないの。それに…あれは…。」
そこにいたのは2.5mほどはありそうな大きな熊と、地面に倒れた状態でソレを見上げるコルナールの姿だった。ネルカは身体強化に込める魔力量を増やし、弓を捨てると右手に黒魔法の大鎌を生成させて――懐へと潜り込むためのダッシュを開始させる。
『グルルルル…バァオッ!』
しかしながら、熊から一瞬だけ魔力があふれたかと思うと、脇から登場した彼女に対して裏拳のような一打が繰り広げられる。彼女は「なっ!」と驚愕の声を漏らしつつも、膝と爪先でスライディングを行い、上半身を仰け反らせて攻撃をかわす。目の前を熊の腕が通過するのを見ながら、左手でしっかりとコルナールを回収した彼女は、大鎌を地面に引っ掛けて勢い落としと方向転換を同時に行う。
「イテテ…ちょっと無理しちゃったわね。」
彼女は痛みが再発しだした腹部を意識しつつも、熊から目を離さずに黒衣を展開させる。目の前の獣を隈なく見るが、やはり魔物である様子は見受けられなかった。
魔物というのは魔力の恩恵によりどんな体つきでも活動ができるため、合理性を強引にねじ込んだ進化をすることが多いのが特徴だ。全部が全部というわけではないが、目の前のクマは明らかに常識の範疇の体形をしている。それに魔物特有の第六感に働かせてくるピリピリしたものもない。
しかし、この獣は魔力を身体強化に使用してきた。
(もしかして、こいつ…【魔魂喰らい】かしら?)
魔魂――それは魔物が持つ大量の魔力を保存するための器官。
基本的にこの器官は魔物が死亡して一時間ほどで分解消失してしまうため、魔石のように動力源として使用することはできない。なのだが、分解される前の魔魂を食べて、なおかつ魔力の適合があった場合、極稀に一般動物が魔物に近い存在と化すことがある。
ネルカは魔の森の狩人、そんな個体も何度か狩ってきている。
「コルナールさん、ここで待っててね。」
彼女は脇に抱えていたコルナールを降ろすと、戦闘態勢へと切り替えて熊とにらみ合いの状態へと持っていく。そして、どちらが先に動くのかという膠着状態が始まった。
――どちらが先に動くか。
『「ッ!?」』
沈黙を破ったのは――
熊の背後から奇襲を仕掛けた、ロルディンと名前の知らない騎士の二人だった。
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