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可憐なフルート
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冷たい朝、音楽室にひとり。
冬の冷気にさらされて朝露は凍り、窓ガラスは所々曇っている。スクールバックから「それ」を取り出し、組み立てた。それはひんやりしていて、どこか優しい。私は組み立てたそれに息を吹き込んだ。空気が微かに振動する。ひとりぼっちの部屋に新たな仲間が、音が加わったような気がした。譜面台を組み立て、楽譜を開く。十六分音符の羅列が私をじっと見つめる。音符と睨めっこをしながら鉛筆を動かす。「カッカッ」と時計の秒針が動くごとに、一分間に六十秒の速さで馴染みのあるメロディを口ずさむ。これが私の日常だ。
「疲れた」
独り言を言ってみる。何もない空間に声が響く。まっしろなキャンバスに色をつけたみたいだ。それがなんだか嬉しくて自然と顔がほころんだ。ふと窓の外に目をやる。昨晩積もった雪が校庭の草木を銀一色で覆っていた。それは太陽の光に反射してきらきらと輝いている。ダイヤモンドのように美しかった。しばらく外の景色に見惚れていた。小さい頃に読んだ絵本に出てくる夢の国、おとぎばなしの世界のような光景だった。思わず手を伸ばしてしまう。
そんな私を頬に刺さる寒さが現実へと引き戻した。
昔から物思いにふけってしまうことがしばしばあった。自分の世界に浸り、きっかけがなければずっと己の世界で走り、歌い、そして舞う。私以外入ることのできない、私だけの空間。その空間で今私の腕の中にある「それ」を見つけた。銀色の、華奢で神の使いのような美しい楽器を。
ふう。
深呼吸した。寒さに負けてしまいそうな私は必死で手を温めた。そして楽器を構える。右側に長く伸びるそれは月のように、ただ静かに輝いていた。息を吹き込む。繊細な音が凍った空気をほどいてゆく。その光景がただ美しい。
太陽は定位置についた。基礎練習をして、いざ本番。何度も練習した十六分音符の羅列。繊細なフルートの音色から物語は始まり、次第に壮大かつ悠々とした曲へと化す。十六分音符の階段を駆け上がる。嗚呼、なんて心地良いのだろう。達成感の海を浮遊しながらそう思った。最高な気分だ。私はフルートと共に生きている。そんなことを考えていた。曲は終盤に入り、いよいよ最後の音。私は目を閉じた。ずっとこの世界に浸っていたい。幸せのベールに包まれていたい。そう思いながら私は口元に笑みをたたえ、最後の音を響かせた。
「大好き」
演奏が終わったあと、フルートに伝えた。フルートは何も答えなかったが、「私も」と言っているかのように輝いていた。私はフルートに微笑みかけた。水銀のような朝露はもう溶けた。窓ガラスは何気ない朝の景色を映し出している。静かだった音楽室は私とフルートによって溶かされた。長い眠りから目覚めたかのように息を吹き返した。
いつもの景色に安堵した私は椅子にもたれかけた。
そしてフルートに小さな愛の音を贈った。
冬の冷気にさらされて朝露は凍り、窓ガラスは所々曇っている。スクールバックから「それ」を取り出し、組み立てた。それはひんやりしていて、どこか優しい。私は組み立てたそれに息を吹き込んだ。空気が微かに振動する。ひとりぼっちの部屋に新たな仲間が、音が加わったような気がした。譜面台を組み立て、楽譜を開く。十六分音符の羅列が私をじっと見つめる。音符と睨めっこをしながら鉛筆を動かす。「カッカッ」と時計の秒針が動くごとに、一分間に六十秒の速さで馴染みのあるメロディを口ずさむ。これが私の日常だ。
「疲れた」
独り言を言ってみる。何もない空間に声が響く。まっしろなキャンバスに色をつけたみたいだ。それがなんだか嬉しくて自然と顔がほころんだ。ふと窓の外に目をやる。昨晩積もった雪が校庭の草木を銀一色で覆っていた。それは太陽の光に反射してきらきらと輝いている。ダイヤモンドのように美しかった。しばらく外の景色に見惚れていた。小さい頃に読んだ絵本に出てくる夢の国、おとぎばなしの世界のような光景だった。思わず手を伸ばしてしまう。
そんな私を頬に刺さる寒さが現実へと引き戻した。
昔から物思いにふけってしまうことがしばしばあった。自分の世界に浸り、きっかけがなければずっと己の世界で走り、歌い、そして舞う。私以外入ることのできない、私だけの空間。その空間で今私の腕の中にある「それ」を見つけた。銀色の、華奢で神の使いのような美しい楽器を。
ふう。
深呼吸した。寒さに負けてしまいそうな私は必死で手を温めた。そして楽器を構える。右側に長く伸びるそれは月のように、ただ静かに輝いていた。息を吹き込む。繊細な音が凍った空気をほどいてゆく。その光景がただ美しい。
太陽は定位置についた。基礎練習をして、いざ本番。何度も練習した十六分音符の羅列。繊細なフルートの音色から物語は始まり、次第に壮大かつ悠々とした曲へと化す。十六分音符の階段を駆け上がる。嗚呼、なんて心地良いのだろう。達成感の海を浮遊しながらそう思った。最高な気分だ。私はフルートと共に生きている。そんなことを考えていた。曲は終盤に入り、いよいよ最後の音。私は目を閉じた。ずっとこの世界に浸っていたい。幸せのベールに包まれていたい。そう思いながら私は口元に笑みをたたえ、最後の音を響かせた。
「大好き」
演奏が終わったあと、フルートに伝えた。フルートは何も答えなかったが、「私も」と言っているかのように輝いていた。私はフルートに微笑みかけた。水銀のような朝露はもう溶けた。窓ガラスは何気ない朝の景色を映し出している。静かだった音楽室は私とフルートによって溶かされた。長い眠りから目覚めたかのように息を吹き返した。
いつもの景色に安堵した私は椅子にもたれかけた。
そしてフルートに小さな愛の音を贈った。
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