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宰相の疑い ジョシュアの場合

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 予定していた決済を全て終えて、俺は椅子の背もたれにぐったりともたれかかった。リジーフォード宮殿の外はもう真っ暗だ。空には星が瞬き始めていた。まもなく俺とグレースの人でいられる時間が切れてしまうだろう。

 宰相のハリーも目の下に青黒いクマを作っている。疲れた顔で決済を終えた書類を整えているところだ。この状態でなんとか軌道に乗ってきたのは、ひとえにハリーの尽力のおかげだ。

「ハリー、毎日悪いな」
「いえいえ。最初だけですよ。すぐに軌道に乗りますから」

 そうは言ったものの、ハリーはため息をついて俺の顔を見た。

「なんだ?」
「グレース様のことですが」

「もう国民に宣言したんだ。今更王妃にするのを反対とか言い出すのではあるまいな?」
「いえ、違います」
「ではなんだ?」

「用心された方がよろしいかと。よく考えてみたのです。誓約の魔法があったということはわかりました。しかしジョシュアに恋をしながらも、ジョシュアを裏切ってかつての皇太子の妻になった人です。国王になれる人なら誰でも良いということはないのでしょうか?」

「それはずいぶんな言い方だな」
「正直に申し上げなければならないことですから」
「それはないと信じる」

「なぜです?おかしな話ではありませんか。政権をひっくり返したのはリリアが最後に留めを刺したからです。グレース様はバリイエルが政権をとることに加担はしていません。それは我々が一番よく知っています。グレース様は生かしておけないと我々は取り決めていた」

 疲れた顔でハリーは淡々と話している。彼の後ろにある窓から月が見える。もう俺たちの時間切れが近づいていた。

 ――彼女が俺のことを好きだと言ったのは俺が国王だからか?政権がチュゴアートのままなら、俺を好きにはならないということだろうか。

 俺はグレースはそんな人ではないとハリーに否定をしたかった。しかし俺の心に一瞬だけ不安がよぎった。誓約の魔法をしながらも俺を裏切ったのは事実だから。

 その時だ。グレースの弟のアルフレッド急に飛び込んできた。

「申し訳ございません、閣下。謁見中に北の魔女と名乗る者に姉が連れ去られました」

「なんだって?それはリリアの仕業ではないだろうか。グレースを消したいと最も強く思っているのはリリアだと思う」

 俺はクーデターを成功させたリリア・マクエナ・ローズの剣幕を思い出した。そもそも俺とグレースが呪文を使ったのは、リリアがグレースを殺そうとしたからだ。

「ハリー、俺はグレースを愛している。ずっと昔からずっとだ。彼女を妻にしたいと心から思っている。バリイエルのためというのはただの口実だ。正直にいうと、まだ彼女の本当の気持ちをわかっているとは俺も言えない。だが俺は彼女を愛しているのだ」

 ハリーは俺の顔を見つめてため息をついた。首を振っている。

「アルフレッド、俺も至急心当たりを探すから、君もフィッツクラレンス公爵家の別邸に連絡をとってみてくれないか?ノーキーフォットの家の方に連絡をしてみて欲しい。俺も自分の家の方に使いを出す」

 ――まもなく1刻半の時間が切れる。もう一つの結界の出口を使って探してみよう。どこかに逃げていてくれないだろうか。

 俺は心の中でグレースの無事を祈った。
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