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第三皇女ミラのプロポーズ(1)

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 書斎の埃を払って回る。私はゆっくりと書物の背表紙に描かれた本の題名を読み上げていく。世界を救うには、識字率を上げるには、食糧難を救うには、そういった題名の本ばかりだ。

 円深帝は、毎朝馬に乗ってどこかに出かけていく。私は円深帝が起きる前に良夜とかまどに火を入れて朝食の準備をする。時には良夜とパンを焼くこともあった。良夜りょうやという女性は、普段から円深帝の身の回りのお世話をしてくれている人で、私はすぐに仲良くなった。

 円深帝はいつも金塊の袋を持ち歩いていて、ぶつぶつと「あそこの学校にいくら、あの村の畑に良く育つ穀物はなんだろう、あの子たちの村のそばに井戸を掘るには」などと言いながら、濃い赤色の手帳に文字を書き込んでいて、金塊を計算していた。

「あー、足りないっ……今月も足りないっ……みんな救うには足りないっ!」

 ふわふわの金髪をかきむしってそんな言葉を叫ぶのも日常茶飯事だった。ベッドのお支度、衣類の洗濯、お風呂の準備、食事の準備、お部屋のお掃除と私は円深帝の身の回りのお世話をしながら、円深帝が何に金塊を使っているのかをなんとなく理解し始めた。

「グレース夫人、今日も美しいですね」

 真顔で私を見つめて円深帝はよく言った。私に触れることは一度もないが、私を愛おしいものを見つめる眼差しで見つめているのに、私は何度か気づいた。

 一緒に食事を三食取り、同じ家の中で暮らすと、私にとっては円深帝は素晴らしい人なのだとだんだん分かってきた。

「ミラの姉はまだミラを心憎く思っていますね。どうしたものでしょうね」

 時々、円深帝と良夜は、バンドのメンバーのことを何気なく話し合っていることがあったが、私とジョシュアのことは一言も話されていなかった。なんとなく、私とジョシュアのことは話したくない気分と言うのが円深帝から感じられた。

「毎朝、どちらに行かれるのでしょう?」

 私は良夜にこっそり聞いたことがあったが、「円深帝の本来の住む世界に行かれているのですよ」と良夜はいうだけだった。どうやら、私たちが夕刻時間に自分の世界に帰るのと同じように、円深帝も自分の世界があるようだった。

「私も夜中にそちらに帰るのです。夜、この家にいるのは円深帝とあなただけですよ」

 良夜にさりげなく言われて、私は心底驚いた。

「そうだったんですね」

 金塊の契約を果たせなければ、私は円深帝の妻になる。私は急にドキドキしてきた。ジョシュアへの愛のことをきちんと円深帝に伝えようと私は思った。

 金塊の契約は果たすつもりだし、円深帝の妻になる気はないことを話さなければ。

 後1日で円深帝の小間使いが終わると言う日のこと。
 夕食が終わると、私は良夜と一緒に片付けを始めた。円深帝に暖炉前でお酒を飲もうと誘われて、私は良夜に了承をもらって、二人で暖炉の前に座ってお酒を飲み始めた。

 パチパチと火がはぜる音がして、私はお酒が美味しいこともあり、だいぶ気分がリラックスしてきていた。

「私の妻になるのは嫌ですか?」

 円深帝が私を見つめて私に聞いてきた。

「嫌というわけではないです。ただ、私はジョシュアを愛しています」

 私は正直に伝えた。円深帝は私の髪の毛を撫でで「一度だけ、私の頬にキスをしてくれますか?」と聞いてきた。


 私は頬にキスをした。円深帝の頬に。

 途端に円深帝は真っ赤になって目を逸らした。私も恥ずかしくなって横を向いてしまった。

「ありがとう」

 円深帝は私にそっとお礼を言った。

「私はジョシュアが好きなのです。金塊の契約を果たせなければ円深帝の妻になるのはわかるのですが、今は果たそうと頑張っているので、ジョシュアとしか考えられないのです」

 私は正直な気持ちを伝えた。

「あなたがジョシュアを好きなことは分かっています。金塊の契約を果たして欲しいとも思っています。でも、あなたのことを私も想っているということを覚えておいていただけますか?」

 円深帝は愛おしいものを見るような視線で私の顔を見つめて、小さな声でささやいた。私は意識していなかった円深帝の可愛らしい部分に触れてしまったような、心を少しのぞかせてもらったような、ドキドキするような気持ちになり、戸惑って言葉が出なかった。

「あなたを妻にしたい」

 円深帝は絞り出すように言った。私は身動きできなかった。なんと答えれば良いのかわからない。

「それは、私ではダメですかっ!?」

 突然、声がして私と円深帝は飛び上がった。振り向くと第三皇女ミラが立っていた。ミラは手に大きな花束を持っていた。野で詰んできたらしい、素朴な花が大量に束ねられていた。

「いつの間に?」

 驚く円深帝に皇女ミラは駆け寄った。

「ごめんなさいっ!良夜にお願いしたのです。私に力を貸してください。姉を倒すのにあなたの力が必要です。そして、私の夫になってくださいっ!」

 唐突過ぎて、私は口も開けず、ただひたすら第三皇女ミラと円深帝の二人の顔を交互に見るだけで、精一杯だった。

「私は明日で十八歳になります。あなたのことがずっと気になって気になって、グレースがあなたの小間使いを務めてこの一週間、ずっとモヤモヤしていてあまり眠れなくて……それで気づいたのです!私は円深帝に恋をしてしまっているのだと気づきました!」

 皇女ミラは一気にそれだけ言うと、床に倒れるようにすわり込んだ。

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