裸日本本土決戦 

ボンジャー

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第五話 東のエデン

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 「エデンの園とは実はこんな所であったのでは。」

 

 開戦劈頭、日本軍の捕虜となっていた、アメリカ人トーマス・ナイは焼け野原となった東京の真ん中で、寝転んで空を見上げながらそう思った。

 

 周りを見渡せばあちこちに自分と同じような人間が河岸に上がったマグロのごとく転がっている。

その体躯はマグロと言うよりクジラと言うべき巨体であったが。



 もう一度空を見上げながらトーマスは昨晩の事を思い出していた。



 突如として捕虜収容所に押しかけてきた群衆、あっという間に蹴散らされる収容所の兵士たち、打ち破られる扉を前にもはやこれまで、暴徒の群れに飲み込まれ俺は殺されると思った。

 

 殺されはしなかった、だが俺に襲い掛かった運命は人としての死ではなく、アメリカ人としての死、そして日本人への強制的な統合であった。

 

 俺に掴みかかって来た暴徒から流し込まれる何か巨大な意識の塊、何千万もの日本人達が作り上げる精神の前にトーマス・ナイは飲み込まれ気を失ってしまった。



 意識を取り戻した時、世界は変わっていた。



 猛烈な喉の渇きに襲われ残っていた水道で水を貪るように飲んでいると、体にも恐ろしい変化が訪れた。



 メキメキと音を立てて大きくなっていく肉体、止まらない喉の渇きに蛇口をさらに捻ると、いとも簡単に蛇口が壊れ、吹き出す水を貪るように飲んだ。



 周りを見ると、自分と同じように捕虜仲間たちも吹き出す水を飲んでいた。



 次に襲ってきたのは飢餓としか言えない空腹だ。

 

 何か食い物そう思った時、頭の中に現れたのは太陽の光だった。廃墟となった収容所の外に飛び出すとまだ体に残っていた衣服を破り捨て、その場で寝転がり太陽の光を体全体で浴びた。

 

 なんとも言えない多幸感に包まれ、さらに巨大に変化していく己の体を感じながら再び意識を失った。



 そして、今に至る。



 SF好きだった自分の記憶を統合した日本人たち(今は自分もその一部だが)は集合意識という言葉を知るとまさに自分たちは其れその物になった自分たちに驚いていた。



 確かに自分たちがSFその物になるとは誰だって思わないだろう。



 我々をこんな風に変えた、神としか言えない存在も早とちりもいい処だ、そう考えると無数の同意の声が頭の中に響いてくる。



 今の我々は餓えることも死ぬこともない、暑さも寒さも我々を害しない、日本人に限り争いは無くなった。人類の振るう如何なる兵器も我々を殺せない。

 

 ただこうして太陽の光を浴びているだけで心も肉体も満たされる。



 しかし、我々人間はエデンの園から追い出される事で文明を築いて来た。



 「今更、エデンの園に戻れと言っても、強制的に収容された日本人以外、はいそうですと戻れる訳はないではないか。」



 特に、神に選ばれたと主張する我が元祖国、アメリカ合衆国は。

 

 



 





後書き編集
みんなでパライソさいくだ

部分別小説情報
掲載日2022年 07月20日 18時16分最終更新日2023年 05月24日 12時17分
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