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第二部 星の追葬
プロローグ
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「華月!」
友人の声に振り向くと、彼女はスカートをものともせずに激坂を駆け上がってきていた。
「わっ、ちょっ、めくれちゃう、おさえておさえて!」
「だーいじょーぶっ!」
「きゃ!」
飛びついてくる友人をよろめきながらも受けとめる。文句を言おうとしたら、その前に友人はぱっと離れて満面の笑みを向けてきた。
「おはよう! 華月!」
機先を制されて、華月は溜め息を吐きながらも、しかし嬉しそうに返した。
「おはようございます、先輩」
先輩は茶色っけのない真っ直ぐで艶やかな黒髪を持っていて、着物のよく似合いそうな大和撫子だった。だが、それは見た目だけで、本当はものすごくお転婆で、おしとやかの欠片もない。体の内側から溢れ出る元気は隠しきれず、いつもにこにこしていた。それでも、先輩は美人だった。見慣れているはずの華月でさえもたまに見とれてしまうほどに綺麗だった。
でも、先輩はもてなかった。
というより、忌避されていた。
二人が通っているのは咲坂女学校だったが、別に男がいないからと恋ばなが上がらないわけではない。近くの男子校の噂とか商店街のどこそこの誰が格好良いなんて話はよく聞くし、実はあの人達が、というのもよくある話だ。たとえいつかは親の決めた縁談相手と一緒になるとはいえど、それは若者達にとってなくてはならない、ある種のささやかな特権だった。そこに、先輩が登場したことは、華月の知る限り一度もなかった。
その理由は、先輩の目だ。
先輩の目は、鮮やかな赤だった。
まるで凶星の輝きを溶かして流し込んだかのような、この世のものとは思えない不思議な色だった。
そりゃあ、度肝を抜かれるだろう。もしかしたら、恐怖のあまりに腰を抜かすかもしれない。
だが、華月はこの色が好きだった。
この赤を誰よりも近くで見ていられることが嬉しかった。
「先輩、やけにご機嫌ですね」
並んで歩きながら言うと、先輩は大きく頷いた。
「そうなのっ。今日の授業は得意なのばっかりだし、夜の仕事も楽だったから、今、すっごく調子良いんだ!」
「何事もなかったみたいでよかったです」
「あっはは、なにかあっても大丈夫だもん」
「また。絶対なんてないんですよ」
大丈夫、と先輩は左手を腰に当て、勇ましくも右の拳で胸を叩いた。
「私には生き神様がついているんだから」
「あ……そういえば、そうでしたね」
真っ白い少女を思い出し、華月は苦笑いしてしまった。
「生き神様は元気ですか?」
「うん。毎日うるさい」
この前なんかね、と生き神様のおもしろ小話が始まる。先輩の小鼻がちょっと広がり、きらきらと表情が動く。登下校の間のこの時間が、華月はとっても好きだった。
「初めてコッペパン以外のパンを食べて、びっくりして椅子から落ちたの」
「落ちたんですか!?」
「うん。なんじゃこれはー!? って」
「あー、でも、それはわかります。私もまだ一回しか食べたことがなくて」
「私はもう少しあるかな。早くパン屋さんでもできないかな」
「そうしたら、一緒に食べに行きましょうよ」
「いいね! 行こ行こ!」
「あっ、ちょ、先輩!」
先輩は華月の手を握ると、かなりの速さでスキップを始めた。華月は引っ張られながらも、仕方がないなあというふうにそんな彼女を見つめていた。
友人の声に振り向くと、彼女はスカートをものともせずに激坂を駆け上がってきていた。
「わっ、ちょっ、めくれちゃう、おさえておさえて!」
「だーいじょーぶっ!」
「きゃ!」
飛びついてくる友人をよろめきながらも受けとめる。文句を言おうとしたら、その前に友人はぱっと離れて満面の笑みを向けてきた。
「おはよう! 華月!」
機先を制されて、華月は溜め息を吐きながらも、しかし嬉しそうに返した。
「おはようございます、先輩」
先輩は茶色っけのない真っ直ぐで艶やかな黒髪を持っていて、着物のよく似合いそうな大和撫子だった。だが、それは見た目だけで、本当はものすごくお転婆で、おしとやかの欠片もない。体の内側から溢れ出る元気は隠しきれず、いつもにこにこしていた。それでも、先輩は美人だった。見慣れているはずの華月でさえもたまに見とれてしまうほどに綺麗だった。
でも、先輩はもてなかった。
というより、忌避されていた。
二人が通っているのは咲坂女学校だったが、別に男がいないからと恋ばなが上がらないわけではない。近くの男子校の噂とか商店街のどこそこの誰が格好良いなんて話はよく聞くし、実はあの人達が、というのもよくある話だ。たとえいつかは親の決めた縁談相手と一緒になるとはいえど、それは若者達にとってなくてはならない、ある種のささやかな特権だった。そこに、先輩が登場したことは、華月の知る限り一度もなかった。
その理由は、先輩の目だ。
先輩の目は、鮮やかな赤だった。
まるで凶星の輝きを溶かして流し込んだかのような、この世のものとは思えない不思議な色だった。
そりゃあ、度肝を抜かれるだろう。もしかしたら、恐怖のあまりに腰を抜かすかもしれない。
だが、華月はこの色が好きだった。
この赤を誰よりも近くで見ていられることが嬉しかった。
「先輩、やけにご機嫌ですね」
並んで歩きながら言うと、先輩は大きく頷いた。
「そうなのっ。今日の授業は得意なのばっかりだし、夜の仕事も楽だったから、今、すっごく調子良いんだ!」
「何事もなかったみたいでよかったです」
「あっはは、なにかあっても大丈夫だもん」
「また。絶対なんてないんですよ」
大丈夫、と先輩は左手を腰に当て、勇ましくも右の拳で胸を叩いた。
「私には生き神様がついているんだから」
「あ……そういえば、そうでしたね」
真っ白い少女を思い出し、華月は苦笑いしてしまった。
「生き神様は元気ですか?」
「うん。毎日うるさい」
この前なんかね、と生き神様のおもしろ小話が始まる。先輩の小鼻がちょっと広がり、きらきらと表情が動く。登下校の間のこの時間が、華月はとっても好きだった。
「初めてコッペパン以外のパンを食べて、びっくりして椅子から落ちたの」
「落ちたんですか!?」
「うん。なんじゃこれはー!? って」
「あー、でも、それはわかります。私もまだ一回しか食べたことがなくて」
「私はもう少しあるかな。早くパン屋さんでもできないかな」
「そうしたら、一緒に食べに行きましょうよ」
「いいね! 行こ行こ!」
「あっ、ちょ、先輩!」
先輩は華月の手を握ると、かなりの速さでスキップを始めた。華月は引っ張られながらも、仕方がないなあというふうにそんな彼女を見つめていた。
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