重装クロスブラッド

石動天明

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第1話 クロスブラッド誕生

Part18 心の持ちよう

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「ま、今はそんな事は置いておこう。リアライバルの話だったな」

 俺を不安に突き落としていながら、ミライは救いの手を差し伸べた。
 そう、今は自分の存在の云々に悩む時間ではない。

「ブラッド粒子は時間を司る物質で、流動粒子は未来へ進む性質を持っている」

 ――抵抗ブラッド粒子は……現在を維持する性質を持っている、って事で良いのかな。

「それで良いだろう。そして現在を維持するとは、どういう事だか分かるか?」

 ――いや。

「現在を維持するとは、つまり過去を維持する事でもある。さっきの世界五分前仮説でも、現在と共に過去が創られる事は説かれている。何故なら、現在、君がそこにいる根拠は、過去にしか求められないからだ」

 ――……。

「その楽譜を例にしてみよう。それは、ただのインクと紙の集積体だ。では紙とは何だろうか。元々は植物だ。植物の繊維を取り出して、これを平らに編み、乾燥させたものだ。植物の繊維を取り出すには植物が必要で、植物は種子から成長する。成長には栄養と水と太陽が必要で、水は酸素と水素原子が結び付かなければいけないし、太陽が空になければならない。そして太陽が存在するには宇宙が誕生しなければいけない……」

 ――随分と壮大な話になって来たね。

「五分間で、それだけの世界が構築される訳だ。しかしその楽譜の根拠が、植物であり水であり太陽であり宇宙である……それらが誕生した過去である事は分かってくれるか」

 ――何となくは。

「で、この二つの粒子は、世界中の全ての物質に宿っている訳だが、当然、その作用には個体差がある。お前も石川も、同じように流動ブラッド粒子と抵抗ブラッド粒子を持っていて、その効果を受けているけれど、お前と彼女とが違う存在である限りは、その効果の大きさも異なる。もっと分かり易く言うと……」

 ミライは、あれから三組目のグループの前でピアノを弾いている先生を指差した。

「彼女の年齢、知ってるか?」

 ――先生の? ……確か……もう五十代だとは聞いた事があるかな。

「実はな、一時間目の歴史の先生と同じ歳なんだ」

 ――え!?

 とてもそうは見えなかった。音楽の先生は、五十代と言われればそう見えるが、知らなければ三十代後半から四十代くらいまで見る事が出来そうだ。しかし歴史の先生は、顔の皺や声のトーン、普段の気怠そうな授業態度から見て、何なら定年間際のように思っていた。

「性別の違いもあるだろうが……同じ歳の人間でも、ブラッド粒子の影響は異なる。音楽の先生は実年齢より若々しく見え、歴史の先生は実際より年上に見える。何が違うんだろうな」

 ――そりゃ、色々あるんじゃないの。歴史の先生は若い頃、陸上競技だか何だかやってたって聞いた事があるし、紫外線を浴びっ放しだったそうだから皮膚へのダメージがあったりするとか。音楽の先生は部屋の中でピアノを弾いたり歌ったりしているから、それがないとか……。それに、化粧とかの影響もあるんじゃないかな。歴史の先生はおじさんで、化粧水とか、補水液っていうのかな、そういうの使っているようには見えないし……。

「それも含めて、二種類のブラッド粒子の影響だ――と、ドクター松岡は言っていたらしい」

 ――つまり?

「ブラッド粒子の特性として……流動ブラッド粒子は、物質に対して作用する。物質を劣化させるんだ。一方、抵抗ブラッド粒子は、流動粒子の作用を抑制する訳だが……ブラッド粒子が時間を司る粒子であるという事は、抵抗ブラッド粒子は、本来は不可逆である筈の時間を、遡行する粒子であるという事だ。力のベクトルが、逆なんだよ」

 俺はミライの説明がいまいち分からなくなって来たので、仕方なく図示する事にした。胸ポケットに入れたシャーペンで、楽譜の上の空白に、ミライの話を纏めてみる。

 先ず、立方体のイラストを描いた。この上側の左右に、“未”来と“過”去と書いてそれぞれ括った。“過”から流動ブラッド粒子である太い矢印を“未”に向かって伸ばし、それより細い矢印力の弱い抵抗ブラッド粒子として“未”から“過”にやった。そして立方体の半分を、薄く黒で塗った。

 ――こういう事?

「ま、そういう事だ。この細い矢印が太い矢印を押し返す事で、物質の劣化する時間が遅くなる。しかし時間は不可逆性を持っているので、結果、この四角はその内、全て塗り潰される事になる。但し、唯一遡行性を持つのが、人間の思い……心だ」

 ミライが、イラストの上をなぞる。その指に合わせてペンを動かした。

 立方体の左上にハートマークを書き、ここから細い矢印を“過”に伸ばす。だがこの場合は“過”から太い矢印が伸びていないので、流動粒子に邪魔される事なく“未”から“過”まで届ける事が出来た。

「心を持つものは、その心によって多少なりと抵抗ブラッド粒子の作用を強めるが出来る。流動ブラッド粒子は物質の時間を過去から未来へ流すものだが、抵抗ブラッド粒子はその物質が持つ心、精神の時間を、現在から過去へ移動させる作用があるんだ。要は、抵抗ブラッド粒子は、精神によってその作用を高める粒子という事なんだ」

 ――精神によって……つまり、同い年の先生たちの違いっていうのは、心の、気の持ちようって事なのか?

「それも一つの要素であるという程度に考えてくれて良い。気持ちを若く持っていれば見た目も若々しく保たれ、気持が老け込めば外見もそれ相応になる……しかしそれは絶対的な法則ではない。どれだけ若いつもりでいても病気になれば臓器はダメージを負うし、逆に加齢による体力や思考の衰えを理解する人間の方が寧ろ健康的という話もある。抵抗ブラッド粒子によるアンチエイジングなんてのは、誤差の範囲以上にはならないという訳だ」

 ――はぁ……。

 と、何となく納得した俺ではあるが、完全に理解したとは言い難い。概要だけをぼんやりと頭に入れたつもりになっている、それくらいであった。

 しかし、メンタルによるアンチエイジングというのは分からないではない。テレビに出ている芸能人なんかで、親が子供の頃からずっと一線で活躍している人は、昔の映像を見てもそんなに違いがないように思える。

 多分、若い頃に求められていた事を、歳をとった今でもやろうと考えるから――それにより自分に発生する利益が嬉しいのもあるだろうし――、昔も今も変わらないように感じるのではないか。

 又、美魔女だとか言って、年齢と外見にギャップのある女性も健康食品の通販のCMで見たりするが、彼女らも“若くあり続けたい”という思いでサプリや化粧品を選んでいるのだから、それも或る種の“気の持ちよう”であると言えばそうなのだろう。

 でも、それがリアライバルとどう関係するのだろうか。

 アンチエイジングと、あんな醜い怪物への変身は、俺の中では巧く像を結べなかった。

 ミライは説明を続けた。

「流動ブラッド粒子は過去から未来へ、という方向しかない。物質的存在の時間は不可逆だからな。しかし抵抗ブラッド粒子の作用に関わる心、思い……精神的物質と呼ばれるものだが、これは当然、現在から過去という一方向だけではなく、現在から未来という方向にも矢印を伸ばしている。その多様性も、力の弱さの理由かもしれないな」

 ミライは、細い矢印の反対側にも矢印を付けるよう、指で示した。



 ――それも、老化が早い原因になるのかな。

 若くありたいと思う人は、過去の若い自分に思いを馳せる事で、抵抗粒子の作用を増大させて老化を遅らせている訳だ。

 逆に未来の……これから先の事を考える人は、どうしたって老化は避けられないから抵抗粒子が流動粒子と同じ方向へ移動し始めて、老化スピードが早くなる。

 しかも、老化とは言うけど、若い内の細胞の入れ替えは成長と呼ばれる。早く大人になりたいと思う人間は成長が早くなる、という事もブラッド粒子の働きによっては起こり得るという訳だ。

「そういう事だが、続きはまた後で、だな」

 チャイムが鳴った。丁度、六組目のグループが終わった所であった。
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