重装クロスブラッド

石動天明

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第1話 クロスブラッド誕生

Part20 無意識の怪物

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 準備運動を終えて、男子約三〇人が一〇人弱の三つのチームに分けられた。
 そこで更に、二人から三人組を作り、ボールを使った練習をする。

 パス回しをやったり、ドリブルで何メートル進む事だったり、全員で並んでシュートをやったりする。

 俺も、ここまでは参加する。試合をやるとなると体力が持たないので、見学か、得点係をやる事が殆どである。それに、その事がなかったとしても、運動能力に於いて他の生徒から遥かに劣る俺は、チームに入られるのが嫌な厄介者であった。

 最初の三〇分くらいを準備運動とボール練習に使い、残りの時間は試合をやる。

 体育館は、男子がバスケをやるコートと、女子がバレーボールをやる側に、真ん中をネットで仕切っている。女子はこれに加えて、柱を立ててネットを掛けるが、これの準備に何人かの男子が駆り出されていた。

 チームは三つあるので、試合をする二つの他に余った一チームは、ラインマンだったりホイッスル係だったりをやる。最初に試合をするのは俺のチームだったので、俺は体育館の隅に腰を下ろして見学に徹する事にした。

 ミライの話にも集中出来る。

「妄想であれ何であれ、そこに思いがあるのなら、それは一種の実現した世界なんだよ。その妄想の中で、妄想された人間はそのように生きているんだ」

 ――じゃあ、俺が小説家になった世界というのも、あるのか?

「うん。それだけじゃない、漫画家だって映画監督だって、何なら野球やサッカーのプロスポーツ選手になった世界、俳優や歌手、政治家、警察官、宇宙飛行士……」

 ――それじゃあ、子供の夢だよ。小学生の発表会じゃないか。

「そうだな、これは過ぎた例えかもしれない。……ともあれ、抵抗ブラッド粒子はそういう妄想、想像力、又は夢、願望、希望なんかに反応して、そうした世界を作り出す事が出来る。過去に思いを馳せれば心は過去へゆき、未来や夢を見るのなら、その瞬間、その未来世界と夢世界でこれを実現する……」

 ――ソウルリバーサル現象は、その抵抗粒子の作用を、普段は流動粒子が作用している物質的存在……人間の身体に引き起こすって事なんだよな。じゃあ、それって……。

「願望を実現する事が、可能になる。この物質的存在の世界でね。無論、精神的物質と物質的存在とは性質が異なるし、そこに掛かる制限もある。形のない精神物質は縦軸横軸に無限の広がりを見せるが、物質的存在はそうもいかない。だからソウルリバーサル現象が発生し、肉体に抵抗ブラッド粒子が作用しても、他人から何らかの形で認められる事によって手に入れられるポジション、さっき言った小説家や宇宙飛行士なんかには、なれない」

 小説家は誰かに本を読まれ、それにお金を払う価値があると判断されなければ、叶わない夢だ。

 宇宙飛行士も、ロケットの操縦方法を学び、無重力空間での活動を前提とした訓練に耐えなければいけない。

 それは、他人から認められる事だ。

 幾ら絵を描くのが巧くたって、原稿を引き出しにしまいっ放しなら漫画家にはなれない。カラオケで音程をまともに取る事が出来ない人間でも、それが世間に受けて、発売したCDが飛ぶように売れれば歌手である。

 通常の抵抗ブラッド粒子による精神的な時間・世界跳躍に制限がないのは、それが個人の心の内側の問題であるからだ。しかしそれを物質世界で実現しようとなると、それを観測する他人の存在が必要不可欠なのである。

 二種類のブラッド粒子の位相が逆転し、その効果を発揮する対象が変化した……とすると。

「精神の形、心のありようが、肉体に表出する事になる……という訳だ」

 ――待って……待ってよ。それじゃあ……。

 あの、醜い怪物が。
 おぞましいクリーチャーが。

 ――あんなものが、あやちゃんの心の形だって言うのか……!?

 そんな事はあり得ない。

 百歩譲って……あやちゃんが、あんな怪物になってしまったとしよう。いや、これは俺の眼の前で起こった現象であるから、あれが幻覚でない――クロスピナーがそれを証明している――限りは、事実である。あやちゃんが、ミライがリアライバルと呼んだ怪物に変化した。

 しかしそれが、あやちゃんの心によるものであるとは、考えたくなかった。

 あやちゃんは、俺が知る中で一番、心の綺麗な人だ。
 身近な女性と比べてみれば、石川のように暴力的ではないし、杉浦先輩のようにひねくれた態度を取る訳でもない。

 清楚で純真で優しくておおらかな人なのだ。

「お前も相当イカれてるな」

“イカれてる”というのは、頭がおかしいという事ではなく、頭がおかしくなるくらい彼女の事を好きだという意味だ。

「その気持ちは分かるよ。お前が彼女にどれだけ良くして貰ったかは知っている。そして彼女の優しさは嘘じゃない。だけどな、彼女はそれだけの人間じゃない。彼女が心の中で本当は何を考えているのか、お前には分かっていない」

 ――そんな事ッ……!

「それはお前の、人を見る眼が曇っているからじゃない。誰だってそうなんだ。誰にも、他人の心の、本当の事なんか分かりっこないんだ。だからお前が彼女の事を分からないでいたって、それは恥ずかしい事でも間違った事でもないんだよ。ただ、人間同士が本当の本当に心の底から分かり合う事なんて出来ない、分かったような振りをするしかないんだという事は、頭に入れて置いて欲しいんだ」

 ――分かったような振り?

「人を理解しないという事じゃない。想像する事だ。そしてそれを押し付けず、例え間違っていても受け入れる事だ。心の解釈の押し付けは、妄想以上にはならないからな。お前には分かっているだろう、妄想は現実と完全に切り離していなければならない」

 ――そりゃ、まぁ、そうやっていたからね……。

 一瞬、ミライの言葉に熱くなって反論したくなった俺だったが、ミライが冷静に諭してくれたお陰で、俺も落ち着く事が出来た。

 俺はあやちゃんの事が好きだが、彼女の事を全て知っている訳ではない。仮にあやちゃんの全てを知ったとしても、その心の内側まで覗く事は出来ない。

 あやちゃんの心に触れるすべがあるとするなら、彼女の言葉や行動の端々と、それまで彼女と交流を続けて来た経験から、予測し、想像する他にはないのだ。

 その上で、それが俺の想像でしかない、俺の脳内と彼女の胸の奥に乖離が生じているであろう事を肝に銘じ、それでいて期待せず失望せぬように接さなければいけない。

 とは言え……ちょっと、ショックではある。あの怪物が、あやちゃんの心模様を写していたという事ならば、あの優しい彼女が一体何だったのだろうか……そういう気持ちを生じる事まで諦めろと言われてしまえば、何を思う事も出来ない。

「ま、そう腐るなよ。それに、あの姿が彼女の心の全部って訳じゃないさ。寧ろあれは、彼女の無意識が表出した姿であるとも考えられるし、あれが彼女の心だとして、お前にそれを感じさせないよう振る舞っていたのなら、それは彼女の精神力の強さでもある」

 ミライは、俺を慰めるような事を言った。

 さっきの世界五分前仮説にしても、俺の心の土台をがらがらと崩して置きながら、沈み込んだ俺の気持ちを引っ張り上げたり、支えたりする事を、きちんと考えているようだった。

 ――無意識、か。じゃあ、俺には分かりようがないな……。

「そうさ。それに、人間、多少はああいう、醜い気持ちを持っていた方が良いものだと、俺は思うね。その気持ちを醜い事、悪い事だと判断出来る心があるなら、その人間には善い心、美しい心が宿っている筈なんだ。そして悪を自分の中に閉じ込めて、善を行なおうという気持ちを持てるなら、それは素晴らしい人間性だという事にはならないかな」

 水清ければ魚棲まず……ってやつか。確かに、世の中には、それが正しいと信じて社会的に許されない行為をする人間がいる。何らかに偏った思想を持つテロリストなんかがそうだ。そういう人間は自分の行為を欠片も疑わず、平気で他人を傷付ける。

「そうそう」

 と、ミライは頷いた。

 あれ?

 今、ミライは“人の心は他人には分からない”という話をしていた筈だが……このミライは、俺の心を読んでいるような事をやっている。

 それはどういう……

「危ないッ!」

 その声は、不意に俺の耳を叩いた。
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