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第九章 野獣の饗宴
第九節 対峙~値段交渉
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“SHOCKER”の駐車場に、一台のオートバイが滑り込んで来た。
ライトやウィンカー、メーターなどは別だが、鋭利なフロントカウルから、スポークから、チェーンから、全てが黒で統一されたメガスポーツである。
黒いオートバイから、黒いライダーが降りる。
黒いヘルメットを持ち上げると、長い黒髪が現れた。
腰が括れた礼服を身に着けている。
下に着ているシャツも、黒かった。
折り目正しいスラックスも黒であり、裾からちらりと除くソックスも黒だ。
月が写り込む程に磨かれた革靴も、黒い。
ネクタイだけが、光沢を孕んだ蒼をしていた。
白い頬に、桜色の唇を持った少年だ。
蒼い瞳で、毒々しいアミューズメント施設を眺めながら、懐から取り出した蒼いリボンで黒髪をポニーテールに纏めた。
学生服から一転、礼服を葬儀にも結婚式にも相応しくないスタイルに着こなした青蓮院純である。
純はオートバイの荷台に取り付けたケースを開いた。
クッションに包まれて、五〇ミリ程度のスプレー缶くらいの大きさの筒と、拳銃から銃身を取り除いた、小振りなグリップだけのものを取り出した。
グリップの上端には、筒を通す事が出来る大きさの、一回り大きな筒が取り付けられている。これらを上着の陰に隠すように、ベルトの右側に引っ掛けた。
多少は膨らんで見えるのだが、片手をポケットに入れる振りをしていれば、目立たない。
純は、“SHOCKER”に向けて、歩き出した。
自動ドアを潜ると、正面に幅の広い階段が伸びている。
フロントには、一人の男が、暇そうにしている。一流ホテルのスタッフであれば大問題だが、ここは暴力団の事務所も兼ねている施設だ。
純は階段の横の案内板を暫し眺めてから、階段を上り始めた。
途中、何人かの人間とすれ違う。
町の半グレみたいな奴が、女を引っ掛けて外に遊びに行こうとしている姿が多かった。
しかしその連れの女が、すれ違った純に眼を奪われて、男から離れてゆこうとする。
男は女を引き留めるのだが、純の姿を見るとその気力が忽ち消え失せるのだ。
――あれには勝てない。
そんな気持ちが、またたく間に湧き上がって来て、自分にはその女を抱く資格もないのだとへたり込んでしまいたくなる。
純は施設の中を適当に歩いて、やがて四階の突き当りにある、バーの前にやって来た。
“コブラ”という名前の店である。
扉を開けて入り口を潜ると、皮膚を撫でるようなしっとりとしたジャズが流れている。
「いらっしゃいませ」
ギャルソンルックの男がやって来て、礼服の少年を迎えようとしたが、言葉を最後まで続ける事が出来なかった。その美貌に、見惚れてしまったからだ。
一歩前に出るだけで、揺れる濡れ羽色のポニーテールからフェロモンのようなものが醸し出されて、腰が砕けそうになるのだ。
扉から入って、一メートルくらいの通路を歩くと、段差になっている。右手に男女が一組座ったカウンターが伸びており、反対側は窓が開いていて中を見られるのだが、個室になっていた。個室は二つ、どちらも女と男が二人ずつ、いる。
カウンターの向こうに、二〇人くらいが詰め込まれたスペースがある。ガラスのローテーブルが四つあり、壁付けソファの反対側は、一人掛けの背もたれ付きソファが四つ、その間にスツールが同じ数置かれていた。
団体客用の席の横に、衝立がある。この先へゆくと、全面窓になっており、駐車場の反対、国道を行き交う車の軌跡を見下ろす事が出来た。
壁の左右に、一席ずつある。
L字の壁付きソファと、やはりガラスのローテーブル、一人掛けのソファ。
入り口から見て左手、個室の壁の裏側の席に、一人の男が腰掛けていた。
シャンパングラスに、ぱちぱちと気泡の弾ける酒を入れて、これを嗜んでいるのは、長い黒髪をした、革ジャン姿の男である。
銀縁の眼鏡を掛けている。
コンパニオンを一人も付けずに、田舎の面白みがない夜景を見下ろして、酒を飲んでいる。
純は、彼の向かいの席に腰掛けた。
「こんばんは」
「――女を付ける必要はないと、言った筈ですよ」
「残念ですね。僕はこれでも、男なんだ」
美貌の二人が、ローテーブルを挟んで対峙した。
「それは失礼。余りにも綺麗なお顔をしていたもので」
「良く言われるよ。……それより、訊きたい事があるんだけど」
「ほう……」
「“アンリミテッド”――貴方が売っているんだって?」
「これはこれは……お客さまでしたか。しかし生憎、私は……問屋、という立場でしてね」
蛟は、アヴァイヴァルティカという組織から、“アンリミテッド”を購入し、それを勝義会に流している。蛟が卸売業者で、勝義会が小売りという事になっていた。
「それと今の私は、ここの客分ですので、主人に話を通さないという訳にはいかないのですよ」
「僕は貴方から直接買いたいんだけどな」
「主人には、話を通しますよ。しかし、お金は持って来ているのですか? あれは子供の小遣いで買えるものではありません。……尤も、その服装を見るに貧乏とは無縁の生活を送っているようですが」
蛟がグラスを傾けた。
純は例の笑みを浮かべて、言った。
「値段は、貴方の生命という事でどうだろうか」
ライトやウィンカー、メーターなどは別だが、鋭利なフロントカウルから、スポークから、チェーンから、全てが黒で統一されたメガスポーツである。
黒いオートバイから、黒いライダーが降りる。
黒いヘルメットを持ち上げると、長い黒髪が現れた。
腰が括れた礼服を身に着けている。
下に着ているシャツも、黒かった。
折り目正しいスラックスも黒であり、裾からちらりと除くソックスも黒だ。
月が写り込む程に磨かれた革靴も、黒い。
ネクタイだけが、光沢を孕んだ蒼をしていた。
白い頬に、桜色の唇を持った少年だ。
蒼い瞳で、毒々しいアミューズメント施設を眺めながら、懐から取り出した蒼いリボンで黒髪をポニーテールに纏めた。
学生服から一転、礼服を葬儀にも結婚式にも相応しくないスタイルに着こなした青蓮院純である。
純はオートバイの荷台に取り付けたケースを開いた。
クッションに包まれて、五〇ミリ程度のスプレー缶くらいの大きさの筒と、拳銃から銃身を取り除いた、小振りなグリップだけのものを取り出した。
グリップの上端には、筒を通す事が出来る大きさの、一回り大きな筒が取り付けられている。これらを上着の陰に隠すように、ベルトの右側に引っ掛けた。
多少は膨らんで見えるのだが、片手をポケットに入れる振りをしていれば、目立たない。
純は、“SHOCKER”に向けて、歩き出した。
自動ドアを潜ると、正面に幅の広い階段が伸びている。
フロントには、一人の男が、暇そうにしている。一流ホテルのスタッフであれば大問題だが、ここは暴力団の事務所も兼ねている施設だ。
純は階段の横の案内板を暫し眺めてから、階段を上り始めた。
途中、何人かの人間とすれ違う。
町の半グレみたいな奴が、女を引っ掛けて外に遊びに行こうとしている姿が多かった。
しかしその連れの女が、すれ違った純に眼を奪われて、男から離れてゆこうとする。
男は女を引き留めるのだが、純の姿を見るとその気力が忽ち消え失せるのだ。
――あれには勝てない。
そんな気持ちが、またたく間に湧き上がって来て、自分にはその女を抱く資格もないのだとへたり込んでしまいたくなる。
純は施設の中を適当に歩いて、やがて四階の突き当りにある、バーの前にやって来た。
“コブラ”という名前の店である。
扉を開けて入り口を潜ると、皮膚を撫でるようなしっとりとしたジャズが流れている。
「いらっしゃいませ」
ギャルソンルックの男がやって来て、礼服の少年を迎えようとしたが、言葉を最後まで続ける事が出来なかった。その美貌に、見惚れてしまったからだ。
一歩前に出るだけで、揺れる濡れ羽色のポニーテールからフェロモンのようなものが醸し出されて、腰が砕けそうになるのだ。
扉から入って、一メートルくらいの通路を歩くと、段差になっている。右手に男女が一組座ったカウンターが伸びており、反対側は窓が開いていて中を見られるのだが、個室になっていた。個室は二つ、どちらも女と男が二人ずつ、いる。
カウンターの向こうに、二〇人くらいが詰め込まれたスペースがある。ガラスのローテーブルが四つあり、壁付けソファの反対側は、一人掛けの背もたれ付きソファが四つ、その間にスツールが同じ数置かれていた。
団体客用の席の横に、衝立がある。この先へゆくと、全面窓になっており、駐車場の反対、国道を行き交う車の軌跡を見下ろす事が出来た。
壁の左右に、一席ずつある。
L字の壁付きソファと、やはりガラスのローテーブル、一人掛けのソファ。
入り口から見て左手、個室の壁の裏側の席に、一人の男が腰掛けていた。
シャンパングラスに、ぱちぱちと気泡の弾ける酒を入れて、これを嗜んでいるのは、長い黒髪をした、革ジャン姿の男である。
銀縁の眼鏡を掛けている。
コンパニオンを一人も付けずに、田舎の面白みがない夜景を見下ろして、酒を飲んでいる。
純は、彼の向かいの席に腰掛けた。
「こんばんは」
「――女を付ける必要はないと、言った筈ですよ」
「残念ですね。僕はこれでも、男なんだ」
美貌の二人が、ローテーブルを挟んで対峙した。
「それは失礼。余りにも綺麗なお顔をしていたもので」
「良く言われるよ。……それより、訊きたい事があるんだけど」
「ほう……」
「“アンリミテッド”――貴方が売っているんだって?」
「これはこれは……お客さまでしたか。しかし生憎、私は……問屋、という立場でしてね」
蛟は、アヴァイヴァルティカという組織から、“アンリミテッド”を購入し、それを勝義会に流している。蛟が卸売業者で、勝義会が小売りという事になっていた。
「それと今の私は、ここの客分ですので、主人に話を通さないという訳にはいかないのですよ」
「僕は貴方から直接買いたいんだけどな」
「主人には、話を通しますよ。しかし、お金は持って来ているのですか? あれは子供の小遣いで買えるものではありません。……尤も、その服装を見るに貧乏とは無縁の生活を送っているようですが」
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純は例の笑みを浮かべて、言った。
「値段は、貴方の生命という事でどうだろうか」
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