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第8話 不安と提案
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その日のギルドは、朝から重苦しい空気に包まれていた。数日前から行方不明になっていたベテラン冒険者パーティーの捜索隊が、まさに今、出発しようとしていた。
カウンター越しに、厳重な装備を身につけた冒険者たちが、厳しい表情で互いに言葉を交わしているのが見える。彼らの顔には、この依頼の危険度が色濃く表れていた。
私はただ、静かにその様子を見守る。冒険者の失踪、そして捜索隊の出発。これは、ギルドで働いていれば幾度も目にすることだが、そのたびに私の心には、冷たい予感が広がった。
特に今日は、胸の奥で燻る不安が、いつもよりずっと大きい。
「……ルーシャさん」
隣にいたセシリアが、心配そうな顔で私の名を呼んだ。私も彼女も、この光景が持つ意味をよく理解している。行方不明になった冒険者の末路が、多くの場合、悲劇で終わることを。そして、捜索隊の出発は、その悲劇を確信しているに等しかった。
その時、ふと、ロイドの顔が頭をよぎった。彼もいつか、こんな高難度の依頼を受ける日が来るのだろうか。
いや、いずれ来るに違いない。冒険者として名を上げるには、危険を冒し、困難な依頼に挑むしかないのだから。
私はその日の午後、いつもより念入りに依頼掲示板のチェックをしていた。ロイドが次にどんな依頼を選ぶのか、無意識のうちに気にしている自分がいた。
彼がもし、安易に危険な依頼に手を出したら?
彼の無垢な笑顔が、一瞬にして消え去ってしまうかもしれない。その想像が、私の心臓を激しく打ち鳴らす。
「これ、お願いします」
午後の遅い時間、ロイドがカウンターにやってきた。手にしていたのは、やはり比較的安全な採取系の依頼だった。内心ホッと息をついたのも束の間、彼の言葉が私を捉えた。
「最近、僕も少しずつ、パーティーを組むことも考えた方がいいのかな、って思うようになってきました」
ロイドは少し照れたように言った。その言葉に、私の心に安堵と期待が同時に押し寄せた。パーティーを組む。それは冒険者として一歩前進する証であり、彼が一人ではないという事実は、何よりも私を安心させた。
「それは、良い考えだと思いますよ」
私は声を弾ませて答えた。彼の安全を願う気持ちが、この言葉を後押しする。
「一人で活動するよりも、パーティーを組んだ方が、安全面でも、依頼の効率でも、有利ですよ。特に、ロイドさんのような駆け出しの方には、経験豊富な仲間がいることは、何よりの助けになります」
そうは言っても、彼がどんなパーティーに入るのか、どんな仲間と組むのか、不安が拭えない。もし、彼が悪質なパーティーに巻き込まれたら? あるいは、無謀な仲間と組んで、命を落とすようなことになったら? そんな想像が、瞬く間に私の頭の中を駆け巡った。
そして、その時、ある考えが閃いた。まるで、光が差し込んだようだった。
「あの、ロイドさん」
私は、いつもより少しだけ真剣な声で彼に呼びかけた。彼は、私の視線に気づき、不思議そうに首を傾げる。
「もし、まだパーティーが決まっていないなら、私の……その、私が信頼してる冒険者たちと、一度会ってみませんか?」
言葉を発しながら、私の頬が熱くなるのを感じた。これは、紛れもなく個人的な感情から出た提案だ。受付嬢として、こんなことを言ってはいけない。冒険者の自主性を一義とするギルドの規則にも反するかもしれない。
でも、もう止めることはできなかった。彼の安全のためなら、このくらいのリスク、何でもない。
ロイドは、私の突然の提案に、目を丸くして驚いていた。
「え、ルーシャさんの……知り合いの方ですか?」
少し戸惑った様子で問い返す彼の顔に、私の心はざわつく。不審に思われただろうか。余計なお世話だと思われただろうか。
「ええ。昔からの顔見知りで、信頼できるベテランの冒険者さんたちです。
彼らなら、ロイドさんのことをきちんと見てくれると思いますし、安全な依頼から、色々なことを教えてくれるはずです。
もちろん、無理にとは言いません。ただ、もし良ければ、選択肢の一つとして考えてみてください」
私は言葉を選びながら、必死で提案の正当性を伝えようとした。彼を危険から遠ざけ、できることなら私の目の届く範囲に置いておきたい――そんな独占的な感情が、どうか声に、表情に滲み出ていないかと、心臓が痛むほどだった。
ロイドは、私の言葉を聞き終えると、少し考え込むように視線を落とした。そして、ゆっくりと顔を上げた彼の目に、感謝の色が浮かんでいるのを見て、私は安堵した。
「……ありがとうございます、ルーシャさん。僕のために、そこまで考えてくださって……本当に嬉しいです」
彼の素直な感謝の言葉は、私の心を温かく満たした。彼の役に立てたこと、彼が私の好意を受け入れてくれたことに、深い喜びを感じた。
「まだ駆け出しの僕が、いきなりベテランの方々と組むのは、ちょっと恐れ多い気もしますけど……でも、ルーシャさんが信頼できる方々なら、ぜひ考えてみたいです」
彼は少し照れたように微笑んだ。
「今はまだ、ルーシャさんが教えてくださった通り、比較的安全な依頼を一人でこなして、少しずつ慣れていこうと思っています。でも、もし、もう少し難しい依頼に挑戦するようになったら、その時は、ぜひ相談させてください」
ロイドの言葉は、私の期待通りではなかった。すぐにでも私の用意した安全な場所に来てほしい、という願いは叶わなかったのだ。しかし、彼の言葉は、彼の誠実さと、自分のペースを大切にする慎重さを表していた。それが、彼らしい、とも思えた。
「ええ、いつでも相談してください。私はいつでも、ロイドさんの力になりますから」
私は精一杯の笑顔で、そう答えた。この言葉には、受付嬢としての義務感だけでなく、彼への個人的な感情が多分に含まれていた。
彼が、私の言葉をどう受け止めたのかは分からない。だが、彼は、私の言葉に安心したように、深く頷いた。
ロイドは、依頼書を手にギルドの扉へと向かった。その後ろ姿を見送りながら、私の心は複雑な感情で満たされていた。
完全に彼を守り切れたわけではない。けれど、少なくとも、彼の安全を願う私の気持ちは伝わったはずだ。そして、彼は、私の提案を「考えてみる」と言ってくれた。
この小さな一歩が、彼との関係をさらに深めるきっかけになるだろうか。私の心は、不安と期待の間で揺れ動いていた。
だが、彼を危険から遠ざけたいという焦がれるような思いは、もう誰にも止められない。
私は、彼の未来のために、何でもしてあげたい。
そんな強い決意が、私の心の中で確かな形を取り始めていた。
――――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございます!
次回の第9話「葛藤と渇望」は明日9時頃更新です。
どうぞお楽しみに!
カウンター越しに、厳重な装備を身につけた冒険者たちが、厳しい表情で互いに言葉を交わしているのが見える。彼らの顔には、この依頼の危険度が色濃く表れていた。
私はただ、静かにその様子を見守る。冒険者の失踪、そして捜索隊の出発。これは、ギルドで働いていれば幾度も目にすることだが、そのたびに私の心には、冷たい予感が広がった。
特に今日は、胸の奥で燻る不安が、いつもよりずっと大きい。
「……ルーシャさん」
隣にいたセシリアが、心配そうな顔で私の名を呼んだ。私も彼女も、この光景が持つ意味をよく理解している。行方不明になった冒険者の末路が、多くの場合、悲劇で終わることを。そして、捜索隊の出発は、その悲劇を確信しているに等しかった。
その時、ふと、ロイドの顔が頭をよぎった。彼もいつか、こんな高難度の依頼を受ける日が来るのだろうか。
いや、いずれ来るに違いない。冒険者として名を上げるには、危険を冒し、困難な依頼に挑むしかないのだから。
私はその日の午後、いつもより念入りに依頼掲示板のチェックをしていた。ロイドが次にどんな依頼を選ぶのか、無意識のうちに気にしている自分がいた。
彼がもし、安易に危険な依頼に手を出したら?
彼の無垢な笑顔が、一瞬にして消え去ってしまうかもしれない。その想像が、私の心臓を激しく打ち鳴らす。
「これ、お願いします」
午後の遅い時間、ロイドがカウンターにやってきた。手にしていたのは、やはり比較的安全な採取系の依頼だった。内心ホッと息をついたのも束の間、彼の言葉が私を捉えた。
「最近、僕も少しずつ、パーティーを組むことも考えた方がいいのかな、って思うようになってきました」
ロイドは少し照れたように言った。その言葉に、私の心に安堵と期待が同時に押し寄せた。パーティーを組む。それは冒険者として一歩前進する証であり、彼が一人ではないという事実は、何よりも私を安心させた。
「それは、良い考えだと思いますよ」
私は声を弾ませて答えた。彼の安全を願う気持ちが、この言葉を後押しする。
「一人で活動するよりも、パーティーを組んだ方が、安全面でも、依頼の効率でも、有利ですよ。特に、ロイドさんのような駆け出しの方には、経験豊富な仲間がいることは、何よりの助けになります」
そうは言っても、彼がどんなパーティーに入るのか、どんな仲間と組むのか、不安が拭えない。もし、彼が悪質なパーティーに巻き込まれたら? あるいは、無謀な仲間と組んで、命を落とすようなことになったら? そんな想像が、瞬く間に私の頭の中を駆け巡った。
そして、その時、ある考えが閃いた。まるで、光が差し込んだようだった。
「あの、ロイドさん」
私は、いつもより少しだけ真剣な声で彼に呼びかけた。彼は、私の視線に気づき、不思議そうに首を傾げる。
「もし、まだパーティーが決まっていないなら、私の……その、私が信頼してる冒険者たちと、一度会ってみませんか?」
言葉を発しながら、私の頬が熱くなるのを感じた。これは、紛れもなく個人的な感情から出た提案だ。受付嬢として、こんなことを言ってはいけない。冒険者の自主性を一義とするギルドの規則にも反するかもしれない。
でも、もう止めることはできなかった。彼の安全のためなら、このくらいのリスク、何でもない。
ロイドは、私の突然の提案に、目を丸くして驚いていた。
「え、ルーシャさんの……知り合いの方ですか?」
少し戸惑った様子で問い返す彼の顔に、私の心はざわつく。不審に思われただろうか。余計なお世話だと思われただろうか。
「ええ。昔からの顔見知りで、信頼できるベテランの冒険者さんたちです。
彼らなら、ロイドさんのことをきちんと見てくれると思いますし、安全な依頼から、色々なことを教えてくれるはずです。
もちろん、無理にとは言いません。ただ、もし良ければ、選択肢の一つとして考えてみてください」
私は言葉を選びながら、必死で提案の正当性を伝えようとした。彼を危険から遠ざけ、できることなら私の目の届く範囲に置いておきたい――そんな独占的な感情が、どうか声に、表情に滲み出ていないかと、心臓が痛むほどだった。
ロイドは、私の言葉を聞き終えると、少し考え込むように視線を落とした。そして、ゆっくりと顔を上げた彼の目に、感謝の色が浮かんでいるのを見て、私は安堵した。
「……ありがとうございます、ルーシャさん。僕のために、そこまで考えてくださって……本当に嬉しいです」
彼の素直な感謝の言葉は、私の心を温かく満たした。彼の役に立てたこと、彼が私の好意を受け入れてくれたことに、深い喜びを感じた。
「まだ駆け出しの僕が、いきなりベテランの方々と組むのは、ちょっと恐れ多い気もしますけど……でも、ルーシャさんが信頼できる方々なら、ぜひ考えてみたいです」
彼は少し照れたように微笑んだ。
「今はまだ、ルーシャさんが教えてくださった通り、比較的安全な依頼を一人でこなして、少しずつ慣れていこうと思っています。でも、もし、もう少し難しい依頼に挑戦するようになったら、その時は、ぜひ相談させてください」
ロイドの言葉は、私の期待通りではなかった。すぐにでも私の用意した安全な場所に来てほしい、という願いは叶わなかったのだ。しかし、彼の言葉は、彼の誠実さと、自分のペースを大切にする慎重さを表していた。それが、彼らしい、とも思えた。
「ええ、いつでも相談してください。私はいつでも、ロイドさんの力になりますから」
私は精一杯の笑顔で、そう答えた。この言葉には、受付嬢としての義務感だけでなく、彼への個人的な感情が多分に含まれていた。
彼が、私の言葉をどう受け止めたのかは分からない。だが、彼は、私の言葉に安心したように、深く頷いた。
ロイドは、依頼書を手にギルドの扉へと向かった。その後ろ姿を見送りながら、私の心は複雑な感情で満たされていた。
完全に彼を守り切れたわけではない。けれど、少なくとも、彼の安全を願う私の気持ちは伝わったはずだ。そして、彼は、私の提案を「考えてみる」と言ってくれた。
この小さな一歩が、彼との関係をさらに深めるきっかけになるだろうか。私の心は、不安と期待の間で揺れ動いていた。
だが、彼を危険から遠ざけたいという焦がれるような思いは、もう誰にも止められない。
私は、彼の未来のために、何でもしてあげたい。
そんな強い決意が、私の心の中で確かな形を取り始めていた。
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どうぞお楽しみに!
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