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27話
しおりを挟む夢を見ている。
もう少しで覚醒しそうでまだ空想の中をたゆたっている、夢と現実の境目にいるふわふわとしたとき、美琴は鎮座する巨大なりんごの姿をしていた。
赤くつややかな皮の中には甘い実がみずみずしく詰まっている。すべての人を唸らせることのできるとてもおいしい特別なりんご。
やがてそこへナイフを掴んだ青白い手が現れ、勢いにまかせて果実に刃を突き立てる。食べる目的ではなく、芯にたどりつくためだけにただその実を削いでいく。やめて。りんごなのに意思があるらしい美琴は、はっきりとそう思う。しかし手は削るのをやめない。りんごには目がないので涙は流れないけれど、心は悲痛に叫んでいる。やめて。だれかたすけて。
その残酷な手の持ち主はずっと、カナタや、外界のすべてが形を成したものだと思っていた。しかしどうやら違ったらしい。
大きなりんごは自分の心。それはずっとわかっていた。そしていま新しくわかったこと。
削り取る白い手は、自分自身のものだ。
美琴は自分で自分の心を今日も傷つける。
◇
『△△銀行に立てこもった犯人は、本日朝6時、突入した警官によって取り押さえられました』
ぼーっとテレビの画面を見つめる。ふたつ隣の県で、人質をとった立てこもり事件が起きていたらしい。
近頃のカナタは昼間美琴が退屈しないよう、テレビを見る許しを出してくれていた。でももとから習慣がなかったので、ほとんど見ることなく今日になった。
虫の知らせというものは、もしかしたら本当にあるのかもしれない。
その日美琴は、なんとなくテレビをつけてなんとなくチャンネルをまわし、なんとなくそのニュースを見た。見てしまった。
事件の概要が流れたあと、コメンテーターのメガネをかけた七三分けの男が、真面目な顔をしてアナウンサーの女性と対話している。
同じメガネでもカナタのとはだいぶデザインが違っているなあ、などと、呑気なことを考えた。
『今回の事件では、人質として監禁されていた被害者の方が、犯人の犯行の手助けをしたこと、犯人を減刑にしてくれと訴えていることが話題になっていますが、どのようにお考えですか?』
化粧の薄いはっきりとした顔立ちのアナウンサーが、メガネの男に尋ねる。
『これは心理的な問題ですね。ストックホルム症候群と呼ばれています』
『そのストックホルム症候群とは一体なんでしょう』
『極度の緊張と異常な環境の中で、人質が犯人との間に精神的なつながりを見出すことを指します。これは一種の信頼関係であり、時に愛情にまで変わることがある』
その言葉を聞いた途端、美琴は動揺した。テレビの向こうから、まるで自分に向けてその言葉を投げかけられているように感じた。
極度の緊張と異常な環境。
精神的なつながり。
信頼関係が、愛情に変わる。
それ以上なにも聞きたくなくて、とっさにテレビの電源を落としていた。心臓がばくばくする。
私は普通にカナタに恋をしただけだ。そうわかっているのに後ろめたさが残る。
自分以外にも同じような人がいると知ってしまったから?
どうしてこんなに動揺しているのだろう。
「……そういう人も、いるんだ」
口に出して言ってみた。弱々しい声が出た。
「そういう人もいるんだなぁ」
あくまで他人事だと言い聞かせるように、もう一度繰り返す。今度はお腹に力を入れて、いつものようにしっかりと発声することができた。
コメンテーターの言う精神的なつながりというのは、つまるところ、偽物なのだろうか。
異質な時間の中で生まれた、偽物の感情なのだろうか?
信じて来たものを否定された気持ちになって泣きたくなる。
きっかけなんてなんだっていい、そこに芽生えた気持ちは本物だと、だれかに立証して欲しかった。
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