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36話
しおりを挟む夜になった。カナタはベッドにうずくまって眠っている。
起こさないように気をつけながら冷えピタを貼り替えた。熱で朦朧としているのか、時折寝ぼけて美琴の名前を呼ぶので、そのたびに返事をしたり、冷やしたタオルで汗を拭ってあげたりした。
逃げ出せる状況なのにこの部屋にとどまって、私はなにをしているんだろう。美琴はため息をつく。
自ら出ていこうとしたくせに矛盾している。いったい自分はこの関係をどうしたいのか。
カナタと同じ部屋にいるのに、まるで世界中でひとりきりになったような心細さで、いつまでも考えていた。
◆
カナタがしっかりと起きたのは夜中の二時だった。
「うーん……」
くぐもった声をあげて寝返りを打ったあと、暗闇で上体を起こしたのが見えた。悶々と考え込んでしまって眠れなかった美琴は今、部屋の隅で座り込んでいる。カナタは二度と目覚めないんじゃないかと思うほど深く眠っていたので、しっかり覚醒したことにほっとしてもいた。
「目が覚めた?具合はどうかな」
「うん、だいぶ頭がすっきりしてる感じがする」
「なにも食べてないしお腹すいたんじゃない?おかゆ作ろうか」
「……シャワー浴びたい」
「あんまり良くない気がするけど、汗を流したいよね。熱測って、下がってたら、いいかな」
そう言うとカナタは無言でテーブルの上の体温計を手に取り、脇の下に挟んだ。
やがてピピピと電子音が鳴る。
「……36.8」
「よかった!熱、下がったね」
「シャワー浴びてくる」
寝起きだからか、それとも帰宅したときのことを意識しているせいか、そっけない返事をしてカナタは浴室に向かってしまった。美琴の口の中に苦いものが広がる。
(やっぱり聞こえてた……よね)
ーーカナタはいまどんな気持ちなんだろう。私が、実は逃げ出そうとしていたことを知って。
◆
浴室で水が流れる音をぼんやりと聴きながら、唐突に思い至った。これまで聞こえていた昼間の足音はすべて、カナタのものだったということに。
思えば、なぜ足音はいつも夜ではなく昼間に聞こえていたのか?
それはカナタが昼休みにわざわざ会社を出て、ここに帰ってきていたからなのではないか。
足音の主であるだれかはいつもこの部屋の前で足を止め、まるで室内の音を聞き分けようとするみたいに、静かに様子を伺っていた。
仕事へ行ったはずのカナタが、一体なんのためにそんなことを?
なんのために。
……私を見張るため?
美琴の身体にさっと鳥肌が立ったところで、浴室のドアが開いた。下着だけを身につけたカナタが無造作に髪を拭きながら、無表情でこちらに歩いてくる。
濡れて筋になった髪の毛から、ぽたぽたと水滴が落ちた。
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