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2LDKで君と
しおりを挟む最近、仕事が死ぬほど忙しい。俺は広告やカタログを製作するデザイン系の会社に勤めているのだが、ここ最近は発注が増えて毎日遅くまで仕事をしている。帰りが24時を過ぎることもしばしばだ。
残業とはいっても、普通に21時や22時に家に帰れていた頃が懐かしい。ほんの少し前だというのに、もう二度と帰ってこない日常のように思える。この繁忙期にこの程度で弱音を吐いていたら、同業他社の方に怒られそうだけど。
今日は貸切状態の喫煙所で、俺はため息をついた。それにしても。
こんなに疲れているのに、週末あいつの家に行くのかよ……。
そう思うと心底萎えたが、そこには猫がいる、俺は猫に癒されに行くのだと気持ちを奮い立たせ、煙を肺に深く吸い込む。
別にスバルに会うのが嫌なわけではない。何をおいても休みたい現状で、あいつのハイテンションに付き合うのはちょっとげんなりするな、というだけのことだ。
でも約束してしまったものは仕方がない。仕事に忙殺されているうち、あっという間に週末がやってくる。
◆
ふたつ隣の駅で降りるのは初めてだった。日曜日の午後なのでやたらに人が多い。でも最寄り駅まで俺の家から徒歩10分、そこから約5分電車に乗ってもう着いてしまうことを考えると、訪ねるのには近くて良いなと思う。
「いや、何が良いんだよ」
思わず独り言など呟いてしまった。
己の意味不明な思考を慌てて取り消す。いまのはどこか、今日一度のみならず、まるで今日以外にも来ることがあるから便利だとでもいうような意味に感じた。疲れが残っているのだ、たぶん。
俺たちは駅の目の前にある、二階にチェーン店のカフェが入ったビルの前で待ち合わせている。スバルはまだ来ていない。
ビルを背に突っ立って、行き交う人の流れをぼんやり見ていたら、その中から見知った顔が現れた。
「優也くん、おはよ!」
「おう」
今日のスバルは前髪を上げて、部屋着に近いゆるっとした服を着ている。俺もジーンズにパーカーという気を抜きまくりの休日ファッションなため、ああ日曜日だなあとこんなところで実感してしまった。
「優也くん、お昼まだでしょ?今日は僕の家で適当に食べようよ」
「うん、まだ。ありがとう」
素直にお礼を言うと、スバルは驚いた顔をした。
「なんか、いつもより優しい感じがする…!」
「優しいか?疲れてるからかもな。今週残業で、帰るのが毎日24時過ぎてさあ」
「まじで?頑張りすぎで心配だよ」
「ホント、休憩行く暇もなくて、めちゃくちゃ参ってて……」
待て、なんか愚痴っぽいぞ。仕事に疲れ弱っているところを彼女に見せて慰めてもらっている俺、という構図がふと頭をよぎり、心外すぎて速攻で口をつぐんだ。
「そんなことはどうでもいいんだよ。早く行こう」
「あー、猫目当てで急かしてるな!」
「もちろん猫目当てだよ」
示された方向に並んで歩き出しながら、来るまではだるかったけど、なんだかんだで会ってしまえば苦痛じゃないなと思い直していた。こいつの気さくな雰囲気ゆえかもしれない。
スバルは横顔に嬉しさを滲ませながら、小さく呟いた。
「…でも、そんな疲れてる中ほんとに来てくれたのって、なんか嬉しいな」
「いや、そりゃあ来るだろ。約束したし」
改めて言われると気恥ずかしい。きっと毎日楽しみにしていたであろうスバルに、本当は嫌々来たなんて言えるはずもない。
「その約束、ちゃんと守ってくれたことが嬉しいんだろー」
弾むような声で言うので、まあ、ちゃんと来て良かったなと俺も思った。
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