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第27話 逃げろ
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~織原朔真視点~
僕は廊下を走る。首を後ろに回して振り返った。先輩達が僕を追いかけてくる。僕は視線を戻し、廊下を再び駆けた。
廊下の左側に階段が見える。
僕は小刻みにステップを踏み、減速しながら曲がる。階段を2段飛ばしで駆けおりた。残り10段くらいになるとそこから一気に飛び降りる。
踊り場に重たい音が響くと同時に両かかとに鈍い痛みが走る。今はその痛みを堪え、手すりを掴んで腕の力を使い、もう一度互い違いに織り成しながら構成されている階段を同じようにして降りた。それを同じ要領で繰り返し一番下の階を目指す。
2階のフロア表示が見えた。あと少しだ。1階へつけば外へ出る。そうすれば逃げ道は無限に広がる。自分の逃走経路を想像しながら最後の階段を一気に飛び降りた僕だが、空中で息を飲んだ。
着地地点に何故だか水溜まりが出来ていたのだ。僕の思考回路が超速で動く。全てがスローモーションに見えた。今は掃除の時間。ひっくり返ったバケツに、モップを握っている女子生徒が僕にビックリしたような視線を向けている。そして僕の思考回路は答えを示す。
──あぁこれ滑って、こけるわ……
予測通り僕は滑って転んだ。最近よく転ぶ。ズボンが水で濡れて嫌な感触が下半身に伝わる。モップを握っている女子生徒が申し訳なさそうに僕を見ていた。しかし、ドタドタと聞こえる荒々しい足音に僕と女子生徒は身体をビクリとさせた。
階段の上に先輩達がやって来る。追い付いてきたのだ。
僕は立ち上がろうとするが、上手く身体が動かない。水溜まりをバシャバシャとさせるだけにとどまった。その間に先輩の1人が階段を飛び降り、そのままの勢いで上履きの底を僕の顔面にめり込ませた。
「ぅう“ぉ“!!」
既に体育の時間で傷ついた僕の顔面を彼は的確に当ててきた。鼻がツーンとするような痛み、それに連動するように涙が出始めた。僕に飛び蹴りを入れた先輩は着地を上手く決められず水溜まりに落ちた。もう1人の先輩は階段をかけ降りる。
──早く逃げないと……
僕は痛みに堪えながらそう思ったが、ここで助け船が渡される。
「先生こっちです!!」
聞き覚えのある女子生徒の声がした。その声に反応した先輩達は、一目散にこの場を離れた。
「やべ!」
「逃げるぞ!」
僕は助かったと思いホッとした。そして先生を呼んだ張本人と思われる女子生徒が近寄ってきた。
僕と同じクラスの一ノ瀬愛美さん。通称マナティだ。
一ノ瀬さんは僕の腕を掴み、水溜まりから引き上げる。その際、水溜まりに写る自分と目があった。目元が髪で隠れた冴えない織原朔真がそこにいた。そして先輩達の逃げた方向とは反対の廊下へと一ノ瀬さんは僕を避難させる。モップを持った女子生徒には軽く会釈していた。
「大丈夫?」
一ノ瀬さんは僕に優しく語りかけた。
僕は俯きながら頷く。そして、先生が一向に現れないことに違和感を抱き、キョロキョロと辺りを見回した。
「あ、先生は呼んでないよ!流石に先生を呼ぶ時間はなくてさ」
流石生徒会。機転の利いた上手いやり方だ。しかしそれがブラフとわかれば危険を伴う。彼女の強さを僕は感じずにはいられなかった。
僕は一ノ瀬さんにお礼を言いたい。だが、上手く声がでなかった。僕があたふたしていると、彼女は僕に話し掛けた。
「どうしたの?」
「…ぁ…ぁの……」
やはり上手く声が出ない。先程僕を乗っ取ったエドヴァルドから普段の僕へと変換されたのだ。
一ノ瀬さんは僕を急かすことなく、待ってくれている。僕は落ち着きを次第に取り戻し、言葉を口にする。
「…ぇっと、その……あ、ありがとうございます……助けてくれて……」
一ノ瀬さんは僕に満面の笑みを向けて言った。
「どういたしまして!」
彼女はそう言うと、楽しげに話し掛けた。
「本当にどこも痛くない?」
僕は頷くと、彼女はそっか♪︎と言って、別れを告げてきた。
「じゃあ私これから塾があるから、また明日ね!!」
ステップを踏みながら、廊下を進む一ノ瀬さんは、僕の方を振り向くと笑顔を向けて手を振ってきた。
僕も振り返す。彼女が見えなくなるまで僕は手をずっと振っていた。
「いっってぇぇぇ!!もっと優しくしろよ……」
僕は痛みに涙しながら妹の萌に言った。萌は僕の顔に絆創膏を貼る。
「このくらい我慢しなさい♪︎」
あの後、顔面にドロップキックを食らった直後、確かに痛くはなかった。アドレナリンが出て痛みを和らげていたのだ。一ノ瀬さんの笑顔を思い出しながらの帰り道、麻酔が切れたかのように顔面がヒリヒリし始めたのだ。
「はぁ~」
そして冷静になって色々と思い返すと僕はため息をついた。
──あぁ、一ノ瀬さんに格好悪いところを見せちゃったな。
「どうしたの?」
萌は尋ねてきた。
「一ノ瀬さんに格好悪いところ見せちゃったからさ……」
「はぁ?誰ソイツ?」
「ソイツって!一ノ瀬さんは僕を助けてくれたんだぞ!!」
「あっそ」
萌は急に機嫌が悪くなったのか救急箱の蓋を乱暴に閉める。
「さ、配信の時間でしょ?」
「配信かぁ……」
「どうしたの?」
僕はもう一つの悩みを萌に打ち明けた。
「ん~……なんかさ、今日のこの傷もそうなんだけど、最近お前の創ったエドヴァルドが俺の人格に乗り移ってくる感じがしてさ」
僕がVチューバーとして操るキャラ、エドヴァルドは妹の萌が描いたキャラクターだ。そこに僕の声が乗っかって完成となるわけだが、萌的にはそのキャラの設定が色々とあるらしい。
初めの頃は、この子はそんなこと言わないとか、もっと考えて発言してなどと言われることも多々あったが、今は僕もエドヴァルドの性格が少しずつわかってきて萌に文句を言われることはあまりなくなった。
──というか子供の頃の僕に似ている節がある。そんなことを言うと、萌に怒られそうだけど……
まぁ、子供の頃と言っても殆どの人が同じような経験をしているだろう。自由に遊んで、自由に発言する。それが成長するにつれて少しずつだが、成りを潜め始める。そして何かに縛られながら自由であろうと望むようになるのだ。
エドヴァルドは妹と僕がもつ理想だ。自由に発言し、自由に振る舞う。
Vチューバーをキャラクターとしてプロデュースすると失敗する、なんてことは最近よく言われている。中の人の素の部分をそのまま出すのが最近のトレンドではある。
萌は僕に、ああしろこうしろと色々とうるさかったが、彼女の合格基準を満たしたのか最近は何も言ってこない。それこそ、エドヴァルドが僕に乗り移っていくのを萌が最もよく感じているのかもしれない。
「へぇ~、で?」
「興味なしかい!!」
僕がツッコミを入れると萌は笑い始めた。
「お兄ちゃんがエドになってから、そうやってツッコんだり、笑ったり、よく喋ったりするようになったんだよ?」
僕は呆気にとられた。
「そうだっけ?」
なるほど、僕はエドヴァルドの恩恵を受けると共にその対価として今回の出来事が起きたというわけか。僕はとある漫画の錬金術師を想像した。
萌には良いことのように言われたが、僕はまだ心のどこかで引っ掛かりを覚える。
このままエドヴァルドとして配信をしていてもよいのだろうか。
──これからコラボ配信とかで忙しくなるっていうのに……
そんな想いを抱きながら配信の手順を行った。
僕は廊下を走る。首を後ろに回して振り返った。先輩達が僕を追いかけてくる。僕は視線を戻し、廊下を再び駆けた。
廊下の左側に階段が見える。
僕は小刻みにステップを踏み、減速しながら曲がる。階段を2段飛ばしで駆けおりた。残り10段くらいになるとそこから一気に飛び降りる。
踊り場に重たい音が響くと同時に両かかとに鈍い痛みが走る。今はその痛みを堪え、手すりを掴んで腕の力を使い、もう一度互い違いに織り成しながら構成されている階段を同じようにして降りた。それを同じ要領で繰り返し一番下の階を目指す。
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着地地点に何故だか水溜まりが出来ていたのだ。僕の思考回路が超速で動く。全てがスローモーションに見えた。今は掃除の時間。ひっくり返ったバケツに、モップを握っている女子生徒が僕にビックリしたような視線を向けている。そして僕の思考回路は答えを示す。
──あぁこれ滑って、こけるわ……
予測通り僕は滑って転んだ。最近よく転ぶ。ズボンが水で濡れて嫌な感触が下半身に伝わる。モップを握っている女子生徒が申し訳なさそうに僕を見ていた。しかし、ドタドタと聞こえる荒々しい足音に僕と女子生徒は身体をビクリとさせた。
階段の上に先輩達がやって来る。追い付いてきたのだ。
僕は立ち上がろうとするが、上手く身体が動かない。水溜まりをバシャバシャとさせるだけにとどまった。その間に先輩の1人が階段を飛び降り、そのままの勢いで上履きの底を僕の顔面にめり込ませた。
「ぅう“ぉ“!!」
既に体育の時間で傷ついた僕の顔面を彼は的確に当ててきた。鼻がツーンとするような痛み、それに連動するように涙が出始めた。僕に飛び蹴りを入れた先輩は着地を上手く決められず水溜まりに落ちた。もう1人の先輩は階段をかけ降りる。
──早く逃げないと……
僕は痛みに堪えながらそう思ったが、ここで助け船が渡される。
「先生こっちです!!」
聞き覚えのある女子生徒の声がした。その声に反応した先輩達は、一目散にこの場を離れた。
「やべ!」
「逃げるぞ!」
僕は助かったと思いホッとした。そして先生を呼んだ張本人と思われる女子生徒が近寄ってきた。
僕と同じクラスの一ノ瀬愛美さん。通称マナティだ。
一ノ瀬さんは僕の腕を掴み、水溜まりから引き上げる。その際、水溜まりに写る自分と目があった。目元が髪で隠れた冴えない織原朔真がそこにいた。そして先輩達の逃げた方向とは反対の廊下へと一ノ瀬さんは僕を避難させる。モップを持った女子生徒には軽く会釈していた。
「大丈夫?」
一ノ瀬さんは僕に優しく語りかけた。
僕は俯きながら頷く。そして、先生が一向に現れないことに違和感を抱き、キョロキョロと辺りを見回した。
「あ、先生は呼んでないよ!流石に先生を呼ぶ時間はなくてさ」
流石生徒会。機転の利いた上手いやり方だ。しかしそれがブラフとわかれば危険を伴う。彼女の強さを僕は感じずにはいられなかった。
僕は一ノ瀬さんにお礼を言いたい。だが、上手く声がでなかった。僕があたふたしていると、彼女は僕に話し掛けた。
「どうしたの?」
「…ぁ…ぁの……」
やはり上手く声が出ない。先程僕を乗っ取ったエドヴァルドから普段の僕へと変換されたのだ。
一ノ瀬さんは僕を急かすことなく、待ってくれている。僕は落ち着きを次第に取り戻し、言葉を口にする。
「…ぇっと、その……あ、ありがとうございます……助けてくれて……」
一ノ瀬さんは僕に満面の笑みを向けて言った。
「どういたしまして!」
彼女はそう言うと、楽しげに話し掛けた。
「本当にどこも痛くない?」
僕は頷くと、彼女はそっか♪︎と言って、別れを告げてきた。
「じゃあ私これから塾があるから、また明日ね!!」
ステップを踏みながら、廊下を進む一ノ瀬さんは、僕の方を振り向くと笑顔を向けて手を振ってきた。
僕も振り返す。彼女が見えなくなるまで僕は手をずっと振っていた。
「いっってぇぇぇ!!もっと優しくしろよ……」
僕は痛みに涙しながら妹の萌に言った。萌は僕の顔に絆創膏を貼る。
「このくらい我慢しなさい♪︎」
あの後、顔面にドロップキックを食らった直後、確かに痛くはなかった。アドレナリンが出て痛みを和らげていたのだ。一ノ瀬さんの笑顔を思い出しながらの帰り道、麻酔が切れたかのように顔面がヒリヒリし始めたのだ。
「はぁ~」
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「どうしたの?」
萌は尋ねてきた。
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「はぁ?誰ソイツ?」
「ソイツって!一ノ瀬さんは僕を助けてくれたんだぞ!!」
「あっそ」
萌は急に機嫌が悪くなったのか救急箱の蓋を乱暴に閉める。
「さ、配信の時間でしょ?」
「配信かぁ……」
「どうしたの?」
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初めの頃は、この子はそんなこと言わないとか、もっと考えて発言してなどと言われることも多々あったが、今は僕もエドヴァルドの性格が少しずつわかってきて萌に文句を言われることはあまりなくなった。
──というか子供の頃の僕に似ている節がある。そんなことを言うと、萌に怒られそうだけど……
まぁ、子供の頃と言っても殆どの人が同じような経験をしているだろう。自由に遊んで、自由に発言する。それが成長するにつれて少しずつだが、成りを潜め始める。そして何かに縛られながら自由であろうと望むようになるのだ。
エドヴァルドは妹と僕がもつ理想だ。自由に発言し、自由に振る舞う。
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