35 / 754
治療の対価 すでに貰っています
しおりを挟むルベンさんが娘のルシィさんを連れて戻って来たのは、肉の切り取りが終わる少し前だった。
「何かお手伝いできることがあれば、と思って来ちゃいました♪」
そう言って笑うルシィさんは、とても柔らかい雰囲気の女性だ。癒し系、かな?
ただ、頭に包帯を巻いているのが痛々しい。
「頭、どうされたんですか?」
今日会った治療希望者の中にはいなかったけど…。 不思議に思って聞いてみる。
「これは、ハウンドドッグ退治の時にちょっと……」
「今日、お会いしていませんよね?」
どうして患者として会わなかったのかを聞こうとすると、ルベンさんが少しだけ表情を硬くした。
「かすり傷だ」
「ちょうど前髪で隠れる場所なの。治癒師様に診てもらうほどでも…」
「ルシィ、治癒師様じゃない。アリスさんだ」
「あ、すみません…」
いえいえ。 ルベンさん、訂正ありがとう!
「ルベンさんは、ご自分の娘だから遠慮していたんですね? 【ヒール・ダブル】」
1回でも治るけど、傷跡なんて少しも残らないように、念のためにダブルでヒールを掛けておく。
「え? ええっ!?」
傷はおでこ。目の上にいきなり光が飛び込んで来たら、驚くのも無理はない。
「ただのヒールです」
私が言い終わる前に、ルベンさんは包帯を毟り取っていた。 娘さんに対してそんな乱暴な……。
「綺麗に治っている…。 痕もない…」
可愛い女性の顔に傷跡なんか残さないよ~。 っていうか、痕に残るかもって思ってたなら、遠慮してないでもっと早く言って!
「対価に何を払えばいいんだ? 今から家に見に来るか?」
ルベンさんの言葉にルシィさんも慌て出した。
「家にお金になるようなものあるかなぁ? どうしよう!?」
勝手に治療をしたのに対価を払おうするなんて、2人とも律儀だなぁ……。
金物屋さんとの違いに嬉しくなって、ルシィさんに笑いかける。
「治療費は、ルベンさんからいただいているので大丈夫です」
「何も払っていないぞ?」
ルベンさんは首を横に振るが、こういう実直な所が村でも信用を集めているんだろう。
「治療の際の案内と付き添いのお礼です。とても心強いので」
説明をすると、ルシィさんが泣き出した。
「治癒師さ」
「アリスです」
「アリスさん、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「お礼はお父さまに。対価を支払ってくれたのはお父さまですから」
「ありがとう! お父さん!」
ルシィさんはルベンさんに抱きついて大泣きだ。 気にしていないようなことを言っていたけど、やっぱり気になってたんだね。 女性だもん、当然だよ。
きれいに治って、本当によかった^^
「ついでだから、1頭全部、解体しちまったよ」
ルシィさんが泣き止むのとほぼ同時にマルゴさんの声がした。
いつの間に着替えたのか、血痕ひとつ付いていない。
「お疲れさまです。 ……いいタイミングで戻りましたね?」
どうしてもっと早く戻らなかったのかと視線で問いかけると、マルゴさんは小さな声で呟くように言った。
「……苦手なんだよ」
ルシィさんが泣いているところには戻って来たくなかった、と? 気持ちはわかる。 どうしていいか分からないよね。
「これがバラ、あとは、ロース、肩ロース、ヒレ、モモ、ウデ、ついでにボアトロ。脂身はどうする? いらなきゃライムちゃんに頼んでおくれ。 あとは毛皮に牙。それと、魔石」
初魔石GET!
「ありがとうございます! 脂身も要ります、大事です!
随分と早かったですけど、こんなに早く解体できるものなんですか?」
驚きをそのまま言葉にすると、マルゴさんは笑いながら胸を張った。
「ははっ! プロだからねぇ」
「お肉屋さんって凄いんですね! 明日は解体のご指導、よろしくお願いしますね?」
プロに直接教われるなんて、得したな♪
「マルゴおばさんは、冒険者ギルドの部門トップだった人よ? 直接解体を教わるなんて、街で自慢できるわね!」
泣き止んだルシィさんが言ったことが一瞬わからなかったが、ハクが詳しく教えてくれた。
(マルゴは<冒険者ギルド>で解体をしていたらしいにゃー。部門のトップなら腕は一流にゃ♪ きっちりと解体を教わって、肉・素材が1メレでも高く売れるように頑張るにゃ~!!)
元・魔物解体部門のトップで、現・肉屋なんて、プロ中のプロだ! これはチャンス!
「マルゴさん! 解体の他に、魔物素材や売れる部位なんかも教えていただけますか!?」
「構わんよ。アリスさんがここにいる間に、教えられることは全部教えてやろう」
「うわぁ! ありがとうございます! この村に立ち寄って良かったです♪」
「これが詫びと礼になるなら安いもんさ」
マルゴさんが少しだけ困ったように笑った。
「マルゴさんがそこまで気になさらなくても…」
ヤラカシてくれたのは狸であって、マルゴさんじゃない。
不思議に思っていると、不本意そうにマルゴさんは言った。
「言いたかないが、あのボケはアタシの弟なんだよ…」
! まさかの血縁関係!?
「だったら、マルゴさんが村長をされた方が良かったんじゃないですか?」
(そうにゃ! ヤツよりマルゴの方が村長にふさわしいにゃ!!)
ハクと頷き合っていると、
「詳しい話は飯を食いながらにしたらどうだ?」
ルベンさんが軌道修正してくれた。
(そうにゃ! ルベンは良いをこと言ったにゃ! 早くごはんにするにゃ~♪)
「私はバラ肉とボアトロを焼こうと思いますが、皆さん他に食べたい部位はありますか?」
「他のお肉もいいの!? 家から野菜を持ってきたから、ウデと煮込んでいいかしら?」
「野菜を持ってきてくれたんですか!? うれしいです! どうぞ、好きなところを好きなだけ使ってください♪」
「アリスさん、本当に良いのかい? 遠慮しないよ?」
マルゴさんが少しだけ驚いたように聞くけど、気にしない♪
「どうぞどうぞ! いっぱい作って残ったら、明日の朝ごはんにしてもいいですね♪」
ハクとライムにおいしいものを食べさせてあげられるなら、今日は1頭全部使っても良いんだよ~^^
3人いれば、3種類作れてお得だね!
「じゃあ、アタシはロースと野菜を醤油炒めにしようかね」
「醤油炒め!?」
“醤油”と聞いた途端に大声を出した私に、マルゴさんは心配そうに聞いた。
「嫌いだったかい?」
違う、嫌いじゃない! そうじゃない!
「醤油、あるんですか……?」
「あるよ? どうした?」
醤油がある! 異世界なのに、醤油がある!
「欲しかったんです! もしかして、味噌もありますか?」
1件目の患者さんのお家にはなかったし、他の家を回ったときも気がつかなかった。 明日は治療費として醤油と味噌をもらおう♪ と思ったが、
「醤油はあるけど、ミソはないよ。どんなものなんだい?」
「穀物を塩と麹で発酵させたものです。醤油があるなら味噌もあるかと思ったんですが…」
味噌はないらしい……。 日本では、味噌の上澄みを掬って醤油としていたこともあるくらいだから、セットであると思ってた……。
「ああ、醤油もまだこの国じゃ珍しいからね。ミソも探せばあるんじゃないか?」
ってことは、輸入物かな? 探してみよう!
「じゃあ、ここでは醤油は手に入り難いんですね? 使ってもいいんですか?」
そんなに貴重なものならうかつには使えないなぁ。 と思って聞いてみると、マルゴさんはニッ!と笑った。
「家にあるものは好きに使ったらいいさ」
「マルゴさん、太っ腹っ!」
「「「アリスさんもな」」ね…」
……3人の声が揃ったけど、私は肉しか提供できないよ?
必要な分以外の肉はインベントリにしまって、早速調理を始める。
隅っこで寂しげにしていた従魔2匹は、ルベンさんが遊んでくれているから安心だ。
最初にライムを紹介した時はびっくりされたけど、すぐに慣れてくれた。 今は藁を丸めたものを投げては『取って来い』をしていて、ハクもライムも楽しそうだ。
ライムが藁を溶かさずに普通に運んでいることには、みんなも驚いていた。 うちのライムはやっぱり頭が良いらしく、私の頬は緩みっぱなしだ。
私が作るのは、焼肉もどき。 バラ肉とボアトロを焼肉用にカットして焼くだけの簡単おかずだ。
今回は酒(マルゴさん提供)に漬けておき、塩と胡椒(マルゴさん提供)で味をつけて焼くだけなんだけど、ボアに酒を揉み込んでいる私の手が“この肉は柔らかくておいしくなるぞ”と教えてくれる。 焼くのが楽しみだ♪
漬け込む時間が暇なので、明日の朝食用にしょうが焼きを作っておくことにした。
マルゴさんの作る“醤油焼き”とかぶってしまうが、食べるのは明日だし、まあ、いいだろう。
包丁もフライパンも、金物屋からの対価は初日から大活躍だ♪
ルベンさん提供の『生姜』はこの村では風邪の薬らしいが、持って来てくれた野菜かごに入っていたので遠慮なく使わせてもらう。
生姜焼きは弟の好物のひとつだったので、私の得意料理だ。多少足りないものがあってもおいしくできるはず♪
出来上がったしょうが焼きをフライパンごとインベントリに入れて(視線を感じたのは気のせい?)肉を焼き始めると、ハクとライムがルベンさんと一緒に戻ってきた。
マルゴさんの醤油焼きも出来上がり、ルシィさんの煮込みは食事の途中までゆっくりと煮込んでおくので、仕度は完了!
うっかりご飯を炊くのを忘れていたけど、もう、我慢できない!
「いただきましょう!」
声をかけると、マルゴさん、ルベンさん、ルシィさんが食前の祈りを始めたので、最後の小節を待って、
「いただきます♪」
私も手を合わせた。
「んにゃん♪」
「ぷっきゅ♪」
従魔たちがきちんと食前の挨拶をしている姿が可愛くて、もともと和やかだった雰囲気がますます和み、楽しい食事の時間になった。
マルゴさんの醤油焼きもルシィさんの煮込みもとても美味しくて、私のお手軽なフライパン焼肉もどきも楽しんでもらえたようだ。
「「おいしい!」わ!」
「「うまい!」ね!」
(おいしいにゃぁ♪)
(ぷきゃー♪)
ボア肉ばかりだったけど、マルゴさんの調味料とルベンさん親子の野菜のおかげで、飽きずにおいしい食事が楽しめた。
232
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる