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商業ギルドマスターの仲裁 1
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<商業ギルド>に着くと、なぜか笑顔のコンラートさんに出迎えられた。
「5割がどうして7割になってるの? 勝手な変更は認めない!」
コンラートさんにはミルクの情報登録の件でお世話になったからまずはお礼を言いたかったのに、顔を合わせた一言めが喧嘩腰になってしまった。
さすがに気を悪くされるかと思ったが、コンラートさんは、
「妻と話し合った結果だ。受け取ってもらわないと家を追い出される」
照れたような笑顔で、胸を張って「追い出される」発言をする。
「意味がわからない!」
「簡単だ。アリスさんは金を受け取ってくれるだけでいい。 そうしたら、我が家は安泰。夫婦円満だ」
「余計に意味がわからない! 7割なんておかしいでしょう!? 貯金もなくて、財布の中も空にしたのに、どうやって生活していくつもりなの!?」
「家がある。家財道具も残してくれた。 俺の現役の頃の装備がそのまま残って、失くした腕まで元通りだ! 十分に食っていけるぞ?」
「バカなの!? 食べるだけじゃないでしょ!?
冒険者活動をするならポーションとかの薬だって必要だし、装備のメンテナンスだって必要になる。
家のことだって、暗くなったら灯かりが必要だし、毎日のお風呂だって只じゃない。 ご近所やお友達とのお付き合いにだってお金はかかる!
それに、奥さまに贈る季節ごとのプレゼントはどうするの? まさか贈らないつもり!? そんな甲斐性なしは、奥さまに愛想を尽かされて、捨てられたって文句言えないわよ?」
「ちょ、ちょっと待て! なんだ、その“季節ごとのプレゼント”って! そんなもの必要か?」
「必要よ! おバカなあなたのせいで貯金が全額なくなった上に、1年もの間、収入の半分を持っていかれるのよ? そんなあなたと一緒に苦労してくれる心優しい奥さまに、季節ごとに感謝を伝えるのは当然でしょ!?
わかったわね!? 5割よっ!」
「感謝のプレゼントが必要なのはわかったっ! だが、その分を多く稼いだらいいんだろう? 7割だ!」
「無理して怪我したり死んだりしたら意味がないでしょう!? そんなこともわからないの? ブランクがあるんだから、自分を過信するものじゃないわ! 安全第一よっ! 5割!!」
「そこまで!!!!! そこまでですよ!! コンラート、そしてお嬢さま! 他の方の迷惑になりますので、どうぞこちらに!!」
「「!!」」
突然割り込んだ声に我に返ると、ギルド中の視線が集まっていた。
「「すみませんでした…!」」
腕の中からはハクの冷たい視線に、振り返ると護衛組の困ったような視線。 ……視線が痛い。
「お嬢さまがコンラートの腕を治されたアリスさま、ですね?
わたくし<商業ギルド・ギルドマスター>のサンダリオでございます。 この度はとても有意義な情報の登録をいただいたことに感謝しております。
ミルクと水に関する情報の本登録にお越しくださったのでしょうか?」
「はい。アリスでございます。 サンダリオさまにはミルクの登録に関してお力添えをいただきましたこと、とても感謝しております。
本登録に参りましたのに、玄関先で騒ぎを起こしましたことを深く反省しております。お許しくださいませ……」
ギルドマスターの部屋に通されてとても丁寧な挨拶を受け、恥ずかし過ぎて顔を上げるのが辛い。
「いえいえ。 話を聞きますと、悪いのはコンラートのようです。お嬢さまはお気になさらず。
コンラート! こちらのお嬢さまはおまえや家族の事を案じてくださる、心優しいお嬢さまじゃないか!
それを何の相談もなしに支払いを増やしたりして、お嬢さまが“儲かった♪”とでも言って受け取ると思ったのか? バカ者がっ!」
サンダリオさんに叱られたコンラートさんは、大きな体を小さくして困った顔をしている。
2人はとても親しい間柄らしく、今回、サンダリオさんへ話を通すのに、コンラートさんの力を借りたのも納得だ。
「じゃあ、サンダリオならどうするんだ?
俺はアリスさんを侮辱した詫びに、“全財産”を支払う約束をしたんだ。 なのに、受け取ったのは金だけで、スキルやステータスを残してくれて、家も家財も丸ごと残してくれて、現役時代の装備も丸ごと残してくれて、腕まで生やしてくれたんだぞ!? 1年間の稼ぎを全部支払ったって、到底たりねぇよ!」
「黙って払えば良かったんだ! おまえの稼ぎがいくらかなんてお嬢さまにはわからないんだから、全額払ったって気が付かなかっただろう。 それをバカ正直に“約束より多めに払う”なんて言うから、こんなことになるんだ。
おまえがギルドマスターを首になって、私がどれほど安堵したことか……。 おまえのような人の良いバカにギルドマスターは勤まらん!!」
商業ギルドのギルドマスターは、紳士的なおじさまだと思っていたら、なかなか手厳しい人のようだ。
……商人たちの元締めなんだから当たり前か。
「そうか! その手が!」
「ないから! そんなことをしたら、搾取とか強奪とか詐欺とかで、私に罪が及んであなた達が後悔するような手段がないか、モレーノ裁判官に相談するから!」
「……なっ!!」
せっかく治療したのに、さっさと怪我でリタイアとか、最悪死んじゃったとか、考えるだけでゾッとする。
モレーノ裁判官なら、きっと上手い手を考えてくれるはず! これで話は決まりだ!と睨みつけてやると、
「そんなことしたら、妻からどんなに叱られるか…。 あいつはアリスさんへの支払いの為に、仕立ての仕事を始めるって張り切ってるんだぞ?」
「どうして奥さままで支払いに参加するのっ? そこから違うでしょう!?」
「あいつが払いたいって言ったんだ。 俺の腕の代金だって」
ダメだ。夫婦揃って人が好すぎる。 今まで騙されて身包み剥がされなかったのが不思議だ。 …きっとサンダリオさんや周りが頑張ったんだろう。
今回は護衛組が何も言ってくれないので、サンダリオさんに“助けて!”と念を送ってみる。
視線を感じてこっちを向いたサンダリオさんは、“自分か?”と言いたげだったが、ため息を1つだけ吐いて、口を開いた。
「お嬢さま、このバカは感謝を示したくて仕方がないんです。どうか、このバカの収入の6割を受け取ってやってもらえませんか? その代わりに、このバカが怪我をしたら治るまでの間は支払いを待っていただきたいのです。
わたくしが証人として、きっちり12か月分の支払いを保証いたしますが、いかがでございましょう?」
さらっと1割UPしてるけど、その代わりに無理をしない支払いになってるかな…。奥さまの収入は除外されたみたいだし、支払いが滞る可能性はあるが、すでに3千万メレ近い大金を受け取っているんだから、別に問題はない。
了承を伝えると、今度はコンラートさんに向き直り、
「コンラート、嫁さんの稼ぎを支払うのは諦めろ。 その代わりに、おまえの収入の6割を受け取ってもらう。
おまえは向こう1年間、小さな怪我にもきちんとポーションを使い、美味い飯を食い、よく眠って万全の状態で稼ぎ倒せ。 生活に足りない費用はわたしが貸してやる。
2年間は無利子で3年目から10日で1割だ。いいな?」
高いっ! トイチって悪徳金融の利息と同じっ!?
商人たちの元締めは、なかなか怖いことを言うな、と、私が若干引いている間に、コンラートさんは嬉々として頷いてしまった。
「わかった! それでいい。稼ぎまくってやるぜっ!」
この人、本当に、よくギルドマスターが勤まっていたな……。 奇跡だ。
「5割がどうして7割になってるの? 勝手な変更は認めない!」
コンラートさんにはミルクの情報登録の件でお世話になったからまずはお礼を言いたかったのに、顔を合わせた一言めが喧嘩腰になってしまった。
さすがに気を悪くされるかと思ったが、コンラートさんは、
「妻と話し合った結果だ。受け取ってもらわないと家を追い出される」
照れたような笑顔で、胸を張って「追い出される」発言をする。
「意味がわからない!」
「簡単だ。アリスさんは金を受け取ってくれるだけでいい。 そうしたら、我が家は安泰。夫婦円満だ」
「余計に意味がわからない! 7割なんておかしいでしょう!? 貯金もなくて、財布の中も空にしたのに、どうやって生活していくつもりなの!?」
「家がある。家財道具も残してくれた。 俺の現役の頃の装備がそのまま残って、失くした腕まで元通りだ! 十分に食っていけるぞ?」
「バカなの!? 食べるだけじゃないでしょ!?
冒険者活動をするならポーションとかの薬だって必要だし、装備のメンテナンスだって必要になる。
家のことだって、暗くなったら灯かりが必要だし、毎日のお風呂だって只じゃない。 ご近所やお友達とのお付き合いにだってお金はかかる!
それに、奥さまに贈る季節ごとのプレゼントはどうするの? まさか贈らないつもり!? そんな甲斐性なしは、奥さまに愛想を尽かされて、捨てられたって文句言えないわよ?」
「ちょ、ちょっと待て! なんだ、その“季節ごとのプレゼント”って! そんなもの必要か?」
「必要よ! おバカなあなたのせいで貯金が全額なくなった上に、1年もの間、収入の半分を持っていかれるのよ? そんなあなたと一緒に苦労してくれる心優しい奥さまに、季節ごとに感謝を伝えるのは当然でしょ!?
わかったわね!? 5割よっ!」
「感謝のプレゼントが必要なのはわかったっ! だが、その分を多く稼いだらいいんだろう? 7割だ!」
「無理して怪我したり死んだりしたら意味がないでしょう!? そんなこともわからないの? ブランクがあるんだから、自分を過信するものじゃないわ! 安全第一よっ! 5割!!」
「そこまで!!!!! そこまでですよ!! コンラート、そしてお嬢さま! 他の方の迷惑になりますので、どうぞこちらに!!」
「「!!」」
突然割り込んだ声に我に返ると、ギルド中の視線が集まっていた。
「「すみませんでした…!」」
腕の中からはハクの冷たい視線に、振り返ると護衛組の困ったような視線。 ……視線が痛い。
「お嬢さまがコンラートの腕を治されたアリスさま、ですね?
わたくし<商業ギルド・ギルドマスター>のサンダリオでございます。 この度はとても有意義な情報の登録をいただいたことに感謝しております。
ミルクと水に関する情報の本登録にお越しくださったのでしょうか?」
「はい。アリスでございます。 サンダリオさまにはミルクの登録に関してお力添えをいただきましたこと、とても感謝しております。
本登録に参りましたのに、玄関先で騒ぎを起こしましたことを深く反省しております。お許しくださいませ……」
ギルドマスターの部屋に通されてとても丁寧な挨拶を受け、恥ずかし過ぎて顔を上げるのが辛い。
「いえいえ。 話を聞きますと、悪いのはコンラートのようです。お嬢さまはお気になさらず。
コンラート! こちらのお嬢さまはおまえや家族の事を案じてくださる、心優しいお嬢さまじゃないか!
それを何の相談もなしに支払いを増やしたりして、お嬢さまが“儲かった♪”とでも言って受け取ると思ったのか? バカ者がっ!」
サンダリオさんに叱られたコンラートさんは、大きな体を小さくして困った顔をしている。
2人はとても親しい間柄らしく、今回、サンダリオさんへ話を通すのに、コンラートさんの力を借りたのも納得だ。
「じゃあ、サンダリオならどうするんだ?
俺はアリスさんを侮辱した詫びに、“全財産”を支払う約束をしたんだ。 なのに、受け取ったのは金だけで、スキルやステータスを残してくれて、家も家財も丸ごと残してくれて、現役時代の装備も丸ごと残してくれて、腕まで生やしてくれたんだぞ!? 1年間の稼ぎを全部支払ったって、到底たりねぇよ!」
「黙って払えば良かったんだ! おまえの稼ぎがいくらかなんてお嬢さまにはわからないんだから、全額払ったって気が付かなかっただろう。 それをバカ正直に“約束より多めに払う”なんて言うから、こんなことになるんだ。
おまえがギルドマスターを首になって、私がどれほど安堵したことか……。 おまえのような人の良いバカにギルドマスターは勤まらん!!」
商業ギルドのギルドマスターは、紳士的なおじさまだと思っていたら、なかなか手厳しい人のようだ。
……商人たちの元締めなんだから当たり前か。
「そうか! その手が!」
「ないから! そんなことをしたら、搾取とか強奪とか詐欺とかで、私に罪が及んであなた達が後悔するような手段がないか、モレーノ裁判官に相談するから!」
「……なっ!!」
せっかく治療したのに、さっさと怪我でリタイアとか、最悪死んじゃったとか、考えるだけでゾッとする。
モレーノ裁判官なら、きっと上手い手を考えてくれるはず! これで話は決まりだ!と睨みつけてやると、
「そんなことしたら、妻からどんなに叱られるか…。 あいつはアリスさんへの支払いの為に、仕立ての仕事を始めるって張り切ってるんだぞ?」
「どうして奥さままで支払いに参加するのっ? そこから違うでしょう!?」
「あいつが払いたいって言ったんだ。 俺の腕の代金だって」
ダメだ。夫婦揃って人が好すぎる。 今まで騙されて身包み剥がされなかったのが不思議だ。 …きっとサンダリオさんや周りが頑張ったんだろう。
今回は護衛組が何も言ってくれないので、サンダリオさんに“助けて!”と念を送ってみる。
視線を感じてこっちを向いたサンダリオさんは、“自分か?”と言いたげだったが、ため息を1つだけ吐いて、口を開いた。
「お嬢さま、このバカは感謝を示したくて仕方がないんです。どうか、このバカの収入の6割を受け取ってやってもらえませんか? その代わりに、このバカが怪我をしたら治るまでの間は支払いを待っていただきたいのです。
わたくしが証人として、きっちり12か月分の支払いを保証いたしますが、いかがでございましょう?」
さらっと1割UPしてるけど、その代わりに無理をしない支払いになってるかな…。奥さまの収入は除外されたみたいだし、支払いが滞る可能性はあるが、すでに3千万メレ近い大金を受け取っているんだから、別に問題はない。
了承を伝えると、今度はコンラートさんに向き直り、
「コンラート、嫁さんの稼ぎを支払うのは諦めろ。 その代わりに、おまえの収入の6割を受け取ってもらう。
おまえは向こう1年間、小さな怪我にもきちんとポーションを使い、美味い飯を食い、よく眠って万全の状態で稼ぎ倒せ。 生活に足りない費用はわたしが貸してやる。
2年間は無利子で3年目から10日で1割だ。いいな?」
高いっ! トイチって悪徳金融の利息と同じっ!?
商人たちの元締めは、なかなか怖いことを言うな、と、私が若干引いている間に、コンラートさんは嬉々として頷いてしまった。
「わかった! それでいい。稼ぎまくってやるぜっ!」
この人、本当に、よくギルドマスターが勤まっていたな……。 奇跡だ。
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