172 / 754
見ないフリも大事です
しおりを挟むティト裁判官は入室した私を見るなり目を輝かせ、手を取って椅子までエスコート……しようとしたらしいが、マルタに阻まれた。
「アリスは15時30分にはここを出て行くから、今日は時間がないわよ?」
「…ウーゴ隊長! 1人目を入室させてください」
初めは不愉快そうな視線をマルタに向けていたティト裁判官だったが、時間がないとわかるとすぐさま感情を切り替えて盗賊を呼び込むあたり、モレーノ裁判官に仕事を任されるほどには優秀なことが納得できる。
取り調べの内容はほぼ昨日のモレーノ裁判官と同じだったが一人一人にかける時間は長く、今日は4人だけで立会い終了の時間になった。
治療のすんだ4人目が連行されて行くと、ティト裁判官はすぐさま斜め後ろに座っていた私を振り返り「奇跡の力」「慈悲深い」と褒め称えてくれるが、私はただ盗賊たちとの約束を守っただけなのでとても居心地が悪く、
「アリスさま、お疲れさまでございました。 玄関までお送りいたします」
ドアを開けて退室を促してくれたウーゴ隊長がとても頼もしく見えた。
ティト裁判官が見送ると言っても「自分の職務」だと言って跳ね除けて、ティト裁判官のキラキラした視線と過分な褒め言葉を遮ってくれたことには感謝しかない。
道すがらに感謝の気持ちの瓶入りクッキーを渡すと「職務ですから」と言いながらも嬉しそうに受け取ってくれたので、融通の利かない堅物というわけでもなさそうだ。 今後も頼りにさせてもらおう♪
受付で今日のアルバイト代の12万メレを受け取って、受領のサインをするまでを見届けてからウーゴ隊長は戻って行った。
その際に柱の陰からこちらを見ていたティト裁判官もちゃんと回収して行ってくれたので、私は何も気が付かず、何も見なかったことにした。 イザックが舌打ちしていたのも聞こえなかったことにする。
のんびりと町を抜けて裏門に着くと、この町に着いた時に表門にいた門番さんが立っていた。
「よお!」
「おう!」
門番さんとエミルは知り合いだったらしく、気軽に挨拶を交わしている。
「もう暗くなるぞ。 急ぎの依頼なのか?」
門番さんは護衛組を見ながら心配そうに言ったが、私を見て首をかしげた。
「ちょっと散歩に出るだけだから心配はいらんぞ」
「そうか。 気をつけて行けよ」
私からすればつっこみどころが満載のエミルの説明も、門番さんはさらっと流した。 不思議に思ったのが顔に出ていたのか「冒険者が行き先を秘匿するのは珍しくない」とアルバロが教えてくれる。
「お嬢さんは冒険者登録がすんだのかい? ちゃんと通行税を返してもらったか?」
アルバロの説明が済むと、今度は門番さんが私に向かって優しく聞いてくれた。
事情があって先に商業ギルドで登録をしたことを伝えると、少し驚きながらも安心したように笑っている。 その反応に何か引っ掛かりを感じていると、エミルが門番さんに何かを耳打ちし始めた。
「? ……!?」
声は聞こえなくても、門番さんの驚きの顔とハクと護衛組の笑っている顔を見ると何を言っているかの推測はつく。
これでも成人してま~す。 大人ですよ~?
ちょっとだけやさぐれた気分になりながら、みんなを置いてさっさと門をくぐった。
「ねえちゃん! 今日は早かったんだな!」
牧場に着くと昨日顔を合わせた冒険者たちがいて、「オーナーから坊ちゃんの所へ案内するように言われている」とミルク搾り中のフェルナン君のところへ案内してくれた。
大きなアウドムラの中でも一際大きい個体の足元にいるフェルナン君の小さな体は、油断していると踏み潰されそうでハラハラするが、本人は何の心配もなさそうに機嫌よくミルクを搾っていた。
「こいつがうちで一番美味いミルクを出すんだ! 一昨日氷を食わせてやったから今日のミルクは最高だぞ!」
と、得意そうに笑うフェルナン君はとっても頼もしい!
「お嬢ちゃん、準備が出来たわよ」
おいしいことが確定しているミルクを使って何を作るか考えながら待っていると、ここで雇われている冒険者が声を掛けにきた。
「準備?」
「今日はこいつらに氷を食わせる日じゃないから、ねえちゃんが欲しいなら氷を分けてやる。 今日もいっぱい買ってくれるからサービスだ! どうする?」
「欲しい!! すっごく嬉しい♪」
「だろ?」
喜びいっぱいで返事をした私に、フェルナン君は得意げにニカッと笑った。 顧客サービスもきっちりとこなす、優秀な跡取りで牧場の未来も明るいね!
案内された先には、昨日【アイスボール】を出してくれた冒険者が待っていた。
「今なら【アイスアロー】も撃てるぞ。 どっちがいい?」
「昨日のリベンジだな? アイスアローを撃ちたいんだろ?」
冒険者の顔にはわかりやすくアイスアローを撃ちたい!と書いてあったので、イザックにからかわれている。
「燃費のいい方で。 攻撃威力よりも、後に残る氷の量が大事」
と答えると、冒険者はあからさまにがっかりして「アイスボールだ」と呟いた。
買ったばかりの帆布と自分にクリーンをかけて、ハクに【魔法衝撃吸収壁】を頼んだら準備完了!
「いつでもどうぞーっ」
「いくぜっ!!」
手を振ると好戦的な掛け声の後に昨日より少しだけ大きなアイスボールが飛んで来て、昨日と同じように“ボトッ”っと帆布の上に落ちる。
使い易いように砕けたのも欲しいなぁ。
ハクに相談すると普通の魔法防御壁にすればいいという事なので、4発を魔法衝撃吸収壁で、3発を魔法防御壁で受け止めた。
冒険者は砕けた氷を見て喜びの表情を浮かべたが、砕け具合に喜ぶ私と従魔たちを見てまたがっかりと肩を落として護衛組に慰められていた。
何にがっかりしたのかはわからなかったけど、お使いから戻ってきたマルタに何かを言われて嬉しそうに笑っているから、大したことじゃなかったんだろう。
252
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる