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旅立ちはにぎやかに 4

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「お世話になりました」

「何よ、その口調。 他人行儀だわ!」

 最後に護衛組にきちんと頭を下げてお礼を言った。マルタには不評だったけど、これもけじめだ。

「ふふっ! 親しき中にも礼儀ありって言うでしょ? はい、これ。お礼の気持ち!」

 人数分のバスケットにアルファ化米と乾燥スープの素、ワイルドボアの干し肉と干しリンゴを入るだけ詰めた<野営セット>をそれぞれに渡す。

 お別れに渡すものとしては華がないものばかりだけど、<冒険者>のみんなはとても喜んで受け取ってくれた。

「あ~、俺もか?」

「馬車で別れるときにバタバタするのもなんだし? とりあえずは区切りってことで」

 しばらくは行動を共にするイザックが戸惑っていたけど、押し付けた。 やっぱり4人一緒じゃないとね!

「お父さまにはこれを」

 モレーノお父さまのバスケットにはドライアップルとクッキー、生キャラメルにアーモンドのキャラメル掛けを詰め込んだ<おやつ>セットだ。

「食事はきちんとしてね? これは食事の後のおやつだよ?」

 食生活に不安のあるお父さまにはきちんと言っておかないと、おやつをごはんにしかねない。

 お父さまは、口うるさいおかんに変身しようとした私をゆっくりと抱きしめて、

「君のいない食事は味気ないものになるだろうが、きちんと食べるよ。 だから心配しなくてもいいい。
<遠見の水晶>が手に入り次第君の元へ届けるから、それまでの間は君からこまめに連絡をくれるとうれしいね」

 と言って、私の額にキスを落とした。

「体を大切に。 困っている人を見かけても、むやみに助けようとしてはいけないよ。世の中には❝困っている振り❞をする輩も多いのだから」
「はい」

「困ったことが起きたら、すぐに私に連絡をするんだ。 娘が困っているのを助けるのは父親の特権なのだから」
「はい!」

「君はとても美しいことを自覚しているかい? 男が近づいて来たら、まずは警戒をするんだよ」
「はい?」

「恋人ができたら私に紹介しにおいで。 私が腕にかけて、その男の性根を確認するからね」
「クスクス……。 恋人なんて、そんなに簡単にできないと思うけど…?」

「返事は?」
「は~い♪」

 お父さまの注意を聞きながら笑っていると、

「元気でいてね」

 マルタが私を後ろから抱きしめ、

「丁寧な口調は封印だ」

 アルバロが肩に手を置いて、言い含めるように私の目をのぞき込み、

「伴侶を迎えたくなったら、わたしを思い出すといい。 従魔と君を大切にするよ」

 エミルが爽やかな笑顔でバカなことを言って、お父さまに睨まれた。

「「ラリマー行きの馬車が、まもなく出発です! まだお乗りでないお客さまはお急ぎくださーい!!」」

「時間だな。行くぞ!」

 楽しい時間がいつまでも続くような錯覚を覚え始めた頃、馬車の御者たちの声が私を現実に引き戻した。

 見送りに来てくれたみんなの顔をもう一度だけ目に焼き付けて、ゆっくりと微笑みを浮かべる。

「皆さん、お元気で!!」
「行ってくる!」

 私たちの挨拶に、口々に「元気で」「いつでも戻ってこい」「イザック! 妙なことをしたら殺す!」と返してくれるみんなの声を背中に、急いで馬車の方へ走り出す。

 お別れするのはやっぱり寂しいから、感傷にとらわれないように振り返らずに馬車に向かった。

「賑やかな見送りだったな」

「ああ、待たせたな」

 乗り口で待っていた御者にチケットを見せると、

「途中で降りるのはやっぱりあんた達だったのか。 スフェーンに行くんだったか? 腕に覚えがあって馬車の護衛をしてくれるなら、2千メレ割引くぞ」

 と意外な交渉をしてきた。

「ああ、俺はBランクだ。 俺だけラリマーまで乗っていくことにしたんだが、大丈夫か?」

「へぇ! Bランクさまとは恐れ入ったな。 ラリマーまで護衛をしてくれるなら4千メレの割引だ」

「……いやに気前がいいな?」

「ははっ…。 護衛にとあてにしていた奴が腹痛はらいたを起こしちまってな。 今回の護衛はCランクとDランク2人しか乗せられなかったんだ……」

 年嵩としかさの方の御者が言いにくそうに言うと、イザックはニヤリと笑って、

「ラリマーまで5千メレ割り引くなら受けてもいいぞ」

 と答えた後に、「アリスはどうする?」と私を見て言った。

「ちょっと待て! ってことは、お嬢ちゃんが一人でスフェーンに行くってことか? 危ないぞ! その顔で腕に自信があるって言うのか?」

「………は?」

 何気なく失礼な反応に機嫌を悪くしている私を見て、イザックが遠慮なく笑い出す。

「アリスは見た目を裏切って強いぞ。 スフェーンに行くのは、ギルドでランクアップ登録をする為の下準備だ」

 笑いながらそんなことを言っても信憑性が薄いんじゃないかと思っていると、意外なことに御者が二人そろって私を見て目を丸くしていた。

「お嬢ちゃんは、その顔と華奢な体でそんなに強いのか? だったら、スフェーンまでの護衛をしてくれるなら3千メレの値引きをするぞ!」

 ……イザックのあの言い方で信用されたらしい。

 とりあえず説明を求めてイザックの顔を見る。

「長距離の移動は魔物も出るし盗賊も出る。 そんな時の為にこういった馬車には護衛を乗せるのが当たり前なんだが、今回は人手が足りないらしく、客の俺たちを雇おうって腹積もりらしい。 Bランクの冒険者をたったの5千メレで雇っちまおうっていうんだから、腹黒いよな~。
 だが、前もって交渉してくるのは御者側の誠意でもある。 襲われたら問答無用で反撃しないとこっちの身が危ないからな。 勝手に守らせようって奴らもいるから気を付けろ。
 まあ、馬車を捨てて逃げられないように先手を打ったって見方もあるが」

 ニヤリと笑って付け足したイザックに、御者の二人は苦笑いだ。 間違いではないらしい。

「夜の見張りの時に、多少の物音を立てても大丈夫?」

「あっはん❤うっふんはやめてくれよ? そんなことをされてたら見張りの意味がないからな」

 確認をする私に、若いほうの御者が嫌そうに言った。

「!! いってぇーっっ! …何すんだよ! 馬車に乗せてやらねぇぞ!」

 あまりにも下品な物言いに向う脛を力いっぱい蹴り飛ばすと若いほうの御者が目をむいて突っかかって来たが、チケットを見せて、

「返金しなさい」

 一言だけ返すと途端に黙り込んだ。 父親の方が取り繕うように笑顔で声をかけてくる。

「まあまあ、お嬢ちゃん。 今回は息子が悪かった。わしが謝るから許してやってくれないか?」

「おじいさんの教育が悪いんだから、おじいさんが謝るのは当然よね? 返金して」

「……おじいさん?」

 でも、父親らしい御者は、客を逃がすことよりも自身が❝おじいちゃん❞呼ばわりされることの方が気になったらしい。

「わしがおじいさん……?」

「金を返せって、馬車に乗らずにどうやってあんな遠くまで行くつもりなんだ!?」

「別に急ぐわけじゃないし、歩くわよ」

「女1人で歩いて旅をするってのか!? 襲ってくれって言っているようなもんだぞ?」

「あんたみたいな下品な男と同乗する馬車よりは、危険な歩き旅の方がず~っとましよ?」 

「待ってくれ、お嬢ちゃん。あんたたちに乗ってもらわんと旅の安全が…」

 息子の出す大声に正気になったらしいおじいさんが慌てだした。

「おじいさんの都合なんか私には関係ないわ!」

「おじいさん……」

 またショックを受けて黙り込んだおじいさんに、イザックが何か気付いたのか、

「アリスは成人してるぞ」

 と一言告げると、おじいさんは勢いよく顔を上げた。

「は……?」

「何よ?」

 とりあえず、不愉快なままの気分で睨みつけてやると、おじいさんもやっと気が付いたのか、

「これは重ねてすまんかったな、お嬢さん」

 と頭を下げたので、私も留飲を下げて、

「おじさん! 客商売は、人を見る目が大事よ?」

 嫌味の一言だけで済ませることにした。 でも、息子の無礼は話が別だ。

「さっさと返金しないと、他の乗客が待ちくたびれるわよ? 私の分だけだから早くして」

「あ? 待て待て! だったら俺も歩くに決まってるだろう? 2人分の返金だ!」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 俺が悪かったよ! ちょっとした冗談のつもりだったんだ」

 私だけでなくイザックまで返金を求めると、息子の方もさすがに慌て出した。

「わかったよ! 2人とも1万メレの値引きでいいから乗ってくれよ! もう、二度とあんなこと言わないと誓う!」

「誰に?」

「………女神ビジューに!」

 ビジューに誓うのは勇気のいることだったらしい。 決死の覚悟!と顔に書きながら息子は誓った。

 だったら……、

「私は野営中の護衛ならしてあげてもいいわ。 でも、その間、馬車から離れないで行う行動は制限しないことが条件よ」

「護衛は夜番の方が辛いんだぞ? 何をするつもりだ?」

「料理」

「…朝の分か?」

「森の中で食べる携帯食よ」

「本当に森に行く気なのか……。 わかった、それでいいから乗ってくれ。 あんたとBランクの兄さんはセットで野営だ。 このことは俺たちからうちの護衛に伝えておく。 昼間はうちの護衛に任せるけど、夜は頼むぞ?」

「わかった。 当然俺たちが討伐した魔物は俺たちのものだし、昼にあんたらの護衛が手に負えない敵襲があったら、その時に俺たちが討伐した魔物も俺たちのもの、ってことだな」

「……わかった。それでいい。 だが逆もそうだぞ! あんたらの手に負えない敵襲があってうちの護衛が手伝ったときは、護衛が倒した魔物の所有権はやってくれよな」

 私の希望は通ったからあとをイザックに任せると、トントンと話が進んで、私たちは馬車の護衛を引き受けることになった。

 御者から返してもらった1万メレをマルタに返そうと振り返ると、マルタが満面の笑みでサムズアップを送って来たので、どうやら返さなくてもいいらしい。

 笑って受け取ることにして、みんなに大きく手を振ってから馬車に乗り込んだ。

 私の腕の中でみんなに愛想を振りまいていた従魔たちも、おとなしく私のマントの中に移動する。

 さて、初めての馬車旅はどんな感じかな?
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