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お仕事 1
しおりを挟む応接室のテーブルには厚みのある1冊の冊子が乗っているだけ。私の予想では様々な糸が山と積まれているはずだったんだけど?
これから見本を運んでくるのかな? これは❝その間の暇つぶしにどうぞ❞って感じ?と思いながら開いた冊子の中を見て、思わず苦笑が漏れた。
冊子の中には短く切られた糸と値段、今日持ち帰りが可能な量や、これから用意できる量とその納期などが細かく記載されていたんだ。
今までが現物を見ての買い物だったから、こんな風にカタログを出されるとは思ってもみなかった。思い込みって怖いよね?
自分の視野が狭くなっていたことを反省しながら、ゆっくりとカタログに目を通す。
昨夜話をした後の、ラファエルさんの働きに心から感謝をしながら。
たくさんの糸をカタログにまとめて在庫数を確認し、今後の為に納期を調べてくれるのがどれほど大変なことか。
きっと昨夜はほとんど眠っていないだろうラファエルさんは、疲れも寝不足も感じさせることのない穏やかな微笑みを浮かべている。……だったら、私はラファエルさんの頑張りを無駄にさせないだけのお買い物をするだけだ!
資金を送ってくれたモレーのお父さまに改めて心の中で感謝を告げて、私は気になる糸を遠慮なく注文していく。
「このお手頃な価格帯の糸は全て貰っていくわね。 この色とこの色とこの色を除いた糸を追加で発注しておいてもらえる? これから7日以内で納品できる糸だけを市場が混乱しないだけの量で。
それから、このページから最後までの高級な糸は……この色とこの色だけを除いた全てを貰おうかな。あ~…、でも高級な糸は追加発注した場合の納期がちょっと先になってるね? だったら全部もらっていくと困る人たちも出ちゃうかな?」
「お買い上げありがとうございます。ここにある分を全てお買い求めいただいても、市場には大した影響はでませんのでご安心を。それに、今のシーズンはあまり需要が見込めませんので、職人たちが大喜びで働くだけですよ」
少し遠慮した方が良いかと思ったんだけど、ラファエルさんに買い占めても大丈夫だと言われたので安心して買わせてもらう。
もちろん、今回買った糸は全て【複製】するつもりだけどね。計画が上手く運んだら、これからも大量の糸を買わせてもらうことになる(【複製】のカムフラージュの為にもね)から、地元のジャスパーのギルドには職人さんとのパイプも太くしておいてもらいたいことをお願いすると、飛び切りの笑顔で頷いてくれる。
「ふふっ、ヤツの悔しがる顔が目に浮かびますね~」
なんて呟きが聞こえたけど気にしない。担当外のお仕事が増えてしまったのに笑顔を絶やさないラファエルさんに感謝を深くするだけだ。
支払いをしている途中、ディアーナが到着したとの連絡が届いた。そろそろ<冒険者ギルド>にお使いを送ろうと思っていたのでとてもいいタイミングだ。
お茶を出そうと思ったけど、ディアーナ当人が「後でいい」と言ってくれたので先を急ぐことにする。
晩ごはんの前までにはある程度のことをすませたかったので、すぐに出発できるのはありがたい。
ハクはラファエルさんに、ライムはディアーナにそれぞれ抱っこをしてもらいながら次の場所に足を急がせた。
もちろん、寂しくなんかないよ? ほんとだよ?
……スレイも従魔部屋から出して一緒に連れてくれば良かったと思ったのは内緒です。
「アリスさん……。こんにちは」
「こんにちは!」
孤児院に着くと、庭で遊んでいた子供たちがなんだか微妙な距離を取りながら挨拶をしてくれる。
今までは弾けるような笑顔で迎えてくれていたから少し途惑ってしまったけど、
「やっぱり…、私たちはここを出ていくの……?」
年長の女の子の一言で理解する。
私がここの家主になったことを子供たちは知っているんだ。院長さんにはちゃんとお話をして納得してもらったけど、どうやら子供たちは私を疑っているらしい。
まあ、仕方がないよね?
子供たちにとっては死活問題な上に、私は今日ここにお邪魔することをGランク冒険者を通して伝えていて❝全員に大切な話があるので、お昼を過ぎたらどこにも行かずに家にいて欲しい❞とお願いをしているんだから。
出てきたミネルヴァさんが、
「まあまあ! アリスさん、もういらしていたのね! みんな、どうしてアリスさんを食堂に案内しないの?」
笑顔で私を迎えてくれても、
「……僕たちはみんなでここにいられるんだよね? アリスさんの大事な話って、気が変わったからここを出ていけってことじゃないよね?」
不安そうな顔は変わらない。不安そうにミネルヴァさんのスカートの裾を握りしめて、私の❝気まぐれ❞を警戒していた。
仕方がないから契約書を取り出して、ミネルヴァさんと交わした契約内容を説明する。
❝私の気が変わったとしても、ミネルヴァさんの同意がない限り、この土地家屋は売買できない❞ことを詳しく説明すると、やっと安心してくれたようだけど、
「おかあさんが詳しく教えてくれなかった理由がわかった。私たちを相手にこんな契約をしちゃうなんて……。私たちは誰にも言わないよ! 私たちを助けてくれたアリスさんのことは、私たちが守らなきゃ!」
年長の女の子が心配そうに私を見るのは納得いかないよ?
子供たちに守ってもらうなんて、大人としては失格なんだからね?
まずは別室でミネルヴァさんに今日の来訪の理由を説明する。その間、子供たちは食堂に集まってもらいおやつタイムだ。
インベントリからほくほくの焼き栗を取り出して、何枚かのお皿に盛って子供たちの間に置いていく。
「ちゃんと手を洗ってからね? じゃあ、ちっちゃい子たちのお世話をよろしく!」
年長さんの子たちにもいっぱい食べて欲しかったので、自分で皮を剥くのが難しい子たちの面倒は、ディアーナたち4人の大人(ディアーナとラファエルさんとここの護衛兼子守のルシアンさんとマッシモ)に任せて私はゆっくりとミネルヴァさんとお話をする。
ハク、ライム! あんまり食べ過ぎちゃだめだよ? 今日は子供たち優先だよ~^^
ミネルヴァさんが食堂のドアを開けるなり、
「みんな! アリスさんがお仕事をくれるわよ! ここでお金を稼げるようになるわ!」
「お仕事?」
「ええ、<組紐>を作るんですって!」
と叫ぶように言ったのは、それから30分後の事だった。
顔を焼き栗で真っ黒に染めながらポカンとした顔の子供たちは……、とっても可愛かったです!
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