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トラブルはお約束? 2
しおりを挟む宿の部屋に入って最初にすること? それは、
「【クリーン】!」
自分が納得できるまで部屋を清浄化すること。
宿のスタッフさんが綺麗に掃除をしてくれていることと、部屋の綺麗さにこだわっていた商人さんが使っていただけあって汚れてはいなかったんだけどね?
やっぱりなんとなく他者の気配が残っている気がしたから、気が済むまで全ての部屋を【クリーン】してやっと落ち着くことができた。
改めて部屋に目をやり、家具や調度品の位置が私が使っていた時と同じ仕様になっていることに感謝しながら、
「お待たせしました! どうぞ~」
ドアの前で待ってくれていた総支配人さんに声を掛けて中に入ってもらう。
予定では、部屋に入ったらすぐにベッドに直行!のつもりだったんだけどね。ちょっとだけ変更。
商人さんが騒ぐフロントで、もうしばらくは部屋に入れないと覚悟を決めた私をドアパーソンさんはこっそりと連れ出して案内してくれた。……総支配人室まで。
ドアパーソンさんから事情を聞いた総支配人さんは商人さんの荷物が運び出されていることを確認すると、すぐに私の泊る予定の部屋の鍵を取りに行かせ、わざわざ部屋の前までエスコートしてくれたんだ。宿の不手際で疲れている私を待たせて申し訳ないと謝りながら。
今回のことは宿の責任ではないのにね? どこにでもいる困ったちゃんがたまたまこの宿のフロントにいただけの話だ。
彼の言う通りに、私を他の部屋に案内しようと思わなかったのかと聞いたら、
「お使いいただいていた部屋をご用意すると、お約束をしておりましたので」
さらりと微笑まれた。
フロントで声を荒げる人を宥めるより、私に事情を話して部屋を代わらせた方が宿としては楽だっただろうに、きちんと約束を守ってくれたことが嬉しかった。
だから、部屋の前までエスコートしてくれた総支配人さんから「お疲れが取れてからで結構ですので、少しお時間を」と言われてそのまま招待したんだ。約束を守ってくれたお礼に、お土産を渡したかったしね!
総支配人さんの用件は、宿の食事についての報告だった。
<キャロ・ディ・ルーナ>で香辛料控えめな料理が評判になったことと、香辛料控えめな料理がオーダーの7割を超えたことから、全ての料理の香辛料を控える方向にシフトチェンジしたそうだ。
メニュー表を一新し、希望された時のみ香辛料をふんだんに使った料理を提供する形にしたらしい。
その結果、香辛料至上主義の人は2番手や3番手の宿に流れてしまったが、新規の顧客層の獲得に成功し、高級宿の中では断トツの人気ナンバーワンを独走状態の上、香辛料を控えたことで、それまで不振気味だった女性や子供、年配の方の食欲が増進され、客単価が上がったそうだ。
高級な香辛料の使用が減って経費が削減されていても、お客さんのプライドを傷つけないようにお値段は据え置き。その上でお客さんの食べる量が増えたなら? ……ウハウハだね!
とても丁寧にお礼を言ってくれた総支配人さんは、お土産の極桃を大切そうに両手で捧げ持ちながら嬉しそうに部屋を出て行った。
………けど、すぐに怖~い笑顔で戻って来てくれた。
総支配人さんが出て行ってすぐ、
❝コン、コン❞
ドアをノックする音が聞こえた。
放置していると、
❝コン、コン❞
❝コン、コン❞
時間を置いて何度もノックされるので、心優しいライムが、
「だれかきかなくてもいいの?」
心配そうにドアと私を交互に見始める。
ハクは落ち着いた顔で毛繕い中。ドアをノックしている人を相手にしない理由はわかっているけど、ライムには私から説明してやれってことかな?
ハクが説明してくれたらいいのに、と思っている間にもノックの音が続くので、不思議顔のライムの為に口を開く。
「あれはねぇ。罠なんだよ」
「わな?」
「うん。回避しないと、この部屋をトイレにされちゃうの!」
「といれ!?」
ライムが驚いてぽよんっと跳ねるのとほぼ同時に、
❝コン、コン❞
「!? 君は何をしている?」
再度のノックの音と、慌てたような男性の声が聞こえた。
「ご主人さまのご命令でわざわざ先触れに来たのに、返事すらしないのです。……中にいるのはわかっているのに失礼ですよね?」
❝コン、コン❞
ノックの主はまたもやノックをしながら質問に答えたが、
「やめんかっ! 私の恥になるっ!」
後から来た男性に止められた。 ……どこかで聞き覚えのある声がなにやら叱りつけているようだ。
その声を聞きながら、ハクが欠伸交じりにライムに向き直り、
(人族の間でノックを2回はトイレの時なのにゃ。場所でノックの回数を変えるなんて面倒にゃね~。トイレ以外のノックは)
❝コン、コン、コン、コン❞
(……4回にゃ)
説明をしている間に、再度のノック音。
………面倒だけど、出ないと仕方がないみたい。
渋々とドアを開けると、思った通り、フロントで声を荒げていた商人さんが立っていた。
商人さんは私を見て、部屋の奥まで視線を送り、従魔たちを見て、また私に視線を戻す。
そうして何かに納得したようにニヤリと笑うと、
「私は今朝までこの部屋に泊まっていたのだが、この部屋から見える風景がとても気に入ってしまってね。私が今泊まっている部屋と変えてもらえないだろうか。 部屋のランクは同じだから君に不都合はないと思うのだが?」
いきなり部屋の交換を申し込んできた。
(図々しい男にゃ)
(こいつ、うそつきだぁ)
宿に断られたから直接交渉にきたらしい。
確かにランクが同じ部屋だって所には不都合はないだろうけどね。この部屋より綺麗ではない部屋に代わることは、私にとって不都合だと思うんだけどね~?
ハクとライムの言葉に内心で何度も頷いていると、
「お客さまはこちらで何をされておいででしょうか?」
いつの間にか戻って来ていた総支配人さんが、目じりを下げて口の端を上げた表情で商人さんに声を掛けた。……目の奥が笑っていないことを除けば完璧な笑顔だ。
一瞬だけギクリと背を強張らせた商人さんだったけど、すぐに微笑みを浮かべ、
「この部屋を譲ってもらえないかとお願いをしているだけですよ」
あっさりと自分の行動をばらしてしまった。その上で総支配人さんの耳元に口を寄せ、
「どうやら彼女はあまり❝良い客❞ではないようだ。獣たちに調度品を壊されないか、部屋を汚されないかと不安なのでしょう? お気持ちをお察ししますよ。この部屋は私が綺麗に使って差し上げます」
……ハクとライムを侮辱した。
うちの仔たちは、部屋を綺麗にすることはあっても、汚したりなんかしないよっ!!
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