女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ

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お引越し準備。の準備 5

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 売買の現場におけるよくある手法。その1。

 売り手は自分の売りたい価格よりも大幅に高値を付け、買い手は自分の買いたい価格よりも大幅に安値をつける。そしてお互いが自分の希望する金額になるように、交渉しながら小刻みに値下げ・値上げを繰り返す。というものだ。

 でも、この場合は何かがおかしい。こちらの希望価格……、いや、以前に商業ギルドが出した査定額以上の価格になっている。

 これはきっと冗談だろう。だったらこの冗談に乗って1000万メレとでもいうべきか?なんて一瞬だけ考えたんだけど、もし、「じゃあ、それで♪ 交渉成立!」なんてことになったらどれだけハクに叱られることか。と考えて、とりあえずはふっかけてみて様子を見ることにする。

「………1億と500万メレでは?」

「結構です。交渉成立、ですわね!」

 まさかすんなり通ってしまうなんて、思わないよね!?

 だから、ハクに、

(アリスのおバカ! どうして2億って言わないのにゃ?)

 なんていたずらっぽい笑顔で言われても、困る以外の反応ができない。

 何かの冗談かと思ってカッサンドラさん、総支配人さん、商業ギルドの担当者さんの顔を順に見てみても、カッサンドラさんの満足そうな笑み、総支配人さんの穏やかな笑み、商業ギルド担当者さんのにこやかな営業スマイルが返ってくるだけで、話が戻る気配はない。

(ダメだ。これは黙っていたらそのまま話が進んでしまう!)

 みんなの態度でそれに気が付いた私は内心の動揺を抑え込むようににこやかな笑顔を湛え、

「と言うのは冗談で、3千万メレ」
「にゃーっっ!(5千万メレにゃ!)」

「……5千万メレでどうですか?」

 私の買値は2千700万メレだったんだから300万上乗せで3千万。と思ったら、ハクからの物言いが付いたので5千万メレでの売却を提案をする。査定額に近い金額だしね。

 向こうが提示した1億の半額なんだから、きっと笑って交渉成立!になるだろうと思っていたら、カッサンドラさんは人差し指で唇をなぞりながら、

「1億5千万メレ、ですか。払えない金額ではございませんが、今のタイミングでの値上げはいささか……、素直に是とは言い難いですわね」

 少し不服そうに私と総支配人さんを交互に見た。

 ! 違うよ? カッサンドラさん、ちゃんと話を聞いて? ただの5千万で、プラス1億なんて私は言っていないよ?!

 総支配人さんは私の言いたいことがわかっているのかいないのかが読めない、穏やかな微笑みを浮かべたまま何にも言ってくれないし、ギルドの担当者さんは相変わらずの営業スマイルのままなので、ここは自分でなんとかするしかない。

 内心の動揺を隠しながら、

「ただの5千万メレよ」

 と言ってみる。

「わたくしは1億メレと申し上げたのですわよ? それをご自分で値下げしようとおっしゃるの!? ……何を考えておいでなのかしら?」

 するとカッサンドラさんは驚愕!といった表情を浮かべ、私の言ったことを深読みして探るような視線を向けてきた。

 それを言うなら私にだって言い分があるんだよ?

「この土地家屋の査定額はせいぜい5千万メレ前後。それを1億だなんて、この土地で一体何を始めるつもりなの? この家と庭にはミネルヴァさんと子供たちの思い出がいっぱい詰まっているから、あまりよろしくないことには使って欲しくないんだけど?」

 素直に思ったことを吐露してみる。

 正直なところ、高値で買ってくれるよりも出来ればそのまま……は無理か。改装して別邸にでも使ってくれる方が嬉しいんだよね。

 もちろん、買い取った後に宿の別館を立てたり、馬車置き場などに使用されても文句なんて言えないんだけど。

 それでも、例えばこの購入は転売目的(向こうの提示額を考えたら可能性はほぼ0だろうけど)で第二の購入者がここを牢獄にしたり、逆に犯罪者のアジトになんかされるのは嫌だから。

 目に力を込めてじっとカッサンドラさんと総支配人さんを見つめていると、カッサンドラさんは少しだけ困惑を滲ませながら総支配人さんに視線で何かを問いかけ、総支配人さんが微笑みを深くして頷くと、カッサンドラさんも何かを納得したように頷きを返し、

「やはり、あなたから聞いていた通りのお人柄ですのね……。では、あなたのアドバイスに従いますわ」

 表情を真摯なものに変えて居住まいを正した。

 ……さすがはご夫婦。視線と笑みだけで会話が成り立ったようだ。

 総支配人さんがカッサンドラさんにどんなアドバイスをしたのかや、どんな人柄だと紹介されていたのかは気になったけど、この続きを黙って聞いていればわかるだろう。

 色々と気になることに蓋をして、カッサンドラさんに話の続きを促した。














「最初に提示した1億……、いえ、1億3千万メレで買い取らせていただき、家屋は少し手入れをするだけでそのまま使いますので、あの素晴らしい野菜を作る為のノウハウを教えてください」

 カッサンドラさんは何も言葉を飾ることなく、素直に自分の要望を口にした。

 最近一部で話題になっている、ミネルヴァ家のおいしい野菜。ほとんどは私が買い取っているんだけど、私が不在の間は商業ギルドに買い取りを依頼していた。

 もちろん、ギルドに買い取ってもらうのだからギルドから売りに出されることは想定内だった。でも、それが一部で熱狂的なファンを作っているとは想定外だったけど。

 カッサンドラさんはこのおいしい野菜を宿キャロ・ディ・ルーナで独占して、収穫した野菜を使って宿の料理を作りたい。収穫量によっては余るものも出てくるだろうから、それは自分の持っている商会で売りに出したいと話してくれた。

 確かに、料理自慢の宿になった<キャロ・ディ・ルーナ>の料理をあの野菜で作ったら、ますます評判が上がる未来が簡単に想像できる。でも、今のミネルヴァ家の畑だけでは、宿で出す食事の全てを賄うほどの収穫は見込めない。……ああ、だから❝ノウハウ❞を教えろってことなのか。

 庭は土地のほとんどを畑にするようだけど、家屋の方は、野菜の世話をする人たちや野菜の盗難を防ぐ為に雇う従業員たちの宿泊&休憩所として活用してくれるとのこと。

 条件としては、悪くない。でも、

「残念なことに野菜作りのノウハウは持ってないの。あれはとある場所で手に入れた特別な肥料のお陰で出来上がったおいしさだから」

 本当はライムが作ってくれた肥料えいようなんだけどね? まあ、そこは内緒のままで構わないだろう。

 問題は、ライムの作ってくれた肥料の効果が永久ではないってことだからね。

 あの畑をそのまま置いて行っても、すでに野菜に栄養を与え続けている土では、いつまでもおいしい野菜を収穫させてはくれないだろうから、この話は白紙に戻るだろう。 そう思いながら詳しい説明を開始(秘密は秘密のまま)すると、

「カッサンドラ」

 それまでほとんど口を開かなかった総支配人さんが奥さんの名前を呼び、ゆっくりとした動作で一つ頷く。それを見たカッサンドラさんは、

「アリスさまのご希望は5千万メレですのね? では、やはり1億3千万メレお支払いさせていただきますわ!」

 何を思ったのか、こちらの提示した価格よりずうぅぅぅっと高値、いや、最初に彼女が提示した価格よりもさらに高値での買い取りを高らかに告げた。

 ……私の話、聞いていなかったのかな?
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