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お引越し準備。の準備 6 (人に歴史あり)
しおりを挟むカッサンドラさんが口にした、買い取り額の値上げ。
最初に希望した❝ノウハウの伝授❞ができないとわかった上での話なので、もう、私には訳がわからない。
「ですので、アリスさんがお持ちになっている肥料の入手先と、今お手持ちの肥料をわたくし共にお譲りくださいまし」
その上、カッサンドラさんが真摯に頭を下げながら言ったことで私の頭の中ではますます?マークが増えてしまう。
1億3千万の内の5千万が土地家屋の代金として、残りの8千万メレが肥料の入手先と手持ちの肥料の代金? 私がどれほどの量を持っているかもわからないし、肥料の入手先がここからとっても遠くって、採りに行く為の費用と宿で出せる料理の価格が割に合わない可能性だってあるのに?
カッサンドラさんは何を考えているのかな? この宿を潰してしまうつもりなのかな?と少しだけ心配になってしまった私をみて、カッサンドラさんは頬をうっすらとピンクに染めながら、
「わたくしはこの宿をこの国で1番の宿にしたいのですわ。国王陛下がこの宿に泊まることを目的にこの街への滞在をお決めになるほどの宿にしたいと思っておりますの」
恥ずかしそうに、でも胸を張って心の内を話してくれた。
❝国王陛下のご宿泊❞は宿を営む経営者なら、きっと大勢の人が夢見ることの一つだろう。でも、その夢の為に使う金額が大きすぎないか? これが金持ちの道楽ってヤツなの?との私の疑問は、
「カッサンドラさまは我がギルドでも多くの職員に一目置かれるほどの凄腕商人なのですよ」
同行していた商業ギルドの職員さんの一言で、余計に大きくなってしまった。
凄腕商人がそこまでの経費を掛けて願う❝国王陛下のご宿泊❞は、億を超える経費を上回る効果を得る事が出来るってこと? 王さまが泊まりに来るって言うことは確かに名誉なことだけど、その分色々な所の改修とかが必要になるだろうし、警備の問題を考えると王さまの宿泊予定日の数日前から他の宿泊客を断っておく必要もでてくるだろう。
私としては、結構面倒なことだと思うんだけどな? 確かに名誉なことだけど。
と思っていたことは私の表情に表れていたようで、カッサンドラさんはますます頬を赤く染めながら、
「国王陛下が熱望する宿の支配人になってもらうことが、私の夢であり、目標であり、私との婚姻の為に貴族籍を捨ててくれた夫への愛の示し方だと思っておりますの」
とっても小さな声で告白してくれた。
……あれぇ? 経営に関するお金のにおいが遠ざかり、なんだかロマンスの香りが漂っている気がするのは、私の気のせい、かなぁ?
お茶目だけどとっても品のある総支配人さんは、元々は伯爵家の次男だったらしい。だから、いろんな貴族家の家庭教師が務まっていたんだね。うん、ひとつ納得。
そんな人がどうして今、平民として宿の支配人をしているか、なんだけど。
一言で言うと、❝愛の為❞。
もう少し詳しく言うと……。
総支配人さんとカッサンドラさんが出会ったのは、この街の領主であるルクレツィオさんの家庭教師をしていた頃。将来領主として守るべき人たちに対する責任を持たせる為に、ルクレツィオさんを連れ出して領内の視察をしている時だった。
小腹を空かせたルクレツィオさんに強請られて屋台通りに足を運んだところ、親とはぐれて泣いている1人の少女を見つけたのだ。
泣いている姿すら可愛らしい少女に見惚れてしまったルクレツィオ少年が、やっと彼女に声を掛けることを思いついた次の瞬間、
「ねえ、どうして泣いているの? もしかして迷子なのかな? だったら私がお家の人を探してあげるから一緒においで」
ルクレツィオ少年よりも一足早く迷子ちゃんに声を掛けた一人の美少女がいた。
美少女は出番を取られて呆然としていたルクレツィオさんに気が付くと、ルクレツィオさんの隣で佇んでいた総支配人さんを見て、すぐに彼らを巻き込むことに決めたそうだ。子供一人で探すよりも大人の人に力を貸してもらう方が、より早く迷子ちゃんを保護者に会わせてあげられると考えたから。
もともと泣いている少女に声を掛けようとしていたルクレツィオさんは美少女のお願いに否やは無く、自主的に良いことをしようとする生徒を止める必要を感じなかった総支配人さんも快く迷子ちゃんの保護者探しに同意した。
可愛らしい迷子ちゃんと面倒見の良い美少女にカッコいい所を見せたかったルクレツィオさんは、迷子ちゃんから詳しく事情を聞くと、張り切って、
「一刻も早くこの子の親を探してやってくれ」
まず家庭教師であった総支配人さんに保護者探しを依頼した。
総支配人さんが近くを通った人にお金を渡して衛兵さんを呼んで来てもらい、事情を話して該当者がいないかを確認し終わると、少女2人にお腹は空いていないかと聞いてやり、愛らしい少女が恥ずかしそうにお腹を押さえるのを見ると、
「この子たちは腹が空いているようだ。何か食べ物を用意してくれ」
総支配人さんに依頼して、屋台のスープを確保させた。ついでに泣いていた少女の涙を拭いてやろうと、総支配人さんにハンカチを要求する姿は、大人を自分の手足のように使う恰好いい男、のつもりだったようだ。
まあ。実際に、幼い少女は自分とあまり変わらない年齢のルクレツィオさんが、大人の男性にテキパキと指示出しするのを見て、キラキラした目でルクレツィオさんを見ていたそうなのでその目論見は成功した。……半分だけ。
幼い少女は自分を気遣って大人に支持を出してくれるルクレツィオさんを❝王子さま❞のように感じたようだけど、少しだけ彼らより年上の美少女の目には、ルクレツィオさんの指示を穏やかに、だけど的確にこなしていく総支配人さんこそが恰好いい存在に映っていたからだ。その、年齢よりも大人びた着眼点を持っていた美少女がカッサンドラさんだった。
迷子ちゃんの保護者を探すのにただ大声でその存在を探すのではなく、衛兵さんに事情を話して集団の力を使って探してもらうようにしたことや、不安な時に温かい飲み物を口にするだけでもほっとするから、という理由でスープをチョイスし、商品が出てくるまでの間に屋台の大人たちに事情を説明して情報を手に入れようとする姿を見て、頼りになる恰好良い人。という印象を深め、衛兵さんに事情を聞いた迷子ちゃんのご両親が迎えに来てくれたのをみてほっとした柔らかい表情を見せた総支配人さんにときめきを感じたらしく、その場で総支配人さんに❝告白❞をしたそうだ。親子ほどの年齢差をモノともせずに。
もちろん、幼い子供の突然の告白に慌てるような総支配人さんではなかったそうで、穏やかな笑顔で彼女の好意にお礼を言い、しかし柔らかい口調できっぱりとお断りをされてその場で解散となったらしい。
……うん、まあ、当然の反応だよね。
でも、それで諦めなかったのがカッサンドラさんで、領主家とも取引のあった大きな商会の1人娘としての特権をフルに使い、あっさりと総支配人さんの身元を突き止めた。
……探し人は取引先の領主家にいたんだから、見つけるのはとても簡単だっただろうね。
そこからカッサンドラさんの猛攻撃が始まった。
幼い子供の淡い初恋だと高を括っていた両親をあの手この手で口説き落とし、同じく幼い子供(しかも美少女)の初恋を微笑ましく眺めていた領主家の当主夫妻に対しては、総支配人さんが自分を受け入れてくれる時が来たなら、それを祝福してくれるという約束を取り付けて、もう、ひたすら一直線に総支配人さんに自らの恋心をぶつけ続けたそうだ。
年の差を理由に本気にしていなかった総支配人さんを口説き落とすのは、とても大変なことだっただろうに、諦めずに長い時間をかけて思いを成就したカッサンドラさんは素晴らしいと思う。
そして、彼女の思いを受け入れるなり、大きな商会の一人娘とはいえ、平民のカッサンドラさんと結婚するのには自らの貴族籍が邪魔になるとあっさりと貴族籍を捨てて平民になり、商家の婿になった総支配人さんにも拍手喝采だ。
当時の2人の攻防戦。この目で見て見たかったなぁ……。と思ったのは、私だけではないハズ!
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