28 / 131
第2章 となりの女神と狐様
14.近所の女神様
しおりを挟む
その間、俺達は二階に居たが、夏也は帰ってすぐ食事の支度や風呂など、一階で過ごしていたので、俺達の気配に気付く事はなかった。
『今日はキャベツと豚肉炒めじゃったよ。春のキャベツは歯ざわりが良くて美味いのう。味付けはお前さんのレシピじゃよ』
西原と話をしながら暫く待っていると、神様が夕飯を済ませてやって来た。
『ちぇ、羨ましいなぁ。いい加減芋とキノコも飽きたぜ』
『夏也の作った料理も、いつか食べてみたいがな……。さあ、まずは仕入れ交渉を成功させよう』
俺達は神社を目指し、宵闇の中へと繰り出した。道の暗さも、生温い風も我々幽霊にはお誂え向きだ。
そんな俺達がこれから会いに行くのも神様という人外の存在なのであるが。
家の前の坂道を下って、左手に道なりに進んで行くと、月影に浮かぶ鳥居と石段が見えてくる。
『ここも久しぶりだな』
『大人になってからは、年末年始くらいしか来ないからなぁ』
西原と並んでこの石段を登るのなんて、それこそ子供の時以来ではないだろうか。
神様とは数年前に一度、彼の帰るべき社を探しに、ここへ来た事があった。その時の俺はまだ生きており、直接ここの神様の姿を見た訳ではなく、うちの神様についての情報も特に掴めなかった。
(幽霊になった今なら、直接話が出来るのだろうか?)
そんな事を考えながら上まで登りきると、少し開けた場所に出る。木々の間から星明かりが見える他は、奥に佇む拝殿もすっかり闇に沈んでいた。
生身の人間であったなら、とても長居はしたくない景色である。
『まずは、弁天様に挨拶すべきか?』
『そうじゃな。サザナミの方が 真面じゃから、先に聞きたい事が有れば話してみると良い』
『ん? 弁財天様じゃねぇのか?』
西原が不思議そうに尋ねる。
『そんな位の高い神が、一々こんなど田舎の神社に直接出張って来る訳なかろう。使いの駆け出し女神じゃよ』
神様が手をはたはたと手を振りながら解説する。
手水に寄るべきか迷ったが、この身体では汚れもへったくれもなかろう。穢れも払うべきなのだろうが、誤って成仏しても困るので辞めておいた。
真っ暗な拝殿の前に立ち、手を合わせ柏手をすると、扉の奥にほんのりと橙色の明かりが灯った。
(何度も来た神社だが、神様の姿を直接拝むなんて初めてだ……)
やがて扉が僅かに開き、隙間から白魚のような手が現れる。俺は思わず息を飲んだ。
扉は音もなく開かれ、美しい黒髪をさらりと垂らした清楚な雰囲気の美しい女性が進み出て来た。彼女はふわりと微笑むと、涼やかな声で語った。
『今晩は、駆け出し女神のサザナミです』
『しっかり聞こえてんじゃねーか!』
西原が神様をどつく。なんかもう俺達の神に対する不敬が過ぎる。再審で地獄逝きにならなきゃいいが。
『ふふ、冗談ですよ。護堂さんや西原さんには何度も参拝いただきましたので覚えております。お二人ともまだお若いのに残念な事でした……。それで、神様と幽霊の皆さんで、本日はどういったご用件でしょう?』
『実は、霊界にある食堂用に、食材を届けて欲しくて、お稲荷さんに相談に来たんだ』
『霊界の食堂……?』
サザナミ様は不思議そうな顔をする。神様であっても、用事が無ければ霊界に行く事など無いのだろう。
『俺達は予定より早く死んじまった分、霊界で働く獄卒用の食事を考える役目を仰せつかったんだが、あっちにはロクな食材が無くって困ってるんですよ。人間界から霊界へ正式に食材を回して貰えるルートを探してるんです』
『そう言う事であれば、確かに稲荷を通じて食物の神と相談してみるのが良いかもしれませんね……』
西原が事情を説明している間、俺の脳裏にふとある疑問が過る。
『アンタは、俺達が死んだ事を知っていたようだが、何で死んだかは分かるのか……?』
その場に一瞬緊張した空気が流れた。
『……いいえ。でも、ここ数年でこの辺りに怪しい気配を感じる事は増えました。不審な死が続いている事実も把握はしているのですが、正直こちらも原因が掴めておりません……』
サザナミ様は溜息を吐いた。
『大切な氏子達を守る事も出来ず、自分の未熟さが呪わしいです……。本当に氏神失格ですね……』
確かにこの神社は、この辺りの氏神様に当たる。その地域に住まう者達の守護は、氏神の勤めなのだろう。
どうやらさっきの反応は、冗談というより普段から気にしていた事に触れてしまった事に寄るのだろう。落ち込む女神に俺は問い掛けた。
『今日はキャベツと豚肉炒めじゃったよ。春のキャベツは歯ざわりが良くて美味いのう。味付けはお前さんのレシピじゃよ』
西原と話をしながら暫く待っていると、神様が夕飯を済ませてやって来た。
『ちぇ、羨ましいなぁ。いい加減芋とキノコも飽きたぜ』
『夏也の作った料理も、いつか食べてみたいがな……。さあ、まずは仕入れ交渉を成功させよう』
俺達は神社を目指し、宵闇の中へと繰り出した。道の暗さも、生温い風も我々幽霊にはお誂え向きだ。
そんな俺達がこれから会いに行くのも神様という人外の存在なのであるが。
家の前の坂道を下って、左手に道なりに進んで行くと、月影に浮かぶ鳥居と石段が見えてくる。
『ここも久しぶりだな』
『大人になってからは、年末年始くらいしか来ないからなぁ』
西原と並んでこの石段を登るのなんて、それこそ子供の時以来ではないだろうか。
神様とは数年前に一度、彼の帰るべき社を探しに、ここへ来た事があった。その時の俺はまだ生きており、直接ここの神様の姿を見た訳ではなく、うちの神様についての情報も特に掴めなかった。
(幽霊になった今なら、直接話が出来るのだろうか?)
そんな事を考えながら上まで登りきると、少し開けた場所に出る。木々の間から星明かりが見える他は、奥に佇む拝殿もすっかり闇に沈んでいた。
生身の人間であったなら、とても長居はしたくない景色である。
『まずは、弁天様に挨拶すべきか?』
『そうじゃな。サザナミの方が 真面じゃから、先に聞きたい事が有れば話してみると良い』
『ん? 弁財天様じゃねぇのか?』
西原が不思議そうに尋ねる。
『そんな位の高い神が、一々こんなど田舎の神社に直接出張って来る訳なかろう。使いの駆け出し女神じゃよ』
神様が手をはたはたと手を振りながら解説する。
手水に寄るべきか迷ったが、この身体では汚れもへったくれもなかろう。穢れも払うべきなのだろうが、誤って成仏しても困るので辞めておいた。
真っ暗な拝殿の前に立ち、手を合わせ柏手をすると、扉の奥にほんのりと橙色の明かりが灯った。
(何度も来た神社だが、神様の姿を直接拝むなんて初めてだ……)
やがて扉が僅かに開き、隙間から白魚のような手が現れる。俺は思わず息を飲んだ。
扉は音もなく開かれ、美しい黒髪をさらりと垂らした清楚な雰囲気の美しい女性が進み出て来た。彼女はふわりと微笑むと、涼やかな声で語った。
『今晩は、駆け出し女神のサザナミです』
『しっかり聞こえてんじゃねーか!』
西原が神様をどつく。なんかもう俺達の神に対する不敬が過ぎる。再審で地獄逝きにならなきゃいいが。
『ふふ、冗談ですよ。護堂さんや西原さんには何度も参拝いただきましたので覚えております。お二人ともまだお若いのに残念な事でした……。それで、神様と幽霊の皆さんで、本日はどういったご用件でしょう?』
『実は、霊界にある食堂用に、食材を届けて欲しくて、お稲荷さんに相談に来たんだ』
『霊界の食堂……?』
サザナミ様は不思議そうな顔をする。神様であっても、用事が無ければ霊界に行く事など無いのだろう。
『俺達は予定より早く死んじまった分、霊界で働く獄卒用の食事を考える役目を仰せつかったんだが、あっちにはロクな食材が無くって困ってるんですよ。人間界から霊界へ正式に食材を回して貰えるルートを探してるんです』
『そう言う事であれば、確かに稲荷を通じて食物の神と相談してみるのが良いかもしれませんね……』
西原が事情を説明している間、俺の脳裏にふとある疑問が過る。
『アンタは、俺達が死んだ事を知っていたようだが、何で死んだかは分かるのか……?』
その場に一瞬緊張した空気が流れた。
『……いいえ。でも、ここ数年でこの辺りに怪しい気配を感じる事は増えました。不審な死が続いている事実も把握はしているのですが、正直こちらも原因が掴めておりません……』
サザナミ様は溜息を吐いた。
『大切な氏子達を守る事も出来ず、自分の未熟さが呪わしいです……。本当に氏神失格ですね……』
確かにこの神社は、この辺りの氏神様に当たる。その地域に住まう者達の守護は、氏神の勤めなのだろう。
どうやらさっきの反応は、冗談というより普段から気にしていた事に触れてしまった事に寄るのだろう。落ち込む女神に俺は問い掛けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる