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第六話 主君の教え、小姓の痛み
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菖蒲との秘密の逢瀬は、その後も燃えるように続いた。
二人が会うのは、決まって月の美しい夜。離れの茶室は、彼らにとって世界のどの城よりも安全で、甘美な閨となった。
鶴丸は、もはや初めて会った頃の怯えた小鳥ではなかった。
菖蒲という女を知り、愛されることで、彼は一人の男として驚くべき成長を遂げていた。
自信に満ちたその眼差しは、以前の儚げな美しさに、精悍な色を加え始めていた。
彼の指は、菖蒲の身体のどこに触れれば、彼女が甘い溜息を漏らすのかを正確に知っていた。その唇は、彼女が欲する言葉を、囁くべき時を知っていた。
菖蒲もまた、その変化に気づいていた。
自分が育てた果実が、今や自分を酔わせるほどの芳醇さを備えている。復讐という目的はとうに忘れ、ただ鶴丸という男に溺れる日々。その背徳的な幸福が、永遠に続けばよいとさえ、思い始めていた。
だが、彼らは忘れてはいけなかった。
鶴丸の身体は、そしてその運命は、城の主である有馬忠晴の掌の上にあるということを。
その夜、忠晴は珍しく上機嫌だった。長引いていた隣国との交渉が、有利な形でまとまったのだという。彼は祝杯と称して、夜更けまで酒を飲み、そして、慰みものとして鶴丸を自身の寝所へ呼びつけた。
鶴丸の心は、鉛を呑んだように重かった。
菖蒲という真実の悦びを知ってしまった今、主君への奉仕は、耐え難い苦痛以外の何物でもなかった。あの武骨で、自分勝手な手が、再び己の身体に触れる。そう考えただけで、胃の腑がひっくり返りそうだった。
だが、断ることなど許されない。それが、自分の今日を保証する忠義の奉公だったからだ。
「鶴、近う寄れ」
酒で赤らんだ顔の忠晴が、だらしなく寝台に寝そべりながら、手招きをした。部屋には、むっとするような酒の匂いと、忠晴の体臭が充満している。鶴丸は、息を殺してその側に膝をついた。
「……此度の交渉、なかなか骨が折れたわ」
「は。御屋形様のご尽力の賜物と、拝察いたします」
「ふん、口だけは達者よな、お前は」
忠晴は、面白そうに笑うと、鶴丸の顎を掴んで、ぐいと引き寄せた。
「褒美をくれてやる。……そうじゃな。たまには趣向を変えて、閨のいろはでも、さらに教えてやるか」
「……え?」
「わが新造(正室)は、いまだ懐妊の兆しもない。女とは、まこと面倒な生き物よ。力だけでは足りぬ。時には、こう……飴もくれてやらねばならん。よいか、鶴。女というのは、こういう風にされると弱いのだ。よう、覚えておけ」
それは、地獄の始まりだった。
忠晴は、まるで鶴丸の身体を、女の身体に見立てているかのように、一方的で、そして手荒な愛撫を始めた。
その指の動きは、菖蒲のそれとは全く違った。菖蒲の指が、花弁をなぞるように優しく、そして的確に悦びの蕾を探すのだとすれば、忠晴の指は力ずくでそれをこじ開け、蹂躙するような暴力性を秘めていた。
「どうじゃ、鶴。気持ちがよいか? よいよな?」
「……は……はい……」
嘘だった。
少しも気持ちが良くなどない。
「もっと、もっとはっきり言え」
そう言って、忠晴が鶴丸の尻を叩いた。
「はい! 蕩けそうに、あなた様に痺れております」
忠晴は「そうか、そうか」と腰を揺らした。
鶴丸は、固く目を閉じ、必死に菖蒲の顔を思い浮かべた。菖蒲の柔肌を、甘い声を、自分を求めて乱れる姿を。そうしなければ、この汚らわしい時間に耐えられそうになかった。
だが、忠晴の支配は、彼の心を蝕んでいく。
「どこがいいんだ、このスケベ小姓が。どうせ女働きで出世したと笑われるんだ、しっかり奉公してみせい」
そう言って、忠晴は、鶴丸を自分の所有物であることを示すかのように、荒々しく何度も打った。有無を言わさず、彼の身体を己の欲望のままに組み敷いていく。
「女はな、こうやって少しばかり手荒に扱ってやると、かえって燃え上がるものよ。憶えておけ。これも、男の甲斐性というものだ」
そう嘯きながら、忠晴は鶴丸の身体に、その唇で、己の歪んだ悦びの形を、深く刻みつけていった。
鶴丸は、ただ耐えた。心は菖蒲を想いながら、身体は主君の命令に従い、その陵辱を受け入れていた。その奉仕の果てに、彼は、望まぬ「術」を、その身に覚えさせられてしまったのだ。
忠晴が鶴丸の中で果てると、主君はそれが寵臣への義務であるかのように、「お前は、まだみたいだの」と、鶴丸と向き合って、その下半身を見た。
「顔は固いが、身体は正直。……関心、関心じゃ」
単なる身体の反応と、脳裏に浮かべる菖蒲の悶える姿から、そそり立った鶴丸のそれを、忠晴は愛おしく握って、無理に放出を急がせた。「一度ではならん。もっとじゃ」と、彼は無理な口淫を何度も求めた。
夜が明け、忠晴の部屋から解放された鶴丸は、ふらつく足で自室へと戻った。
身体が、汚されたように感じた。菖蒲に教わった、あの清らかで、美しい悦びの世界が、忠晴の手によって、泥で塗りつぶされてしまったかのようだった。
鏡に映った自分の顔は、青ざめ、生気がなかった。
鶴丸は、こみ上げてくる吐き気をこらえながら、強く思った。
早く、菖蒲様に会いたい。あの人の肌に触れ、あの人の香りに包まれ、この汚れた身体を清めてもらわなければ。
その焦がれるような想いが、やがて取り返しのつかない悲劇を引き起こすことを、まだ彼は知らなかった。
二人が会うのは、決まって月の美しい夜。離れの茶室は、彼らにとって世界のどの城よりも安全で、甘美な閨となった。
鶴丸は、もはや初めて会った頃の怯えた小鳥ではなかった。
菖蒲という女を知り、愛されることで、彼は一人の男として驚くべき成長を遂げていた。
自信に満ちたその眼差しは、以前の儚げな美しさに、精悍な色を加え始めていた。
彼の指は、菖蒲の身体のどこに触れれば、彼女が甘い溜息を漏らすのかを正確に知っていた。その唇は、彼女が欲する言葉を、囁くべき時を知っていた。
菖蒲もまた、その変化に気づいていた。
自分が育てた果実が、今や自分を酔わせるほどの芳醇さを備えている。復讐という目的はとうに忘れ、ただ鶴丸という男に溺れる日々。その背徳的な幸福が、永遠に続けばよいとさえ、思い始めていた。
だが、彼らは忘れてはいけなかった。
鶴丸の身体は、そしてその運命は、城の主である有馬忠晴の掌の上にあるということを。
その夜、忠晴は珍しく上機嫌だった。長引いていた隣国との交渉が、有利な形でまとまったのだという。彼は祝杯と称して、夜更けまで酒を飲み、そして、慰みものとして鶴丸を自身の寝所へ呼びつけた。
鶴丸の心は、鉛を呑んだように重かった。
菖蒲という真実の悦びを知ってしまった今、主君への奉仕は、耐え難い苦痛以外の何物でもなかった。あの武骨で、自分勝手な手が、再び己の身体に触れる。そう考えただけで、胃の腑がひっくり返りそうだった。
だが、断ることなど許されない。それが、自分の今日を保証する忠義の奉公だったからだ。
「鶴、近う寄れ」
酒で赤らんだ顔の忠晴が、だらしなく寝台に寝そべりながら、手招きをした。部屋には、むっとするような酒の匂いと、忠晴の体臭が充満している。鶴丸は、息を殺してその側に膝をついた。
「……此度の交渉、なかなか骨が折れたわ」
「は。御屋形様のご尽力の賜物と、拝察いたします」
「ふん、口だけは達者よな、お前は」
忠晴は、面白そうに笑うと、鶴丸の顎を掴んで、ぐいと引き寄せた。
「褒美をくれてやる。……そうじゃな。たまには趣向を変えて、閨のいろはでも、さらに教えてやるか」
「……え?」
「わが新造(正室)は、いまだ懐妊の兆しもない。女とは、まこと面倒な生き物よ。力だけでは足りぬ。時には、こう……飴もくれてやらねばならん。よいか、鶴。女というのは、こういう風にされると弱いのだ。よう、覚えておけ」
それは、地獄の始まりだった。
忠晴は、まるで鶴丸の身体を、女の身体に見立てているかのように、一方的で、そして手荒な愛撫を始めた。
その指の動きは、菖蒲のそれとは全く違った。菖蒲の指が、花弁をなぞるように優しく、そして的確に悦びの蕾を探すのだとすれば、忠晴の指は力ずくでそれをこじ開け、蹂躙するような暴力性を秘めていた。
「どうじゃ、鶴。気持ちがよいか? よいよな?」
「……は……はい……」
嘘だった。
少しも気持ちが良くなどない。
「もっと、もっとはっきり言え」
そう言って、忠晴が鶴丸の尻を叩いた。
「はい! 蕩けそうに、あなた様に痺れております」
忠晴は「そうか、そうか」と腰を揺らした。
鶴丸は、固く目を閉じ、必死に菖蒲の顔を思い浮かべた。菖蒲の柔肌を、甘い声を、自分を求めて乱れる姿を。そうしなければ、この汚らわしい時間に耐えられそうになかった。
だが、忠晴の支配は、彼の心を蝕んでいく。
「どこがいいんだ、このスケベ小姓が。どうせ女働きで出世したと笑われるんだ、しっかり奉公してみせい」
そう言って、忠晴は、鶴丸を自分の所有物であることを示すかのように、荒々しく何度も打った。有無を言わさず、彼の身体を己の欲望のままに組み敷いていく。
「女はな、こうやって少しばかり手荒に扱ってやると、かえって燃え上がるものよ。憶えておけ。これも、男の甲斐性というものだ」
そう嘯きながら、忠晴は鶴丸の身体に、その唇で、己の歪んだ悦びの形を、深く刻みつけていった。
鶴丸は、ただ耐えた。心は菖蒲を想いながら、身体は主君の命令に従い、その陵辱を受け入れていた。その奉仕の果てに、彼は、望まぬ「術」を、その身に覚えさせられてしまったのだ。
忠晴が鶴丸の中で果てると、主君はそれが寵臣への義務であるかのように、「お前は、まだみたいだの」と、鶴丸と向き合って、その下半身を見た。
「顔は固いが、身体は正直。……関心、関心じゃ」
単なる身体の反応と、脳裏に浮かべる菖蒲の悶える姿から、そそり立った鶴丸のそれを、忠晴は愛おしく握って、無理に放出を急がせた。「一度ではならん。もっとじゃ」と、彼は無理な口淫を何度も求めた。
夜が明け、忠晴の部屋から解放された鶴丸は、ふらつく足で自室へと戻った。
身体が、汚されたように感じた。菖蒲に教わった、あの清らかで、美しい悦びの世界が、忠晴の手によって、泥で塗りつぶされてしまったかのようだった。
鏡に映った自分の顔は、青ざめ、生気がなかった。
鶴丸は、こみ上げてくる吐き気をこらえながら、強く思った。
早く、菖蒲様に会いたい。あの人の肌に触れ、あの人の香りに包まれ、この汚れた身体を清めてもらわなければ。
その焦がれるような想いが、やがて取り返しのつかない悲劇を引き起こすことを、まだ彼は知らなかった。
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