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しおりを挟む屋上から降りた琥珀の胸には、まだモヤモヤとした感情が残っていた。
考え込みながら廊下を歩いていると、前方から女子生徒が歩いてくるのが見えた。しかし、琥珀は特に気に留めることもなく、そのまま通り過ぎようとした。だが、すれ違う寸前、その女子生徒は唐突に立ち止まり、軽く微笑みながらも、どこか琥珀に対する嫌悪感を滲ませる視線を向けてきた。
「琥珀くん、久しぶりだね」
突然の呼びかけに、琥珀は驚いたように足を止めた。
「えっと……」
彼女の顔に見覚えはある。だが、名前がすぐに思い浮かばない。それどころか、彼女とはよく険悪な雰囲気になっていたことは覚えているものの、一体何が原因だったのか、その肝心な部分がすっぽり抜け落ちていた。
必死に思い出そうとしている間にも女子生徒は遠慮なく話しかけてくる。
「美沙だよ。覚えてない? それとも記憶喪失のふりでもして、自分の今までの罪を全部なかったことにしようとしてるの?」
「罪……?」
琥珀は眉をひそめた。彼女の言う「罪」とは何を指しているのか、まったく心当たりがなかった。だが、美沙の表情からして、冗談を言っているわけではないことだけは伝わってくる。
「……何の話?」
琥珀が戸惑いながら問い返すと、美沙の表情がさらに険しくなった。
「あんなに慶也のことを好きだって言って、私の邪魔をしてきたくせに、記憶喪失になった途端、別の男の子を捕まえて……私に対して謝りもせずにっ!」
「え……?」
琥珀の思考が止まった。
(今の聞き間違いか?俺が慶也を好き…??)
「俺が慶也のことが好き?」
それは初めて聞く話だった。一言もそんなことを言った覚えはないし、そもそも慶也に対して特別な感情を抱いていた記憶がない。だが、こんな状況で美沙が嘘をついているとは思えない。
「俺、本当に慶也のこと好きだったの……?」
信じられないという気持ちと、わからないという焦燥感が混ざり合い、琥珀の声はかすかに震えた。それまで冷静な様子だった美沙の声は激しい感情が混ざったものになる。
「私が慶也の恋人なのに、別れさせようとしてきたでしょ?!自分のことばかりで周りが全く見えてない…そのくせ慶也に振り向いてもらえない自分は可哀想みたいな態度とって!!!」
「慶也に彼女…??」
慶也に彼女がいたことは初耳だった。
考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。過去の記憶が抜け落ちているのか、それとも、美沙の言っていることが事実ではないのか。
「ごめん……俺、本当に記憶が……」
琥珀がそうつぶやいた瞬間、美沙の表情が怒りと悲しみで歪んだ。
「ふざけないでよ!!!」
彼女は感情を抑えきれなくなったのか、大きく手を振り上げ、そのまま琥珀の頬を打った。
「っ……!」
頬に衝撃が走る。勢いに押されて体がよろめき、頬がじんじんと熱を持ち始める。琥珀は思わずそこに手を当てた。
美沙は涙を浮かべながら、琥珀を睨みつけていた。
「……私がどんな気持ちだったかわかる? 私がどれだけ、あなたのせいで傷ついたか……!」
琥珀は何も言えなかった。何が事実で、何が間違っているのか。どれが自分の記憶で、どれが失われた過去なのか。
何もかもがわからなかった。
「散々、私たちのことを振り回してきたくせに!!どうせ慶也に構ってほしくて、記憶喪失のふりしてるだけでしょ?!!記憶喪失だとかいう前にもそんな風にして慶也に関わろうとしてたでしょ!!」
美沙は涙を流しながら、琥珀を怒鳴りつける。
琥珀は叩かれた頰をおさえながら、記憶をたどろうとするけどヒントは1つも出てこない。
「周りは信じても、私だけは信じないっ…自分の罪から逃れようとしているだけでしょ?!」
「…本当にごめんなさい。」
琥珀は戸惑いつつ、腰を曲げ深く頭を下げる。
詰まりそうになる声をなんとか絞り出した。記憶はないけどそれほど周りの人たちを振り回してきたことは事実なのだ。
「そんな一言で私絶対に許さないから!!」
美沙はもう一度手を振り上げて、琥珀の頰を打った。
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