上 下
246 / 296
冬は総括

珈琲色の水と四半世紀

しおりを挟む
 昨日は、シートをバラすのに明け暮れた1日だったような気がするなぁ……。
 あれから、燈梨とシートをバラしたんだ。

 本体は上半身裸のシートを残して、ダイヤルに関しては、当初、破れてる方のシートから使おうと思ってたんだけど、なんかダイヤルがベタベタしてたから、曲がったシートの方から取ったんだ。

 シートのダイヤルって、一見すると取れるのこれ? みたいな感じでビクともしなかったんだけど、勇気をもって手で掴みながら揺すったり引っ張っりしてたら、スポーンて、取れたよ。
 ハンドル外す時みたいな感じでやれば取れるんだね。

 それで、持って帰ろうとしたら、おじさんが念のため、こっちも持って行った方が良いって、破れてるシートの方もくれたんだ。
 それって単なるゴミの押し付けじゃね? って思ったら、別に要らなかったら後で捨てに来ても良いって言ってたし、そっちのシートが壊れた時の保険に持ってても良いかぁ的に思って、貰って帰ってきちゃった。

 それにしても、シート2脚なんて、どうやって持って帰るんだよぉ……と思ってたら、燈梨はサファリに乗って来てたので、それだと余裕で乗っかるんだよね。
 これって、車検ついてるんだね。
 え? 一応、第二練習場は公道を横切るから、これも車検切らすわけにいかないんだって? 商用車だから毎年車検なのが面倒だけど、使い勝手良くて維持費が安いから、良いんだって?

 そして、一夜明けて今日の部活は、二班体制に分けての活動になっていた。
 第二練習場で練習の班と、ガレージでの作業班だ。
 私はシート交換のアドバイザーとして、ガレージ班に、優子と悠梨は第二練習場のコーチ役で向こうに行っちゃったよ。

 まぁ結衣は、後学のためにこっちの班なのは分かるんだけど、この柚菌はなんでこっちなの?

 「ユズキンって言うなよ~!」

 うるさい、柚菌!
 お前なんかこっちにいても何の役にも立たないんだよ。
 柚月なんか、部車のタイヤの溝に噛み込んだ小石を1つ残らず除去する活動でもしとけ!

 さて、まずはだけど、昨日剥いできたこの布と、実際に座る際に密着する座面、背面を洗濯しちゃおうっていう地味な活動になるんだよね。
 座面と背面は、洗っちゃうと中身が水を含んで、1週間くらい天日干ししないとダメだから、気長な作業になっちゃうよ。

 外面の布は洗濯機で洗っちゃってから目立つところだけ手洗いで良いけど、このガレージの隅にある洗濯機って使えるのかな?
 あ、スイッチが入ったから使えるね。ところで、なんでこんな所に洗濯機があるんだろ?

 「きっと、軍手やツナギを洗うためだと思うよ~」

 あれ? まだいたのか、タイヤの小石取りはどうしたんだ?

 「そんな事はやらないもん~」

 まぁいいや、じゃぁ、その代わりに後でシートの生地を干すから、物干し台用意しておいてよ。言っとくけど、しっかりしてるのは勿論のこと、日中に日が当たる方向に作るんだよ。

 「そんなことくらい、分かるもん~!」

 まったく、口だけは一丁前だな。

 「いくら柚月ちゃんでも、大丈夫じゃない?」

 燈梨、それは甘いな。
 柚月の家は、庭の木にロープ張って洗濯物を干してたんだけど、おばさんが入院してる時に、柚月はなにを思ったのか、建物の影になって日中、日が当たらない位置に干してたおかげで、生乾きの異臭を漂わせてたからね。
 しかも、柚月は、干す時に洗濯物を伸ばさなかったから、シャツが全部しわしわになってて、それはそれは凄い状態の制服を着てきたからね。

 「そうなんだ……」

 よし、早速洗濯だぁ。
 洗剤……と、ちなみにこの布にはウールが含まれてるから、適当に洗濯すると縮んだりするからね。
 よし、これで開始っと。

 その間に、座面と背面の洗濯班に合流だ。
 流し台に水を張って、洗剤を入れて優しく手洗いするんだけど、やっぱり、大変だねぇ。
 座面で2人、背面は3人がかりで優しく手洗いしてるもんね。

 どう? ……って、やっぱりだけど、水が真っ黒だよ。
 一体どれだけの年月使ってたんだろうって、考えたくもないくらいの汚れが、染み出してきてるんだよね。
 しかも、水の表面に油染みまで浮いてきてるから、恐らく、何かしらの機械油が染みてる状態で座ったりしたんだろうね。

 1回水を流して、今度は洗剤入れて、揉み洗いに挑戦しようよ。
 ちょっと私も手伝って、もみもみもみもみ……って、うわぁ、こりゃぁ汚いね。

 見た目では、ちょっと埃が浮いてるけど、まぁ、雑巾でちょっと拭けば、いいんじゃね? って感じだったんだけど、やっぱり長い間、人が座ってたシートってのは、結構汚いんだよね。
 
 「名誉部長。もう、ここまできたら、徹底的に綺麗にしちゃいません?」

 良いと思うよ。
 ここまでやったからには、中途半端にやるよりも、徹底的にやっちゃった方が後悔しないからね。
 よーし、そこまで言うなら、私も頑張っちゃうよ~。

 ちょうどそこに洗濯機の終了のブザーが鳴ったから行ってみた。

 「どうなんだろうね?」

 燈梨の言葉が、全てを物語っていたよ。
 見た感じ、前の状態を知る私らからすれば、綺麗になったように見えるんだけど、そうじゃない人から見ると、まだくすんでるように見えるんだよね。
 ただ、洗濯機の排水の辺りを見ると、結構砂だとか、埃がべっとりとついているので、こっちも繰り返しかな……と思うんだよ。

 よし、こっちももう1回だぁ。
 スモーカーの車みたいだったから、煙草の臭いを取るという意味合いも兼ねて、やっておいた方が良いかな。
 ゴワゴワになっちゃうから、柔軟剤も入れておこう。

 座面、背面班に戻って、揉み洗いの続きをやろう。
 しっかり揉み込んで洗えば、段々と、汚れも浮いてこなくなってくると思うんだよね。
 
 「こっちも洗濯機にかけたらどうですか?」

 紗綾ちゃん、それはアウトだよ。
 この座面や背面は、構造上、中身を取り出さずに洗ってるでしょ。
 下手に洗濯機にかけると、ボロボロになった中身が分離して、終わった頃には中身の無いシートの座面と背面になっちゃうよ。
 だから、しっかりと手の感触を頼りに揉み洗いを続けるんだよ。

 「なるほど」

 3回目になると、ぐっと浮いてくる汚れの量は減ったね。
 最初はコーヒーで、次はカフェオレ、そして今は黒砂糖の砂糖水くらいまでになったから、順調だね。
 でも、表面を見る限り、まだ汚いから、根性で継続した方がよさそうだね。

 その間に、物干し場を見て来よう。
 柚月、どう?

 「バッチリだよ~。いつ来ても良いよ~」

 うん、まぁ、位置的にも大丈夫だね。
 今日一日じゃ乾かないから、雨の心配もして、庇の下っていうのもベターだし。
 それにしても柚月、この単管パイプって、どこにあったの?

 「なんか~、ガレージの流しの下に転がってたんだよね~」

 なんだ、そうなんだ。
 てっきり柚月が、マゾヒスト部に行って借りてきたのかと思った。

 「マゾヒスト部なんて、ないもん~!」

 さてと、念のため、シートをひっくり返して、底面を見てみよう。
 このメーカーの場合は、正規輸入品だと、底面それを示すシールが貼ってあるんだよね。
 大昔は、代理店が正規品以外にはレールを売らないなんて、とんでもない商売してたから、他社が自社のレールにつけられるアダプターを発売して対応してたりしたんだよ。

 そしてひっくり返してみると、どうやら、このダイヤル無しで、これから生かす方が正規品だという事が分かったよ。
 そしてそのシールを見た時、私には分かっちゃったことがあったんだ。
 燈梨、このシートね、25年前のものみたいだよ。だから、シートの汚れも25年分のものなんだよ。

 「ええっ!?」

 みんなが驚いたけど、何故か私は驚かなかったんだよ。
 だって、ここにある車が、みんなそのくらいの年式だからね。
 
しおりを挟む

処理中です...