白百合のカーラは死にたくない 〜正義感だけは英雄並みの転生令嬢は守護勇者に頼った生存戦略から脱却する〜

楠嶺れい

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第19話 変質者は怒涛のごとく

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 私達一行はいつもの牛牽く荷車に乗って忘れられた街道を走っている。
 戦車に変えようとしたのだけれど、キンキラ鎧が似合わなかった。それはもう、コスプレ女というより破廉恥な女といったところ。

 恥、ただひたすら恥である。戦車は却下とした。


 屋敷から出るときにひと悶着あったが、父は母をなだめ兄を監禁することで無事出発できた。羨ましそうにするユリアからはお土産をねだられてしまう。土産屋があるのか知らないけれど。

 当分帰らないことを他の家族に知られてしまうと出発が遅れてしまう可能性が高く、父にだけ数日留守にすることを伝えた。
 貴族としてトラブル回避は必須なのよ。


 今回の目的地は比較的遠く数日の移動期間が必要で、忘れられた街道の終着点に古代霊廟はある。
 ちょっと旅行気分になるが、生死にかかわるため心を引き締めた。
 不注意で死にたくないしね。


 街道は砂浜沿いに続いていて、単調な景色と心地よい波の音が私を夢にいざなった。
 眠くて膝に力が入らず、居眠りして転びかけると、そのたびにソフィーが笑う。
 この子って案外握力が強い。
 私の身体にブローチのようにしがみつているのだ。


 街道は海の上を渡る桟橋状の構造物になった。ガタガタと車輪がうるさく眠気など吹っ飛んだ。
 私は不安げに海の中を眺める。
 時々大きな青黒い影が現れては消える。水生の魔物かもしれない。
 泳ぐスピードは速く時々体の模様が見える。私はそれを見ると足が震え背筋に寒気が走る。

 あれは人類の天敵だ。

 私が怖そうにしているとスキリアが氷槍を魔法で作り魔物を仕留めていく。
 浮かび上がった魔物の醜悪さは、死んでいるほうがはるかに高い。
 気持ち悪いものはもう見ないことにする。

 それにしても簡単に死ぬ魔物。
 魔物への恐怖なくなったことを知り、私はスキリアの優しさに胸がほんわり温かくなる。



 海上の道は廃村に繋がっている。私はお昼ご飯をそこで食べることにした。だって、海の上は落ち着かないから。土のあるところで食事したいと思ってしまった。

 それが間違いであることをすぐに知ることになる。


 食事の場所は四方が見渡せる交差点の中心にした。私達が食事をとっていると海側から何かが歩いて来る。

 私達は立ち上がって臨戦態勢を取る。サングラスのようなものと作業帽、手にはフライ返しを持つ男。オーバーオールを着た動きにくそうな変態そのもの。

 間違いなく転生者でしょう。

「匂うぞ臭う、おめえ敵対者だな」
「さあ、何でございますか? あなたは匂いフェチの不審者ですか?」
「なんだと、心して聞け! エンジニアにして立体裁断、俺の名はワークストリート様よ!!」

 私は変な名乗りを上げる男を鼻で笑う。

「単に立体裁断の作業服でしょ? 違うのかしら」
「クーー!! 早くも、ブローを食らってしまったぜ。やるな女!」

 男は大げさに後ろによろめき狂ったように笑っている。
 あぁ、面倒になってきた。

「やってしまいなさい、勇者たち! 敵はワークリート!!」
「おい、名前が間違ってるぞ! 訂正しろっ、俺様はワークスリートだ!!」
「ストリートとスリート? どっちが正しいのよ! もう、どうでもいいわ」
「うげ、お前に気をとられた隙に俺様の胸に穴が開いているではないかぁぁぁぁっ」

 穴の開いた風船のように作業服ワークアスリートは風に乗って飛び、小さくなりながら消えていく。

 どう見ても間違いなく雑魚だったようだけど、完璧に退治できたようね。

「よくやったわ、あなた達。今日のご飯は大盛でおかわりOKね!」
「やったね!」

 ハイタッチして踊り駆け回る少女達。
 喜ぶ二人を生暖かい視線で追っていて考えてしまう。餌で釣るのが基本よね。

 淑女の嗜み!



 しばらくすると同じ方角から人影が現れる。また何か来たよ。見詰めていると不審者は悪戯っぽく笑う。

「俺はビー玉飛ばしのチッキーダ! だっ!」

 そこにはヨレヨレの囚人服を着たポマードかワックスで髪をリーゼントにした怪人。
 よく観察すると狸顔の舌だしオヤジ、手にはスリングショットを握っている。
 お茶目に舌を出しても可愛くなんてないんだから。

 もう、わかりやすすぎでしょう。転生者か転移のどちらかで敵対者に決定よ。

 もう会話はしないことにしたわ。面倒だもの。
 間違ってたらごめんなさい。

「やってしまいなさい、勇者たち! 敵はイカレた怪人!!」
「おー!」
「おい、俺はちゃんと名乗ったぞ。名前を呼べ! チッキーダ! だっ!」
「だっ! の後ろをとったよ。 姫様、退治しちゃうね」
「違うぞ。小童! チッキーダ! だっ! っあぁぁぁあぁぁぁ!!」

 スキリアの攻撃はクリティカルヒット! チキンダーの体がなぜか爆散、ビー玉がはじけ飛んでいる。
 ファーネス? 高度過ぎるよ。
 最新の攻撃法なの?

「ちょっと危ないじゃないの。 ビー玉は立派な武器よ! あれ? 怪人ダックテイルは?」
「退治しちゃったみたい」

 私の目が点になる。次々現れるけど彼らにとってクエストか何かだろうか。
 頸を傾げていると遠くから早口で大音量の奇声。また何かが近づいてくるようだ。

 もうよしてよ。


 あーっ……。
 脱力しながら男のファッションをチェックする。古着のパンクファッションに耳ピアス、日本人顔で金髪アバンギャルドな髪形。眉毛は黒のまま。

 手抜きよね。

 それなのにクールを装いニヒルに笑ってる。アヒルにしか見えないけど。

「僕はハイペリオーン! 君たちを始末するため遠路はるばる来ましたよ」
「また、面倒そうなのが現れた。転生者か転移者かな?」
「ふふふ、いい質問だね。アナーキーな僕が君のハートを盗むんだ。まあ、ゆっくりおもちゃにした後で最後には死んでもらうけどね」
「姫様、姫様! 穴あきって、あの服に穴が開いてること?」

 エリシャとスキリアが二人して穴の開いたジーンズを指さす。

「良いところに気づいたわね。そうよ、まさにそんな感じね」
「おい、君! わかって無垢な少女たちにデタラメ教えてるだろ!! 僕はそんな奴が許せない!!!」
「予想に違わず面倒な奴。癇癪持ちの穴あきさんをやっていいわよ。勇者たち!!」
「僕が油断するとでも思ったのかい? 詰めが甘いね君も。 クフフフ! 先制は僕のものだ」

 脅すように穴あきさんは口を歪ませ目を見開く。

「いいえ、あなたはもう死んでいるわ!」
「はぁ、何故だ! どうして既に死んでるんだ? 何も攻撃を受けてないぞ……なんだこ……」

 電池が切れたおもちゃのようにアナーキー・ハイペリオーンは乾いた音を立てて倒れた。そして湧き出す影に飲まれていく。

「単純な話よ。見れば敵とすぐわかるから。出会えば即撃破なの。あたりまえのことよ!」
「姫様、頭がいい!」

 血塗られた剣をかざして純粋無垢にほほえむ少女達。
 貴方たち……怖いよ。
 とはいえ、攻撃命令を出したの私だけど。

 しかし、殺人を見ても罪悪感がない。


 どうなってるのよ私。
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