白百合のカーラは死にたくない 〜正義感だけは英雄並みの転生令嬢は守護勇者に頼った生存戦略から脱却する〜

楠嶺れい

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第36話 貴方はどこにもいない

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 偽りのデボラは魔人の力で魔剣アーモンズ・エンジェルを召喚した。その剣は黒く脈動していて剣身樋剣の横側には口が不規則にならんで開け閉じしている。その造形は魔物と呼んだほうがしっくりくるだろう。

 魔剣は呼び出しただけで呪詛を吐き、周囲を汚染している。気がつけば私の足は震えていた。
 そんな私を見てデボラは興奮しながら声高らかに宣言する。

「血を欲している。お前の血を、肉を、魔剣アーモンズ・エンジェルが求めている!」
「もしかして、魔剣が本体なの?」

 返答はなくデボラは駆けてきて、小細工なしに切りかかってきた。掠めただけでも相当なダメージを受けるに違いない。私はそう直感した。

「二人は下がって。剣技は進歩してないけど、魔剣に触れると致命傷!」

 デボラは力任せに剣を振り回し、私はいなしてみたが一撃が重い。圧が凄い。
 私はとっさに後方に飛ぶ。さっきまで首のあった位置を魔剣が通過する。

 これでデボラに技術があったなら、私は速攻で死んでいただろう。
 攻撃を回避しては距離を開ける。
 それにしても攻撃は驚くほど単調だ。私でも見切れるのだから。

 打ち合うが押し負けて退避するしかない。
 技術では勝っても、触れてしまえば勝負は決まる。時間をかけるほど不利になる。

 もう周りの状況を確認している余裕はない。
 集中力を切らさないように攻撃と防御を繰り返す。
 私の攻撃はデボラに切り傷をつけるだけ、既に血だらけになってるのにデボラは平然と笑っている。

 間合いを取っては打ち合い、隙をついて攻撃を繰り出す。
 効いてない。

 誰かが叫んでいるが、そちらに気をとられると殺められる。今は集中よ!

 そんな私の近くに爆音とともに重量物が飛んできた。
 カメのどこかの部位だ。

 カメを見ると双子を引き付け結界を閉ざしていた。最終防御スキルに違いない。
 私と双子は分断されたのだ。

 何かが動いた。
 
 しまった油断した。


 デボラの魔剣が私の鳩尾みぞおちめがけて入ってくる。
 私は後ろに飛び退きながら剣を捻り盾とした。
 魔剣とロングソードがぶつかり合う。

 甲高い音がして、手に持っていた剣は剣身半ばで折れていた。
 あぁ、回避動作が遅い。

 魔剣のコースは反れたが交わしきれない。死ななくてもただでは済まない。
 こんな所で……私は。


 そのとき誰かが私の間に割り込んだ。

「こんなことしかできない!」

 オスカー君の肩に魔剣が食い込んでいる。そして、魔剣を握ったまま頽れる。
 魔剣は悲鳴を上げて輝き、驚くデボラの手から転がっていく。
 何かの守護?

 間抜け顔をさらしている場合じゃない。
 チャンスは今しかない。

 死を覚悟して刺しに行くのよ!


 私は剣を胸の位置にして両手で握り前に出る。デボラの心臓めがけ全力で刺し込んだ。
 デボラは魔剣を離してから放心状態だ。
 刺されても反応はない。

 しかし、まだ足りない。全然足りない!

「誰でもいいから。力を貸して!」

 声に呼応するように私の胸から蔓草が生えてくる。後からあとから生えてきてデボラに絡みつく。
 辺りは若葉が舞い、花粉が飛んでいる。

 精霊の力?


 私は剣から手をはなして後退あとずさる。デボラに刺さった折れた剣には植物が絡みつきデボラの身体に分け入っていく。

「うぐっ……なぜ、こんなことに! 私は魔人だぞぉ!!」

 デボラに植物は根を張り養分を吸い上げる。
 吐血するデボラ。

「転移した私は生きて帰らなければならなかった! これは遊びじゃない。故郷に帰るための聖戦だったのに。なのに……」

 偽りのデボラだったものは、黒髪の少女に戻っていく。

「私は思う。可愛そうだけど戻れるはずがない。故郷には決して」
「騙されたの……」

 私は何も答えられない。
 自称女神という存在は神だとしても邪神枠、魔女といったほうがいいかもしれない。
 この世界に直接関与できないものが世界の理を変えられるとは思えない。できることは確実に限られる。


 デボラだったものは日本人女性の姿で横たわっていた。
 なぜか消えないで残っている。

 そうだ!

「オスカー君!」

 私は動揺して探しまわるとビエレッテが治療していた。

「オスカーは大丈夫。軽傷ですんだ。こいつ頑丈だから」
「よかった」
「それよりカーラ様は事後処理を、まだカメが残っている」

 私は横に置いてある魔剣アーモンズ・エンジェルに用心しながら触れてみる。
 呪いを既に受けているからか私に影響しないようだ。

 醜悪な魔剣を握りカメの前に立つ。魔剣で切りつけると結界は解かれた。
 エリシャとスキリアは私を見て駆けつける。

 フレデリック様はカメの注意を引くように攻撃を開始する。

「姫様ごめんなさい。まだ倒せなくて。それに結界で守りに行けなかったの」
「いいのよ。泣かないで」

 二人はまとわりついて離れない。
 でも今はカメが先決。

「カメは異界に帰ってもらいましょう。行くわよ勇者たち!」
「はい……」

 私は口を開けたカメに向け魔剣を投げつけた。
 口で止まった魔剣をスキリアが足で押し入れ、魔剣の口はカメの生気を吸い始める。

 カメは暴れまわるが、さらに魔剣が奥に入るだけだった。
 放置しても大丈夫だろう。

「カメを見張っていて、魔人を確認するから」

 おそらく、デボラの死体を消せば従魔は消えるだろう。
 魔犬は既にいないし。


 仰向けに横たわっている偽りのデボラの顔を見る。
 眼は焦点を結んでなく瞳孔が開いている。
 私が見開かれた瞳を閉じようと手を差し出すと、デボラの目から涙が流れて宙に浮かぶ。

 私が驚いていると涙は白百合のバングルに吸い込まれた。
 バングルから鉄砲百合が花開く、何輪も。何輪も。

「エーベルの涙! 受け取ったわ、枯葉の妖精エーベル」

 偽りのデボラは霧となり消えていった。妖精が消えたからだろう。
 後を追うように暴れていたカメも霞と消える。
 魔剣はすでに存在しない。

「終わった……」

 私は折れた剣を拾い上げて胸に当てる。
 振り返るとオスカー君以外のみんなが勝どきをあげていた。
 それにしても、敵対勢力ドラゲア陣営は劣悪な環境だ、クルートも同じかもしれないけど。

 何者かが去ろうとしていて、誘われるように辺りを見回してしまう。
 霧の晴れたところに一筋の光が射している。陽だまりには割れた白い仮面が落ちていた。



 あぁ、貴方はもうどこにもいないのね。
 デボラ。
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